04 朝
じりりり、と目覚ましが鳴った。
うるせぇ。なんて思いながら目覚ましをばんと叩く。
昨日の夜はどっちが地面で寝るかという事で揉めたが結局メンヘラ家庭訪問により「二人で寝ないわけないよね?」と念を押され、同じベッドで背を向けて寝た。
ああ、そういやお亡くなりになったあーたん時代は、いつもかーくん(笑)に抱きしめて貰いながら寝ていたのにな、なんて朝から失笑。そして、想像して吐き気。
とりあえずむくりと起きあがると、糀谷さんはもう起きていたようで、私を見るなり「どうも」と挨拶をした。普通「おはようございます朱美様」でしょ。
私はぼんやりと目をこすりながら糀谷さんの方を見る。
「……糀谷さん、今日仕事ですか」
「ああ」
「ふーん」
会話終了。きっと前までは「やだいかないでー!」なんて言っていたのに。今ではどうぞいってらっしゃいませ。というスタンスに切り替わってしまった。
「あ、朝飯コンビニで買ってきましょうか」
「……俺が作る」
糀谷さんはあくび混じりにそう言った。
マジで、ラッキー。いやちょっと待て。でも私この人の手料理なんか食べた事ないぞ。というよりもこの人が料理を作っている所なんて見た事もない。
糀谷さんは、じとっとした目の私をちらりと見て溜息をつく。なんて失礼な。そして黙ってベッドから降りふわふわのスリッパに足を突っ込んだ。
糀谷さんは、ベーコンと卵の入ったフライパンに水をじゅうと流し込む。そしてさっと蓋をする。
私はそんな様子を後ろから眺めながら、それで焼けんのか?焼けなかったらおもしろいのに。なんて心の中でこっそり糀谷さんの料理が上手くいかないように、と思っていた。
「おい、皿の用意しとけ」
糀谷さんが振り向いてそう言った。
へいへい、と食器棚に向かう。食卓ではロリックマがせかせかとパンに塗るジャムなどを用意していた。意外と役に立つなロリックマ。
「……むかつくけど、おいしいです」
ほんっとむかつくけど、おいしい。
トーストはいい具合にサクサクに焼けているし、ベーコンはカリカリに焼けている。そして私の好みの半熟卵。
私がそう言うと、糀谷さんはコーヒーの入ったマグカップを持ちながら私を見る事なく「それはどうも」と小さく言った。こんな事なら昨日もこの人に料理を作ってもらえば良かった。クソ。
コーヒーにミルクを少し落としてくるくるとかき混ぜる。真っ黒な糀谷さんのコーヒーと違って、濁った茶色の私のコーヒー。
糀谷さんの淹れるコーヒーは匂いがとても良い。なんでこの人、こんなに料理うまいの。なんてむかむかしながらぐび、とコーヒーを飲む。
昨日の夜とは打って変わって、外はすっかり晴れている。窓から入ってくる日差しを少しうっとおしく思いながらも、私はトーストにかぶりついた。
「ロリックマ、急いで食うなよ」
「おいひい」
「食べながら喋るな」
怒っているくせに、糀谷さんの眉は下がっていた。
ロリックマは、糀谷さんに用意してもらったベーコンエッグを素手ではむはむと食べている。ほんとに雑食なんだなこいつ。
「おい」
「……なんですか」
「今日は八時ごろに帰る」
「そうですか」
「……晩飯は、早紀にでも作ってもらえ」
確かに早紀ちゃん料理うまいしな。早紀ちゃんも私も専業主婦だし、今日のお昼にでも頼んでみよう。
……いや、でも大丈夫か?また「なんで朱美ちゃん手料理作ってあげないの……早紀心配……」なんてなりそうな予感も。
「……早紀ちゃんに頼んで大丈夫ですかね」
「いきなり早紀と颯太との付き合いを避ける方が、あの二人の自殺ロードに近づくんじゃないか」
……確かに。今まで私たちはズッ友だったし。いきなり関わりを避ける方があの二人を不安にさせるだろう。この人頭いいな。
流石に皿洗いくらいはしないと申し訳ない。と思いがちゃがちゃとお皿を洗っているときだった。
「おい、お前ちょっとこっち来い」
寝室から糀谷さんのそんな声が。
きゅっと水を止めて、手をタオルで軽く拭き、朝の星占いを見ているロリックマを横目に私は寝室にぱたぱたと音を立てながら向かった。
寝室に行けば、クローゼットの前でスーツに着替えた糀谷さんが、ネクタイを手に取っている。
「なんですか?」
「……ネクタイ結んでくれ」
頬を赤くさせた糀谷さんが目線を外しながらそう言った。
彼の顔が赤いのは、私とこんなクソ夫婦関係になってもこんな事を頼まなければいけない羞恥心からであろう。
「はー、いやですよ。ネクタイくらい自分で結べるでしょ。あーたんは死んだんです」
「……お前がずっと昔から結んでくれてたから、俺自分でどうやって結ぶか知らなくて。ググっても、よくわかんねーし……」
確かにネクタイの結び方なんでググってもわからないだろう。大体の人間が自分の親の実演などを見て覚えるのだから。
ち、とわざとらしく舌打ちをして糀谷さんからネクタイを取る。
ロリックマも興味深々のようで寝室までわざわざやってきて、私が彼のネクタイを結んでいるのを見上げていた。
糀谷さんは私と目が合わないように細心の注意を払っているようで、顎を挙げて、大きく私から目をそらしていた。
するするとネクタイを結んでいき、最後に後ろの方を引っ張る。
前までと変わらない、きれいな結び目に我ながら惚れ惚れとしながら、とんと糀谷さんの肩を叩いた。
「……今日颯太に結び方習っとく」
「別にいいです。これくらいなら毎日やります」
私のその言葉が意外だったらしい。糀谷さんは少し目を開いて「え」と言った。
どうせ私から「いちいちこんな事させるな殺すぞ」という暴言が飛びだしてくるとでも思っていたのだろう。
「糀谷さんのご飯おいしかったし、そのお礼」
そう言うと糀谷さんは、また目線をそらして「そうか」とだけ答える。
ありがとう、と糀谷さんは言いかけたのだろうか。少しだけ、彼は私から目線を逸らす。
それでも「あ」と聞こえた時、私が「ムカつく事あれば、いつでも絞殺するんでお気を付けて」と笑えば真顔に戻った。