23 午前二時
あ、やばい寝れない。
そう思ったのは午前一時半。
いつも通り布団に潜りこんで薫さんに背を向けたのだが、いつまで経っても寝れそうな気配がない。
寝れそうにないし、お腹も減ったからもうオールするか。明日のお昼にでもまた寝れば良いし。
そう思ってむくっと起き上がり、スリッパに足を突っ込む。
薫さんを見れば規則的に寝息を立てている。起こさないように、起こさないように。そう思ってそろっと寝室から出ていく。
食卓の電気を付けて、ふあっとあくびをしてみる。冷蔵庫を開けてみるが酒がない。寂しく一人酒でもしようと思ったのに。
前のコンビニまで買いにいくか。そう思ってカバンからごそごそと財布を取り出している時だった。
ばたん、と寝室の扉が開く音がする。見れば薫さんがこちらにやってきていた。
あ、やば。起こしたなら殺されるかも。なんて軽い死の予感を感じていると薫さんは財布を持っている私を見て眉を寄せた。
「何してんの」
「あ、起こしてすいません。コンビニ行こうと思って」
「何で」
「寝れないから、お酒でも飲もうかなと……」
思考回路がオッサンだな、と薫さんはぽつと呟く。
悪かったな、オッサンで。薫さんはふあ、とあくびをした後に何故かジャケットを羽織ってマフラーを自分の首にぐるぐる巻きにした。
「……なにしてんですか」
「コンビニ行くんだろ、俺も行く」
「何でですか、私オールしようと思ってコンビニ行くんです。薫さん明日、……っていうか今日仕事でしょ。寝て下さいよ」
スヌードを頭からすっぽりかぶって、口元を隠しながらそう言った。
薫さんはすっかり行く気マンマンらしく、スマホを少しいじった後に「はやく」と私を急かした。
……まぁ別にいいけど。私は主婦だから家にいるだけだし。仕事辛くても知らないし。なんて思いながら玄関に向かう薫さんの後に付いて行った。
「良いって」
部屋の鍵を外からかけようとした時、ポケットに手を突っ込んだまま薫さんがそう言った。
ちょっとの外出なんだから鍵なんか閉めなくていいとな。私は帰ってきた時、ロリックマのなかの綿が一面に散っているなんていう惨殺死体が転がってませんように。なんて祈りながらエレベーターの前に足を進める薫さんの後に着いていく。
「薫さん、仕事しんどくてもしりませんよ」
「毎日しんどいからオッケー」
「尚更しんどくなるんですってば」
薫さんの顔を少し見上げながらそう言うと、薫さんは「お気遣いをどうも」と言った。
ほんっとに昔から変わらない嫌なもの言いをする奴だな。なんて。
私も薫さんも黙ってエレベーターがいまどこにいるのかを知らせてくれている、番号を見る。私たちの住んでいる4階にエレベーターが止まりドアが開けば、薫さんがちらと私を見た後に中に足を進めた。
無言の密室エレベーターから降り、さくさく歩いていく薫さんについてマンションの出口に向かう。私たちに反応したマンションの入り口がぶんと開く。
「さむ」
薫さんが小さくそう呟いた。
もうそろそろ冬だからなのと、こんな真夜中だからか、外は非常に冷え込んでいた。
時々、国道を走る車のライトに背中を照らされながら、二人で歩道を歩く。
そう言えば、前も薫さんとここ歩いたな。相合傘なんかして。
この時間になれば流石に早紀ちゃんと颯太くんもベッドの中だろうし、安心。
「何でついてきたんですか」
「……あぶないし」
横断歩道で、赤い信号をぼんやりと見て信号待ちをしながら彼がそう言う。
あぶないし。ってあんたは私の保護者かよ。
「別に中学生じゃないから危なくないです」
「あっそー」
ぴゅうと吹く風が寒い。
真夜中の信号は、車優先になっているのか。それとも私と薫さんの間にとくにこれと言った会話がないからか、とても長く思えた。
ようやく青信号になれば、薫さんは長い足でどんどこ進んでいく。
でもその足が横断歩道の白い部分しか踏んでいない事に気づいて少し笑えてしまう。
横断歩道を渡って、薫さんの斜め後ろから「何で白いとこだけ踏むんですか」と聞けば彼はぴた、と足を止めて私を見た。
「……小学生の頃、白いとこ以外踏んだら死ぬゲームやってたその名残」
薫さんが真面目な顔をしてそんな事を言ってみせるから私は笑えてしまった。
「なに笑ってんの。白いとこ踏むガチ勢の俺に謝れ」
なに笑ってんの、なんて言うくせに薫さんも笑っていた。
薫さんはまたコンビニに向かって足を進める。相変わらず、ずんずん足を進めて行くが横目でちらりと私を見ると少しだけ歩く速度をゆるめてくれた。
「さむい」
「ほんとさむい」
「さむいさむいー」
「さむい」
さむい、のみが私と薫さんの間を繋いでいる。
これが早紀ちゃんと颯太くんみたいなバカップルだったら、いろんな話題があがるんだろうけど。これから何買う?とか私はビール飲みたいなとか。
「手袋してきたら良かった。特に手がさむい」
はぁ、と手に息をかける。
そうすると薫さんは何故かポケットから手を出す。なんでわざわざさむい所に。
私の右隣の薫さんと、少しだけ手が触れた。
もう一度触れたら、薫さんの手が私の指を軽く握った。
何も言えなくなって、スヌードに顔を埋める。
最後はぎゅっと握られて
おまけに握られたまま薫さんのポケットの中に連行された。
「……さむくない」
「あったかい、って言えよバーカ」
私がそう言うと、薫さんが笑った後に尚更強く私の手を握った。
薫さんのポケットの中はとても暖かくて、そのせいか頬が緩む。
さっきまでは、どんどこ進んでたくせに、今はしっかり私の歩幅に合わせてくれているそんな気遣いがにくい。
マフラーに顔を埋めている彼の横顔を見れば、少し自分の顔があつくなるのに気が付く。
もしかしたらこの人の事が嫌いじゃないかもしれない、そう思った午前二時。




