30 いつも私の知らない事を知っていたね
結局、薫さんの何か言いたげな表情はベランダでタバコを吸っている今も健在で。
私は耳がさぶいなぁ、なんて思いながらタバコを吸っていた。
「薫さんは、ずるい」
そう言うと、彼は私を見た。
こんな寒空の下、ベランダでタバコを吸っているせいで酔いはさめたのだろう。いつもの口調で「何が」と私に問いかけた。
「薫さんは、もっとイヤな人だった。なのにどんどん優しくなってく。そんなのずるい」
私は、いつまでもクソみたいな性格で。なのに薫さんはどんどん優しくなっていく。
薫さんを見れば、タバコをぎゅうっと灰皿に押し付けている。
「朱美」
薫さんがそう私の名前を呼ぶ。
ぱっと顔を上げれば、眉を下げて笑っている薫さんがいる。
「俺はお前の事が好きだよ」
そんなの知ってる。
だから、薫さんずるいって言ってるじゃん。そんな顔して言われたら、何も言えなくなるもん。
「朱美さんの返事は?」
出た、ウザ敬語。
私がむすっとして黙っていると、ぴゅうと風が吹く。
わわ、と髪を抑えても前髪の分け目がぐちゃっとなってしまった。
薫さんはそれに笑って、私の前髪を分けてくれる。そして真っ赤な私の顔を見てまた笑う。
「ほんっと薫さんきらいムカつく」
「……こんなに好きにさせんなバーカ」
私がそう言うと、薫さんは黙って私を抱き寄せた。
薫さんの服をぎゅっと握る。
そういえば、この人は糀谷薫で私は糀谷朱美。
同じ苗字なのに、こうやってちゃんと抱き合ったのはいつぶりなんだろうか。
薫さんが私を見る。
忌まわしきあーたんの刷り込みだろうか。たぶん今からキスするんだろうな、と直感した。
そしてそんな野生の勘は見事に当たり、薫さんの唇が私の唇に重なった。
あーたん時代から、糀谷薫とはアホほどキスをしてきたはずだ。
それでも、これが私のファーストキスだと思った。
彼から唇を離せば、愛おし気に彼が私を見つめる。
しかし、私の頬を伝う涙を見て、目を丸くしたのち「ごめん、大丈夫」なんて謎の気配りをしてきた。
キスされて目が覚めるなんて、眠れる森の美女じゃあるまいし。
ましてや、私、眠ってもないし美女でもないし。
今思えば、いつも貴方は私の知らない事を知ってたね。
今思えば、いつも貴方は私の知らない事で泣いてたね。
前世の記憶が、私の脳内をめぐる。
糀谷薫とのキスは、魔法の解けるキスだったのだ。
「あなたってほんとのほんとにバカじゃないんですか……糀谷さん」
ねぇ。
私が今、この記憶を取り戻すまで、あなたはずっとずっとどんな気持ちでいたの。
私には、その気持ちなんて一生分からない。
一言だけ言っとこうか。
あなた、あたまおかしいよ。
残り20話は、朱美さんと薫さんの過去編。
シリアス気味になりますので、苦手な方はお気を付けて。




