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29 一緒に居よう

 私と薫さんは二人でタバコを買いにいく事になった。

 疲れてるだろうし別に付いてこなくていい。という言葉を彼は聞かない。



 外に出て、寒さにぶるっと震えれば薫さんがそんな私を見て笑った後にぐっと手を引いて自分のスーツの上から着ているコートのポケットに私の手を連れ込む。


 薫さんを見れば、ゆるんでいるネクタイを少しだけ直した後に私を見て眉を下げた。



「さぶいですね」

「おー、さぶい」

「……薫さんの手、あったかい」


 そう言えば、ポケットの中の薫さんの手が私の手をより強くぎゅうと握る。

 私に合わせてくれている歩幅が嬉しい。



「……指輪、付けてないのな」


 ポケットの中で私の左指を、自分の指で少し撫でた後に薫さんはそうぽつりと言う。薫さんの横顔を見ればすこし悲し気だった。


 昔、かーくんからもらった結婚指輪。

 私があーたんから朱美に戻った瞬間、タンスの奥に封印したブツ。

 薫さんの悲し気な表情に何も言えなくなってしまう。



「そんな顔しなくてもいい」


 薫さんがそう言って笑った。

 そんな顔って、私はどんな顔をしていたのだろうか。

 近くにタクシーが止まって、スーツを着た女の人が出てきた。その人も飲み会帰りなんだろうなぁなんて勝手に予想しながら薫さんとコンビニまで足を進める。



「……だって、薫さんとこうやって手繋ぐ日がくるなんて思わなかったもん」


 そう言うと薫さんは声を出して笑った。

 ああ、確かに確かになんて言いながら。


 だって、私と薫さん離婚しかけてたじゃない。もしあの隣の花崎夫妻が居なかったら今頃完全に私の苗字は糀谷じゃなくなってたと思う。



「でも、俺はいつかこんな日がくるって信じてた」

「信じてた? 私はまさか糀谷薫と手を繋ぐ日が来るなんて思いもしませんでしたよ……」



 わざとらしくそう言えば薫さんが何故か笑った。

 横断歩道がちかちかと点滅する。薫さんはやく渡ろう。そう思って足を進めると点字ブロックの上に立った彼がぐっとポケットの中の私の手を引く。



「危ない」

「いや、まだ点滅してるしいけますって」


 いや、いけた。が正しいか。

 もう赤になってしまった信号をむっとしながら見つめれば薫さんは「少しくらい待っとけよ」と呆れたように言う。


 薫さん、七番ね。なんて言いながら肩にもたれかかれば、薫さんのコートから七番のタバコの香りが微かに鼻をかすめる。



「……薫さん」

「なに」

「なんでもない」

「……ああ、そ」



 ぎゅうっと優しく握られているのは手のはずなのに、なぜか胸まで暖かくなった。



 コンビニまでの道、こんなに短かったかな。

 そういえば、初めて相合傘をしてコンビニに向かった時には死ぬほど遠くに思えてた。


 薫さんも私も無言なのは変わりないのに。



「薫さん、さっきのどういう意味ですか」


 さっきのって?というように薫さんは横目でちらりと私を見た。

 そんな彼に「その一人にしないでほしいとかどうとか」と私は呟く。なんとなくはぐらかしてしまうのは、薫さんがやけに真剣な表情で私を見るから。



「……ああ、なんかちょっとセンチメンタルになってただけ……」

「薫さんはもうアラサーだから~」


 私がそう言うと「ああほんとに」と薫さんは伏目がちに笑う。

 薫さんの私が占拠していない方の手が、いつものくせでコートのポケットの中のタバコを探す。くそ、と小さく漏らした後に薫さんは大きくため息をつく。



「そういや指輪、くっそ高いやつ買ってやったのに」

「残念。タンスにぶち込んであります」


 そう笑えば、薫さんも笑ってくれる。

 だから薫さんが話を逸らしたのには気づかないふりをした。



 薫さんは、寒いのに私のと繋いだ手をポケットから出して、私の左手の薬指にある指輪の跡を見ている。

 最近外したけど、あーたん時代にはずっと付けていたし。少しだけ指輪を付けていた部分が白くなっていて、何とも言えない気分。



「……指輪の跡、残ってる」

「そうですね」

「もう付けないわけ?」

「……付けた方がいいですか?」


 私がそう問いかければ、薫さんは少し黙ってしまう。

 同じ「糀谷薫」という人物なのに、どうにもかーくんに貰ったものとなると気が滅入る。


 薫さんは急にまた私の手をひっぱるとちゅっと左の指にキスを落とした。

 そんな薫さんの行動に口をぱくぱくとさせて焦っていると薫さんは楽し気に笑う。



「また買ってやるよ。だから今はこれで我慢な」


 薫さんお得意のキザなセリフにくらくらとしてしまう。



 酔ってるでしょ。と言ってみれば薫さんは酔ってないと言い張った。

 酔っててくれたほうがいいんだけど。なんて私はむすっとする。でもそんな事言いながら、本当は素面がいいななんて思ってる。




「よくそういう恥ずかしい事サラっといいますよね。もしかしてあんた乙女ゲームのキャラか何かじゃないんですか?」

「まぁここ乙女ゲームの世界らしいし、俺も乙女ゲーム脳になってるのかもしれない」


 薫さんはそう言って笑った。

 そして、ちらと私を見た後に手を握る力を少し強める。



「薫さん、酔ってる?」

「酔ってない」

「……そうですか」


 私がそうやって話を切り上げたので、薫さんはそれ以上何も言ってこなかった。

 コンビニの看板が視界に入ればなんとなく寂しい。


 そうだ、コンビニでお酒を買おう。

 そしてそれをぐっと飲み干して、酔ったフリなんかしよう。



 同じ苗字だし、結婚までしちゃってる私たち。

 「好きだ」なんていうカミングアウト、今更過ぎるかもしれないけど。



 薫さんの事だからどうせ「私がほんとは酔ってない」事なんてお見通しなんだろうけど、気付かないふりしててよ。私も頑張って酔うふりしておくからさ。

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