24 奇数のピアス
「颯太君なんかきらい! 早紀もうやんきーになる! ピアス開ける!」
もういい加減飽きてきたぞ、この導入。
目の前でめそめそと泣く早紀ちゃんに私はため息をつく。
なんで颯太君と喧嘩してヤンキーになろうと決心したのか。
そしてピアスを開ければヤンキーになれるのか、なんてツッコミどころは満載だったがとりあえず全てスルーして早紀ちゃんの話に耳を傾ける。
「だからね、朱美ちゃんにピアス開けてもらおうと思って……」
そう言って早紀ちゃんはピアッサーをすっと取り出した。なんでそういう所は用意周到なんだか。
ちょうど、下の自販機までコーヒーを買いにいっていた薫さんが部屋に戻ってくる。食卓でめそめそと泣く早紀ちゃんを見て、ぎょっとした様子で私を見た。
お前なに泣かせてんの。と顔が語っていたのでとりあえず「私のせいじゃない」という意味を込めて首を横にぶんぶんと振る。
「あ、薫くん……」
「早紀、お前ピアス開けんの?」
薫さんが買ってきたのであろう缶コーヒーを開け、早紀ちゃんの横に立ったままそう言った。
何で話の途中からなのに分かるのだろう、そう思ったが彼の視線の先に早紀ちゃんが持ってきていたピアッサーがある事に気づいた。
「うん、やんきーになろうと思って……」
「そ、だったら俺が開けてやる」
薫さんのそんな大胆な発言に早紀ちゃんが「ひええ」と言った。
私は一緒に「えーやめときなよー」なんてうじうじして執行できなかったのに、薫さんがすんなりと執行宣言をしたのにビビる。
薫さんが、ピアッサーをマジマジと見ている。
そして私に「保冷剤もってきて」と薫さんは言う。え、何に使うの。なんて思っていた時、糀谷家の扉がばん、と開いた。
「薫! 朱美! 早紀来てない!?」
インターホン鳴らせ。勝手に入ってくんな。
もちろんその声の主は颯太君で、だだだと玄関から駆けてきた彼は食卓に居る早紀ちゃんを見て「早紀」と彼女の名前を呼ぶ。
颯太君、すごい勢いでやってきたから土足で入ってきたんじゃないかと一瞬ヒヤリとしたけれども、良かった。ちゃんと靴脱いでた。
脱いでなかったら、部屋からバイバイ即鍵閉め追放奴だからね。
「そ、颯太くん……朱美ちゃんと薫くんの家に逃げてたのに、こないでよー!」
ごめんね、こないでよーって一番思ってるの私と薫さんだからね。
君たち花崎夫婦の避難所じゃないからね、ここ。
「早紀ごめん……早紀、穴開けてないのにピアスをプレゼントに買ってきちゃって……今さ、イヤリング買い直してきたんだ……」
そう言って颯太君はすっと黒い箱を早紀ちゃんに渡した。イヤリングでもあんな高級そうな箱に入ってたりするんだ。というか、喧嘩の内容マジでしょうもないな。
早紀ちゃんは急に目を潤ませて「颯太くん好き!」と言って颯太くんに抱き付いた。
「早紀♡」「颯太君♡」と広がるバカップル劇場に、私と薫さんは何のコメントも出来ずに真顔で「おめでとう」と言って手を叩いた。
「えへへ~ご迷惑おかけしました~」なんててれてれ笑いながら、糀谷家を後にする二人。玄関の扉が閉まった瞬間、私と薫さんの思った事は同じだったらしい。
イライラする、そうだ、タバコ吸おう。
私も薫さんも大絶賛タバコ脳の為、お互い黙ってベランダにまで足を進める。そしてぐちゃぐちゃのタバコの箱からタバコを取り出し、火を付けて息を吐く。
「ってか、薫さんピアス開けた事あるんですか?」
そう言って彼の横顔を眺めるが、彼の耳に穴は開いていない。
私が眉を寄せたのに気づいたのだろう。煙を吐いた後に薫さんは私を見て口を開いた。
「昔好きだった奴が開けて、って言ってた」
昔好きだった奴、ねぇ。
誰の事なんだろう?私ことあーたんが、かーくんに出会ったのは高校の頃だから薫さんの中学の頃の彼女の話だろうか。
中学生でピアスを開けたなんか中々ヤンキーだな。
「ピアスの数って奇数だと幸せになれるんだってさ。そいつが言ってた」
「ふーん、でも普通は左右に一つづつで、二個しか開けないですよね」
「……そー。そいつはさ『彼氏が出来るたびに開ける』っていう謎のポリシーの持ち主だった」
クソビッチな女の子だったら、それこそどんだけ開けなくちゃいけないんだ。なんて思いながら。
薫さんは私の顔を見て、また眉を下げる。私はこの顔が、嫌いだ。
「薫さんは41356個目のピアス開けたんですか」
「いや、三個めだった」
「ふーん、じゃあ三人目か」
薫さんは私のその言葉に笑った。
何がおかしいんだか。と私がむすっとしたのに気が付いたらしい。薫さんは煙を吐きながら説明をしてくれた。
初めのピアスは普通左右両方に開けるだろ、と。
あ、なるほど、じゃあ薫さんは2人めってことか。
「幸せになれるおまじない、ねぇ……」
「お前、もうピアス開いてないの?」
「は? 私ピアス開けた事ないですから」
あんた高校時代から私(あーたん含む)の事知ってるだろ。なんて心の中で悪態をつく。
薫さんは「ああそうか」と私を見る事なく小さな声でそう漏らした。
私は何だかこれ以上この話を続けるのが嫌になってしまって、自分から口を開いた。
「でも、彼氏にピアス開けてもらうなんか女の子の憧れシチュレーションですね」
私がそう漏らすと、薫さんはタバコを加えたまま声を出して笑う。
何がおかしいのやら。私が女の子の憧れ、なんていうスイーツな発言をしたからなのか。
薫さんはベランダの手すり壁に肘をついて、笑って私を見る。
「ピアッサーなら有るし、俺が開けてやろうか」
「遠慮しときます」
「遠慮すんなって」
「痛そうだからやだ」
「痛くない」
だって、と薫さんがそう言ってタバコを灰皿に押し付けた後に私の耳に唇を寄せた。
自分の耳に軽く薫さんの唇が触れる。私は突然の出来事にばっと耳に手をやったまま後ろに後ずさった。
「ななななななな、何やってんですか!」
「こうやって耳にキスして、痛くないようにって……」
自分の耳が熱くなっていくのが分かる。薫さんもきっと勢いでやってしまったのだろう「マジごめん」と突然大きな手で赤くなっていく顔を隠す。
「何やってんのほんと、薫さん脳みそ沸騰したんじゃないんですか」
「……うん、ごめんちょっと沸騰してた」
薫さんは、恥ずかしい。と、口元にやった手で口を隠し目線を私から思いっきり外しながらそう言った。
「でも、お前もちょっと沸騰してんじゃない? 耳まで真っ赤」
私はその言葉に何も言い返せなくて、少し俯く。
前までだったら、この人にこんな事されてたら絶対全身鳥肌ものだったのに。何故か今は全身があつく熱を帯びているのだ。
「今日の朝ご飯に脳みそ沸騰薬いれたから、きっとそのせい」
なんと適当な言い訳。
薫さんはそんな私を見て「やっぱりお前に朝食任せるのはやめとく」と小さく笑った。




