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03 相合傘

 とりあえず、私の作る飯はまずい。そう確信したその夜。私は自分の作った気まぐれサラダをゴミ箱にぶち込み、くると振り返り糀谷さんの方を見た。



「糀谷さん、私のメシはまずいです。コンビニに買いに行きましょう」

「身をもって体験したか」

「これから毎日、コンビニ弁当生活で」


 私と糀谷さんの冷え切っている関係には、コンビニの冷蔵庫で冷やされているコンビニ弁当がぴったりだろう。

 外をちらと見れば、暗くてはっきりは分からなかったが雨が降っているようだった。コンビニまで行くのめんどくさくなってきた。そう言いかけたが糀谷さんが「行くぞ」と立ち上がって言ったので今更何も言えずに、小さく返事をした。









 ビニール傘は安っぽいと、昔糀谷さんは言っていたけれど。私はやっぱりビニール傘が好きだ。

 マンションの入り口がぶんと開く。三段だけある階段を降りて傘を開く。



 コンビニは、マンションの前の横断歩道を渡って二分ほど歩いた所にある。傘を開き片手をポケットに突っ込みながら無言で歩く糀谷さん。

 透明な傘だから見える水滴の動きなどを少し見上げつつ、横断歩道の前に立ち信号を待っていた。

 昨日までは、この数分の間ですら「かーくん、あーたん」なんて見つめあって言っていたのだけれども。今では無言で信号を見つめているだけという有様である。


 信号が変わると、糀谷さんは一瞬だけちらりと私を見た。

 なんです、と言いかけたが糀谷さんはさくさくと横断歩道を歩いていってしまう。




 昨日までは、糀谷さんも私に歩幅を合わせてくれてた。でも今となればそんな気遣いなど一切ない。本当にこいつってやつは。と心の中で悪態をついていた時だった。


 私の前を歩く糀谷さんの足がぴた、と止まった。いったい何が。と思い少し下げていた目線を上げるとそこには、早紀ちゃんと颯太君がいた。 二人は相合傘をしてぴたりと体を寄せている。

 颯太君がコンビニの袋を持っているところから察するにコンビニ帰りなのだろう。袋越しにうっすらと見える例のブツの箱に私はため息を零す。


 すると早紀ちゃんはおびえたように、颯太君の体に自分の体を少し寄せながら口を開いた。



「朱美ちゃん……薫くん……なんで相合傘してないの……?」

「え、ええー?」

「だって今まで毎日どんな時でも二人は相合傘してたじゃない……どうしたの、早紀心配で心配で死んじゃいそう……」


 かちかちかち、と聞こえるカッター音に糀谷さんと二人して顔を見合わせた。

 やばい、これあかんやつや。と。

 かちかちかち、といまだなお聞こえる天国への階段を駆け上がっていく音に、私は覚悟を決め自分の傘をたたんだ。



「たまたまよー! やっぱり相合傘が一番ねー! ねぇかーくん☆」

「そうだな、あーたん」


 頬がぴく、と揺れる。糀谷さんの顔を見れば、私と同じようにむりやり笑顔を作っていた。

 いまだなお早紀ちゃんも颯太くんもじとっと私達を見てくるので、糀谷さんに擦り寄って仲良しアピール。

 糀谷さんが傘を持っていない方の手を後ろに回し、私の腰あたりの肉を強くつまむ。私も反撃としてつまみ返してやる。



「そっかぁ、早紀安心……ねぇ颯太くん」

「仲良しが一番だからね」


 颯太君がそう言いにこ、と笑うと早紀ちゃんもようやく安心したようでにこり、と笑った。



「朱美ちゃんと薫くん、何かあったらすぐ早紀たちに言ってね、いつでも相談乗るからね」


 早紀ちゃんのそんな言葉に颯太くんも頷く。

 いや、私たちの悩みの種はあんた達二人なんだけれど。そんな事を言えるわけもなく、私も糀谷さんもひきつった笑顔で「ありがとう」と言った。








「なにこのエンカウント率……」


 私はマンションに入っていく二人を見送りながら、糀谷さんの横でそうぽつりと呟いた。

 本当なら今すぐ相合傘なんてやめてやりたいが、「マンションから見てたよ……なんで相合傘してないの……」なんて言われて飛び降り自殺でもされると非常に厄介である。

 そう思っていたのは糀谷さんものようで、お互い「相合傘をやめよう」とも言わずにただ無言でコンビニを目指して歩いていた。



 そんなに距離はないはずなのに、コンビニまでの距離がどうしようもなく長く感じてしまう。


 糀谷さん、どんな顔をしているのだろう。そう思って少し見上げてみる。

 糀谷さんは特に何も表情を変えずに、ただまっすぐ前を見ていた。昨日までは私はこの横顔にめろめろだったのに。

 たった一日でここまで恋心が死滅してしまうとは。恐ろしいものよ。



 糀谷さんの肩にたまたま目が行った。見れば、糀谷さんの肩が濡れている。

 ……これ、昔漫画で見たことある。彼女が濡れないようにって無言で彼女側に傘を傾けるの。自分の肩はびしょびしょになってしまうのだけれども。

 ……糀谷さん、何だかんだ言って優しいじゃん。なんて。


 うれしいような、でも手放しには喜べないような。なんとも言えない気持ちになってしまって私は糀谷さんから目線を逸らす。





 すると自分の肩に目がいった。

 厚着をしていたため気づかなかったが、自分の肩もびしゃびしゃに濡れていた。


 糀谷さんが優しさで、傘傾けてくれてたんじゃないわ。

 ただ、傘が小さかっただけだわ。

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