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36 二人で料理がしてみたい

 いつもの通り、さぶーと思いながら駅に向かう。今日は坂下はおらず、一人で帰る駅までの道。

 最近なんか毎日坂下と帰ってるような気がするのは俺だけなんだろうか。



 駅の横にある、ファストフード店を見て、ぴたと足を止める。

 今日、料理作るのめんどくさいからここで食おうかな。なんて考える。……いやでもな、ファストフード店のポテトとかあまり好みじゃないし。と足をすすめる。

 それでもお腹はぐうと鳴るので、やっぱどこか入ろう。なんて思った時、外からだがドーナツショップに坂下が居るのが見えた。



 自動扉の前に立てば、ぶんと扉が開く。

 中に入れば謎の洋楽が流れている。坂下はトレイとトングを持って、ドーナツの前でうんうんと悩んでいた。

 俺もトレイとトングを持ってその横に並ぶ。



「あ、糀谷さん」

「……おー」


 坂下の隣で、ポンドリングを取りながらそう言う。

 ドーナツなんか夜飯に向いてないんだけどなぁなんて苦笑しながら。



「糀谷さんもドーナツ好きなんですか」

「……普通」


 そう言って、カレーパンを取る。

 坂下はやけににやにやしながら自分のトレイに四つドーナツを載せていた。



「お前今日、彼氏の家にでも行くわけ」

「違いますけど?」

「……一人で四つも食うのか?」

「大正解」


 お前絶対早死にするわ。なんて思いながら俺は二つのドーナツを買う為に、カバンから財布を取り出す。

 坂下もカバンをごそごそとしていた。それを見てばっと坂下のトレイを奪いとると坂下は「はぁ?」と可愛げもない声をあげた。



「何してくれてるんです」


 そう言う坂下を無視して黙って二つのトレイをレジに持っていく。

 坂下も流石に意味が分かったようで、俺の斜め後ろに立って小さな声で「ありがとうございます」と呟いた。


 店員さんが、手際よくレジを打つ。千円札をぱっと出し、待っているともう一人の店員さんが横長の箱を用意したので「トレイごとに分けておいてください」と言っておく。

 店員さんが、茶色のトングを使ってさくさくと袋にドーナツを入れていく。もう一人の店員さんが差し出してくれた御釣りを受け取り、もう片方の手で二つの袋を持った。



「ん、感謝しろよ」


 そう言って坂下にずい、と袋を突きだせば坂下は「どうも」と笑った。

 ここの袋はいつも可愛い。なんて言いながら隣の坂下はほくほくした笑顔。

 ありがとうございました、と言う店員さんの言葉を背に店を出る。



「糀谷さん、偶然ですね」

「……まーな」

「私、ドーナツ凄く好きなんです」

「好きでも四つは食いすぎだろ」


 ドーナツ四個食いなんてカロリーという概念が爆発しそうな、そんな勢い。

 坂下は「好きだから良いんです」とむっとしながらそう言う。


 二人して駅の改札にまで足を進める。改札の上の電光板を見れば、もう少しで新快速がやってくる時間。

 坂下もそれを分かっているようで「糀谷さん」と俺の名前を呼んだ。


 ぴ、っとICカードを改札に当ててずんずんと足を進める。

 エスカレーターに乗れば、俺より先にエスカレーターに乗った坂下が「ようやく見下ろせた」と一段上から笑う。まぁそんなに見下ろせてないけど。


 そして人があまりいない乗り場まで無言で歩く。

 坂下は電光掲示版を気にしている様子。

 時計を気にする人は苦手。なんて言ってたお前はどこに行ったんだよ。なんてこっそり心の中で思う。



「……坂下、家で四つも食うわけ?」

「いや、一つは電車待ってる間にホームで立ち食いしようかと」

「……行儀悪いな」

「私がそんなの気にする人間に見えますか」

「見えない」

「即答」


 坂下は「あ」と漏らした後にぱっと近くの自販機まで歩き、いつものカフェオレを買った。



「私、ドーナツはカフェオレとセットじゃないと食べれない人種なんです」

「どういう人種?」


 そう言って突っ込むと、坂下が眉を下げて笑った。

 カバンの中にドーナツの袋を突っ込み、そこから丁寧に一つだけチョコの掛かったドーナツを取り出す坂下。右手にドーナツ左手にカフェオレ。うわぁ、絶対お前いつか糖分過多で死ぬ。


 ずいっとカフェオレを俺に突き出すと「開けてください」と言う。

 俺はお前の下僕か。なんて思いながらプルタブを起こす。そして「上司をパシんな」と言った後に咎めるつもりでこつ、と坂下のおでこに当てた後に坂下に手渡した。



「おいひい」

「食べながら喋んな……っていうか、お前マジで食生活な……」

「一人暮らしで、ちゃんと自炊してる人とか超少数派でしょ」


 だから、いーの。なんて小学生みたいな口調で坂下はそう言う。

 俺は、毎日自分で作ってるけどね。なんて言えば、ばっと坂下は俺を見た。



「マジで言ってるんですか!?」


 いいなぁ。料理できる人いいなぁ。ほらね、彼氏と二人で料理とか良いじゃないですか。と坂下は笑った。


 俺は突然出てきた彼氏の話題に、何故か少し嫌な気分になる。



 流石の坂下とてワールドイズマインな思考ではないらしく、電車に乗る人の邪魔にならないように、時刻表の看板に若干もたれかかりながらドーナツを食べていた。

 俺もその横に立ってぼんやりと向かいのホームを見つめる。


 すると、坂下がまたちらりと電光掲示板に目をやった。



「時間を気にする人、苦手なんだろ」

「……別に、ただもうちょっとで快速くるなーって」


 坂下はそう言うと、ドーナツをはむと口に含む。

 「二番乗り場に参りますのはー」というアナウンスの後、ぷるるるるという音が俺たちの鼓膜を響かせる。


 電車が運んできた冷たい空気が俺と坂下の髪を揺らす。

 坂下は、ぷしゅうと開く電車の扉を見ながら「じゃあ」と小さな声で呟く。目線を落としているその表情が、やけに胸を痛ませた。


 電車の中からは疲れ切った顔の人々が降りてくる。

 数人、呑気にホームでドーナツを食べている坂下の事を見る人が居たが、すぐに目線を外してエスカレーターへの波にのまれていく、そんな様子を見ながら坂下は口を開く。



「糀谷さん、もう出ますよ」

「……今日は普通で帰る」


 電車からの「了解」という合図だろうか。俺がそう言った瞬間扉が閉まった。

 坂下は少し目を丸くした後、ひゅうと電車が出ていく事でまたおこる風に吹かれながらさくさくとドーナツを勢いよく食べきる。


そして咀嚼した後に、俺をじとっとした目で見て口を開いた。



「普通なら倍くらい時間かかりますよ」

「今日はそういう気分」

「バカじゃないんですか? 快速で帰った方が早いのに」

「うるせー」

「……糀谷さん、ちょっとずるい」



 マフラーに顔を埋めた坂下がそう言う。

 言葉は何も返さず、代わりに後頭部をぺちと叩くと、坂下は恥ずかし気に笑った。






 数分後やってきた普通は、俺がいつも利用している快速と違って人が少なかった。

 二人席を見つけてずんずん足を進めて、窓側に座ると坂下が少しためらった後にその横に座る。



 普段、快速ではびゅんびゅん通り過ぎる街並みを、窓際に肘をついて黙って見ていた。ああ、これマジで倍かかるな。なんて思ってため息をついた時、肩に重みが。


 横を見れば、坂下が俺の肩を枕に目を閉じていた。



「……ちょっとずるいのはお前もだろ」


 呆れたようにそう呟く。

 坂下がちょいと口角を上げるので、尚更それに呆れながら。

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