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34 きみのママが好きだった曲

「糀谷さん、今日車でしょう」


 俺の斜め後ろに立った坂下がそう言う。くると椅子を回せば、書類を俺に突き出してにやっと笑った坂下の姿が。

 何で知ってる。と言いかけたとき隣のゆるふわ新谷が「ちょっと朱美ぃ」と言う。そう言えばさっき新谷と今日は車だって話していた。なるほど、ここから漏れたのか。



「糀谷さんの行き先、私の最寄駅と近いんです。送って下さい」

「拒否」

「いいから送って下さい」


 そう言って坂下が笑う。ほんとにこいつ何様だ。









 結局死ぬほど嫌だったが、しつこさに定評のある坂下の頼みを断わる方に労力を使い始めたので、仕方なく乗せる事に。

 助手席に坂下がいる事に若干イラつきながらも、今日は姪っ子に会えるし。そう思って心の均衡を保つ。



 普段は電車通勤だが、今日は姉の娘を預かる事になっていたので車で来たのだ。子供を好きになんかなれるだろうか。なんて生まれた時は思っていたが数年後にはすっかり姪バカになってしまっていた俺。

 すぐに何でも買ってしまうため「こいつチョロイ」と思われているに違いないが、それでも良いと思える程の可愛さ。はやく会いたい。なんて思いながら隣でカーナビをいじる坂下を見た。



「勝手に触んな」

「糀谷さん遊園地とか行くんですか? 履歴に残ってる」

「姪っ子と行った」

「じゃあこの幼稚園の履歴とかもそれですか。ロリコンかと思った」

「……うるせぇ」


 未だぽちぽちと履歴を漁る坂下にいらいらしながらブレーキを踏む。

 前の車の赤いランプをぼんやりと見ていた時、坂下がにやにやと笑いながら俺を見た。



「ラブホの履歴もありますけど、これも姪っ子さんと?」

「死ね」


 坂下は自分で発言したくせに、ツボに入ったようでげらげらと笑っていた。

 そして笑い終わるとルート案内に戻して、ラジオから時々流れるどうでも良い話を二人して聞いていた。



「糀谷さん、彼女いるんですか」

「……たぶんいない」

「たぶん、って」

「喧嘩別れしてから連絡取ってない。別れた……たぶん」


 適当な人だなぁ、と坂下は笑う。

 そしてスムーズにタバコの箱から一本タバコを取り出そうとする。俺はウィンカーを出しながら坂下に「ちょっと待て」と言った。



「この後、姪っ子が乗るからタバコ吸うな」

「……はー?」

「タバコの匂いが車に付いたら姪っ子に『薫ちゃんくさいー』って言われる。それは困る」

「ファベリーズでもすればいいじゃないですか」

「全身から被る覚悟はお前にあるか?」

「……死んでください」


 坂下はち、っとまた舌打ちをしてタバコをしまう。

 お前は俺に乗せてもらってるくせに本当に偉そうだな。



「『薫ちゃん』って呼ばれてるんですね」

「……どうでもいいだろ、いちいち突っ込んでくんな」

「薫、なんて女くさい名前」


 ぷすす、と坂下が笑う。

 うるせぇな。二十何年間この名前で生きてきた俺が一番身をもって体感してるわ。

 

 いつもいつも「糀谷薫」という名前だけ見た人に「女の子だと思ってた」と苦笑される。薫、なんて名前は男でも女でも両方イケるはずの名前なのに。

 この「糀谷」なんていう苗字がよくない。俺が「剛田」なんていう男気に溢れた苗字だったらきっとすぐに男判定されただろうに。



「……でも糀谷さんには合ってる」


 膝の上に置いてあるカバンに目線を落としながら坂下はそう言った。

 「だって糀谷薫っていう顔してる」なんていう意味不明な持論を添えて。



「お前も朱美、って名前ぴったり。もしお前の名前が、優しい姫って書いて『優姫(ゆうき)』とかならもう腹抱えて笑う」

「この性格で『やさしいひめ』なら多分、世界中のプリンセス同盟から干されるから」


 坂下は自分のきつい性格を若干自虐的に笑う。

 そのきつい性格によくあった、きつめの猫目が少しだけ細くなる。

 坂下は少し黙ってしまったため、カーナビの「リルートします」という混乱の声だけが車内に響く。



「糀谷さん、このカーナビに従ってくださいよ」

「俺は狭い道通るほうが好きだから」


 音声案内はいつも大きな道ばかり案内するから俺とは非常に相性が悪い。

 リルートにリルートを重ねてばかりで非常に申し訳ないなぁと思いながらカーナビに目をやった。



「……なんか音楽流してください」

「姪っ子の為に入れた妖怪ボッチの曲なら入ってるけど」


 そう言うと、坂下が大きくため息をついた。

 流石に妖怪ボッチの曲を流す気にはなれないらしい。まぁ俺も隣で歌われても気味が悪いから良いけれど。


 またお互い黙ってラジオに耳を傾けていると、これから流れる曲の紹介になった時に坂下が「あ」と声を漏らした。



「私、この曲好きなんです」

「……結構古いと思うけど」

「これ有名なドライブソングで、ママがよく車の中でかけてました」

「……ふーん」


 恋人同士のドライブを歌った曲だから、どうにも今のこの状況には合っているようには思えないけれども。

 坂下は目を閉じて嬉しそうにこの曲を聞いていた。


 サビよりも、Aメロが好きなんです。とどうでも良い情報を俺に提供しながら坂下のママが好きな曲に耳を傾ける。この歌詞通りに愛をささやけばちょっと事故おこしかけないか。なんて心の中でマジレスしながら車をすすめる。


 曲が徐々に小さくなっていき、ラジオのパーソナリティの声がこの曲をリクエストしたのはー……なんてどうでも良い報告をしはじめる。



「あーあ、もうちょっと聞きたかったのに」


 隣の坂下は残念そうにそう言った。

 その横顔が、少し坂下っぽくなくて少し見入ってしまった。おい、これこそ事故おこすぞ。なんて自分を叱り、そして謎の敗北感を感じながらもラジオの声に耳を傾ける。



「……糀谷さんちょっと時間ありますか?」

「まー姪っ子くるまでまだ時間はある」

「ちょっと回り道して、どっか寄ってタバコ吸ってきません? 禁断症状で死にそうです」

「……中央自動車道でなくても良ければ」


 俺がそう言うと、坂下は笑った。

 結局近くのコンビニに車を止め、違う番号のタバコを買う。俺はおまけにフェブリーズも買っておいた。


 二人して、コンビニの前でタバコを吸う。

 坂下は何も言わなかったけれど、俺を見れば少し眉を下げて笑う。

 「次付き合うならタバコを吸う女にしよう」と俺が言うと、坂下は伏目がちに笑いながら「悪くないね」と煙を吐きながら呟いた。





 ちなみにその後、フェブリーズを全身から浴びるようにかけたけれど姪っ子には「薫ちゃんくさい」と言われてしまった。死にたい。

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