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33 手紙

「糀谷さん、これありがとうございました」


 帰り、エレベーターを待っていると坂下がずいっと紙袋を俺に突き出した。

 俺が貸した時とは違う、男もののショップの袋になっている所に若干イラついたが黙って坂下から漫画を受け取る。


 その中に入っていた「どうも」の三文字だけが書かれた適当にも程がある手紙に軽くため息。ほんとにこいつってやつは。



「……どうだった」

「前も言いましたけどサイコー。タバコ吸いたくなります」


 ぴんぽんと音を立てて扉の開くエレベーターに二人して乗り込む。

 坂下は「タバコをハッピーストライクにしたくなるくらい」と1のボタンを押しながら笑った。

 坂下から返ってきた漫画の重みを感じながら、今日家帰ってなにを作ろうか。なんて思いながら会社を出る。

 坂下とこうやって駅まで帰るのは二回目。どっちも漫画絡みである。



 坂下は会社を出てすぐの所にある自動販売機の前に止まる。そしてカバンから財布を出した。

 ……どうするべきか。ここで「じゃ」と言って別れた方がいいのか。だよな。だってここで何か坂下がジュースを買うのを待っているのも変だし。

 そう思って「じゃ」と言おうとした時、坂下が俺の名前を呼んだ。



「糀谷さん、何かおごってあげますよ。私は優しいですから」

「……ほんとムカつくもの言いしかできねぇ女だな」


 某割烹着リケジョが好きなブランドの財布を持った坂下がそう言う。

 そのブランドの財布、前の彼女が欲しがってた。なんてどうでも良い事を考える。そういやそのブランドの財布をプレゼントしようと思っていたが、その前に別れてしまったな。なんて。



「糀谷さん、何飲みますか」

「……コーヒー。BESSのブラック」


 糀谷は札を入れた後に、ふうんと言って真っ黒な缶コーヒーの下のボタンを押す。そして次は淡いクリーム色のカフェオレのボタンを押した。

 がこんがこん、と出てくる缶を指さして遠回しに「お前が取れ」と命令してくる。ムカつくが、一応おごってもらったのでそれくらいは。と思って温かい二つの缶を取り出した。



「……よくこんな甘いの飲めるよな」


 坂下はカフェオレを俺の手から取り頬に寄せて暖を取った後、俺を見て嫌そうな顔をした。

 俺もコーヒーを一杯飲んだ後、さくさくと足を進める坂下の横を歩く。



「コーヒー飲める人って何で皆そうなんですか? カフェオレ飲んでる人間の事バカにしますよね。ブラック飲めるのがそんなにえらいのかっつーの」


 坂下が、マフラーに顔を埋めた。しかしマフラーは防音機能を果たさず、坂下の舌打ちはしっかり俺の耳にまで届いた。

 仮にも俺、お前の上司だからな。



「そういや、前から思ってたんですけど糀谷さんってアレに似てますよね」

「アレってなんだよ」


 アレ、アレ。と坂下は言う。

 アレで伝わるわけないだろ、なんてため息交じりにコーヒーを飲めばすれ違う人の肩と当たりそうになって急いで避ける。

 あまり人は多くない駅までの道だけれども、飲みながら歩くのはなかなか気を使わないといけないな、なんていう新発見。



「昔みたドラマの俳優。何だったかな、タイトル忘れたけど音大の話でさ……その指揮者の役の人に似てる」

「……誰だよ」


 役じゃなくて具体的な俳優の名前を出せよ。

 ただ、俳優に似てるだとかどうだとか、そう言う話はなんとなくこっぱずかしかったので俺は話題を変える為に正直ものすごくどうでも良い坂下の恋愛事情について聞く事にした。



「……お前、百本のバラとかほざいてたけど。あれあげたの」


 坂下は黙っていた。

 そしてしばらく無言で足を進めた後、またもや赤信号で捕まって足を止める。そして目線を下に落としながら口を開く。



「ドタキャンされました」

「ふーん」

「糀谷さん、顔がにやついてますよ。ムカつくから死んでくださいね」


 いや、あんなに言ってたのにおもしろいなと思って。と付け足すと、坂下は尚更むすっとして俺を睨む。

 そういや、坂下の彼氏は典型的なダメ男だと喫煙コーナーのオッサンだけじゃなくてゆるふわ新谷も呆れたように言っていたな。



「上手くいってない感じなんですか」

「敬語ほんとうざいです」

「質問に答えろ」

「……もうだめかもしれません」


 らしくない、か細い声だった。

 坂下は一瞬で自己嫌悪に陥ったらしい。すぐにぐびっとカフェオレを飲みほすとやけに明るい声で「まぁどうでもいいですけど!」とにこっと笑いながら言った。



 近くのコンビニから人が出てきて、聞きなれたドアの開閉時に流れる電子音が鼓膜を揺らした。

 今はこんなキャンペーンをしているのか、なんて思いながら坂下の横を歩く。

 俺よりもかなり身長の低い坂下が大きくため息をつく。



「坂下、一つ良い事教えてやろうか」


 俺を見上げた坂下が「なんです」と小さく呟いた。



「俺の今までの経験から言うと、脳みそゆるふわガールは彼氏と上手くいってない事をさらっと他の男に言う」


 そんで相談に乗って貰って、次の乗り換え相手を見つけるんだよ。なんてわざとらしく教えてやれば坂下は目を丸くした後、すぐに俺の脇腹にどすっと肘を入れた。

 うざい、ほんっとにうざい!なんて声を少し張り上げながら。



「私は、かれぴっぴと超円満超ハッピーですから!!」

「ドタキャンされたのに?」

「バ、バイトが急に入ったんですよ! しょうがないでしょ!!」

「……坂下、もう一つ良い事教えてやろうか」

「うるさいな! 結構です!」


 もうひとつおまけに、糀谷薫調べ、男がめんどくさい時に使う断わりのセリフ一覧を坂下に教えてやろうと思ったのに。

 坂下も流石にそこまでバカではないようで、俺が何を言いたいか分かったらしい。きらい、ほんとにきらい。と言いながらずんずんと足を進めていく。


 坂下はもう一度舌打ちをして自分のPコートのポケットに手を突っ込む。

 俺がコーヒーを飲んだ後に「ここ歩きタバコ禁止」と言えば、坂下はぎっと俺を睨む。



「やなやつ、やなやつ、やなやつ……糀谷さん、さっきおごってあげた(・・・)コーヒー返してください」

「どうやって返せと」

「今すぐここで吐けばどうです」


 バカじゃねぇの。無理に決まってんだろ。と言いつつ見せびらかすようにコーヒーをもう一度口に含むと、昔みた映画のように坂下は「やなやつやなやつ!!」と言いながらコンクリートロードをずんずん歩いていった。

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