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39 All You Need Is Love

「こーうじたーにさーん、今日一緒に帰りましょー」


 そんな声に振り向けば、そこには坂下朱美の姿が。

 にこ、と笑っているが実に気味が悪い。

 俺の隣に座る新谷は「え、え、どうしたの朱美急に?」なんて言っている。ちなみに俺の脳内の細胞もそう言っている。



「……はい?」


 俺は、数日前坂下朱美と関係をもってしまった夜の事を思い出していた。

 それでも、坂下はその話題に触れる事は無かったし、本当にいつも通りだった。

 オフィスラブを題材にした小説でよくある、一夜の過ちってやつ?なんて俺は笑い飛ばすつもりだったのに。



「いや、二人で飲みにでも行かないかなぁって思ってぇ」


 にこ、と笑った坂下がそう言う。

 どういう意図でこんな事を言っているのか分からないが、せめて喫煙コーナーで言えよなんて今さらか。



「……考えとく」


 そう言って、モニターに向かえば、坂下は「はーい」なんて言って自分の席に戻った。

 隣の新谷がやけにこちらを見てくる。



「あの、糀谷さん……」


 新谷は何か言いたげな表情を俺に見せたが「何なんだろうねぇアレ」なんて笑えば、それ以上何かを突っ込んでくる事は無かった。










「お前な、どういうつもりだよ」


 そう言えば、俺の部屋にすっかり上がりこんだ坂下は笑った。

 着込んでいた服なんかを適当にぽいぽいと脱いだ後に、欠伸まじりでふわっと伸びなんかしながら。



「浮気って、寂しい時にするものなんでしょ?」

「……何が言いたいわけ?」

「今日、寂しかったんです」


 坂下は、そう言った。

 本当にこいつってやつは。なんて思いながらも家にあげてしまった俺も俺か。

 とりあえず二人で買った、コンビニ弁当の袋をがさっと机の上に置く。


 坂下は、座った後に机の上にあったチャンネルに手を伸ばした。

 俺が「テレビ見ながら飯食うのやめて」と言えば、坂下は驚いたような目を向ける。



「え、一人暮らしなのに、テレビ見ながらご飯食べないんですか?」

「お前、それ行儀悪いって習わなかったの?」

「習ってない」


 へぇ、変なの。なんて坂下はディスり散らかしながら、コンビニの袋の中に手を入れる。

 そして、よく分からない謎の「ふわたま丼」なんてものを取り出す。……俺は普通の弁当なんだけど。



「じゃあ寂しいから音楽流してもいいですか」


 ほら、丁度音楽プレーヤー繋げば音楽流せるコンポみたいなのあるみたいだし。

 と、坂下は笑う。まぁ、別に良いけど。大きすぎると周りからクレームくるから適度に。なんて言えば、坂下は分かってますよ。と立ち上がる。


 そう言えば、坂下も一人暮らしなんだっけ?なんて思いながら、俺は坂下の背中を見ていた。



「あ、待て。俺の……」

「私ので聞くけどいいですよね?」


 自分の携帯音楽プレーヤーを持ちながら、坂下がそう言って笑った。

 ああ、そう。どうぞご自由に……なんて箸を割りながらそう言う。


 いつも音楽を聞く時は、かなり小さい音で聞いて居るので、はじめ坂下は「うわ、小さい」なんて、コンポから流れる音楽に眉を寄せた。

 それでも俺が「近所迷惑だから」と言えば、ふうんと気だるげな返事をする。



「あ、俺この曲……」


 流れるのはしんみりとした曲。

 俺、この曲好き。なんて言おうとした時、坂下がぼんやりとその携帯音楽プレーヤーを見ている事に気が付いた。



「なにその顔」

「え、いや、別に……」


 坂下は、シャッフルモードにしていたらしくさくっと今の曲を飛ばした。

 違う歌手の曲が、この部屋に流れ始める。



「え、何で飛ばしたわけ?」


 坂下は、何も答えずに俺の隣に座って、ペットボトルのお茶を飲んだ。

 そして、ほんの少しだけ目線を下に落とした後、ゆっくりと口を開く。



「さっきの曲、その……彼氏とよく高校時代聞いてて。なんかこう……ねぇ。寂しいっていうか虚しいっていうかなんというか……」


 ねぇ。と坂下は謎の笑みを浮かべた。



「ふうん。確かにあるよね。こう思い出の曲っていうか。……俺も元カノに貸してもらったCDの曲、飛ばすもん」


 坂下は、何も答えずにただ少し斜め下を見る。

 本当に、音楽っていうのは凄いもので。

 この曲を聞いていた時にはこんな事にはまってなぁ。なんて事や、この曲聞きながら、あんな事してたよなぁなんていう記憶の鍵になる。



「さっきの曲、一緒に聞いてた時は幸せだった」


 体操座りをした坂下がそう言う。

 ぼんやりと、いつの日かの自分を思い返しているのだろう。


 遠回しに、今は幸せでないと言う坂下朱美。



「……戻りたいなぁ、あの時に」


 俺の部屋に上がり込んで、今日は浮気しまーす!なんて高らかに宣言していた奴が、ご覧の有様である。



「どう頑張っても、戻れないから諦めな」


 俺からの悲しい指摘に、坂下はわざとらしい笑みを浮かべた後に、頭を俺の肩に預けた。

 ぐっと肩にかかる重み。そして、場違いにも程があるビートルズの「All You Need Is Love」が部屋の中に流れる。

 愛こそは全て、なんて邦題本当に笑っちゃう。なんて言いながら坂下は俺を見る。



「坂下」

「はい」

「寂しいから、って理由だけで俺の所に毎回来ない方が良いと思う」


 坂下は、俺にもたれかかっていたのに。その言葉を聞いて、少しだけ体を離した。

 一体どういう意図で、坂下がその行動を選んだのかは分からない。



「浮気っていうのは、ハマった方が負けなわけ」

「……糀谷さん」

「俺、知らないよ。戻れなくなっても」


 坂下は、俺の瞳を見る。

 そして、小さな笑みを浮かべながら「いいよ」と呟くのだ。


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