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22 夜景

 結局、小学生の「学級会」のように私と薫さんはお互いに「ごめんなさい」と言い合った。

 学級会と違うのは「冗談のつもりだった」なんていう言い訳が添えられていないだけ。


 仲直りの意味も込めて、二人で夜ご飯を外に食べに行ってみたりしちゃって。

 そしてその帰り。薫さんは、家とは全く違う方向に車を走らせていた。



「薫さんどこ行くんですかー」


 ラブホ街を走る車に、若干嫌な予感。薫さんは私なんか無視して「おーここ安い」なんてでかでかと掲げられたラブホの料金表に時々コメントしながらラブホ街を車で通り抜けていく。


 むすっとした表情にようやく薫さんも気づいたらしい。少し笑いながら「ここの上の夜景が綺麗だから」と言った。



「夜景? なんで?」

「夜景見ながらタバコ吸うの最高」

「ほんとですか?」


 薫さんは、ああほんとほんと。なんて笑いながらいきなり右にウインカーを出して謎の山道に車を進める。

 カーブはゆるやかだけれど、坂自体はかなりきつい。

 薫さんは鼻歌なんか呑気にかましているけど、アクセルはがんがんに踏み込んでいた。帰りはギアチェンかな。なんて思うくらいの急な坂。



「薫さん、ここ来たことあるんですか?」

「あーなんか颯太と来た」


 男二人で行ったのかよ。なんて鼻で笑う。

 まぁどうせ颯太君の事だから早紀ちゃんとのデートの下見で薫さんを連れていったんだろうけど。


 ふっと窓の外に目をやれば、そこには本当にびっくりするくらい綺麗な夜景が広がっていた。

 私、そんなにボキャブラリーが豊富じゃないから何て言えばいいか良く分からなかったけど。窓から目を離せずに「綺麗!」と言えば運転席の薫さんが声を上げて笑った。



「先に見てんなよ」

「しょうがないじゃないですか、こんなの視界に入れるなとか無理」


 私が若干キレ気味にそう返せば薫さんは「確かになぁ」と笑った。

 でも、これ以上は上までのぼった時の楽しみにしとけば。と軽くハンドルを切りながら言ったので私は黙ってその言葉に従ってやった。


 続くゆるやかなカーブで、運転している薫さんの方にわざとらしく体を寄せてみれば、薫さんは眉を下げて笑う。








 薫さんが「ここ」と言って車を止めた場所には多くの車が止まっていた。

 沢山のカップルが、この場所から夜景を見下ろしている様子。薫さんがPに入れた後にハンドブレーキをかける。そしてシートベルトを外しながら「あータバコ吸いてー」なんてわざとらしく言った。


 ドアを開ければ、車内の電気がぴかぴかと付く。

 ドアをばんと占めて、薫さんが鍵を閉めたのを確認してから黙って二人で多くのカップルが並んでいる場所まで歩く。


 腰あたりまである、転落防止の柵。木っぽい感じにペイントが施されているが、触ってみればそれはどう考えても人工物だった。


 隣のカップルがキスしたのを視界に入れながら、夜景を見下ろす。

 都会の光が宝石みたい。なんてプリンセスプリンセスな思考。



「……綺麗ですね」

「ああ、綺麗です」


 なんであんたまで敬語。ウザいな。

 下にあったラブホの光も今となっては、夜景の一部。


 この光の下にどれだけの人が居るのだろう。ほんと都会って怖いな。なんて。



 薫さんが、コートのポケットからぐちゃぐちゃのタバコの箱を取り出す。

 良いね、夜景を肴にタバコ。そう思って私もポケットからタバコの箱を取り出す。

 隣のカップルのゆるふわ系女に思いっきりイヤな顔をされた気がするけど知るもんか。ビバ☆自己中。



「朱美、お前ライター持ってる?」


 ポケットからダサいゆるキャラとコラボしたライターを取り出した薫さんがそう言った。

 私はポケットの中をまさぐる。ぱっと指とライターが当たったけど「ありませーん」とわざとらしく虚偽申告。


 私がわざとそう言った事なんかお見通しなのか。それともそうじゃないのか。

 良く分からないけれど、薫さんは少し笑った。



「お前どうやって火ぃ付けんの」

「摩擦かなー」

「随分原始的ですこと」


 薫さんがタバコを加えて、じっとライターで自分のタバコに火を付ける。

 一度吐かれる白い煙。そんな様子をじっと見ていれば薫さんが「こいよ」と言う。


 薫さんの身長は少し高い。まぁヒールを履いているからなんとかなるけど。

 二人してぐっと柵にもたれながら、タバコを寄せた。

 前は一度も目を合わさないようにと、お互いタバコだけをじっと見ていたけれど今日は少しだけ目が合った。



 私がタバコを取り出した時に死ぬほどイヤそうな顔をしたカップルの女は、私たちをちらと見て隣の彼氏に「すごーい! あれなんていうの!」なんてかわいらしーく問いかけていた。


 煙草を離して、息をおもいっきり吐く。

 シガーキスだよ、嫌煙クソアマっち。なんてこっそり心の中で言っておく。



 隣のカップルは今日が記念日だか何だか、ぐたぐたと語っている。

 私と薫さんは隣のカップルの思い出話を勝手にBGMにしながら無言でスパスパタバコを吸っていた。


 二本目を吸おうとした時、ぱっと自分でライターを取り出して火を付けてしまった。やっべぇ恥ずかしい。なんて思って薫さんを見れば薫さんはにやにやと笑っていた。



「朱美さん、ライターの探し方が甘いんじゃないですか」

「うるさいな!」


 ほんとうはちょっとシガーキスしたかったから。

 そう言えば負けな気がするから絶対言わないけど。薫さんは「あー可愛くない」なんて分かりきった事実を述べている。知ってますそんな事。



 薫さんと私の間に、特に会話はない。

 隣のカップルと違って、ただ黙って夜景を見ながらスパスパタバコを吸っているだけ。


 それでも、心地良い沈黙だと思った。

 都会の光が、薫さんの瞳の中で揺れる。

 横顔をずっと見ていれば、何だかとても変な気分になってしまう。



「薫さん」

「なに?」

「別に」

「なんでもないよ」


 薫さんは「ウザ絡み」なんて言いつつ、また笑う。




 








「あーあいつも待ってるしそろそろ帰るか」


 隣のカップルがちゅっちゅしているのを見ながら薫さんはそう言った。

 あいつ、というのはおそらくロリックマの事だろう。こんな場所で「ロリックマがー……」なんて言えば流石に危ない人過ぎるので伏せたのだろう。


 そうですね。と言って車に向かって足を進める薫さんの後に着いていく。

 最後に、一度振り返ってあばよ、ちゅっちゅしてた嫌煙クソアマっち。と心の中でバイバイしておく。




 助手席に座ってシートベルトを付けると、薫さんはエンジンをかけた後に車内の電気を付けカーナビを少しいじっていた。

 すると、後ろの止まっていた車からぱぁ、とクラクションが鳴る音が。



「え、薫さん早く車どけましょう」


 後ろの人怒ってるって。

 そう言っても、薫さんは何故かくつくつと笑いながらカーナビをいじっていた。



「……なに笑ってるんですか。早くしないと怒られますって」

「大丈夫だって」

「何なのその自信……」


 後ろの車が怖い人だったらどうするのさ。

 そう思って若干びびりながら後ろを振り向けば、薫さんはまた笑った。

 何がそんなに楽しいんだか。私はむすっとしてしまう。



「あれさ、『どけ』って意味じゃないから」

「……はー? クラクション鳴らす時なんか大体キレてる時ですって」


 車道でムカつく事があればすぐ鳴らす、朱美という経験者は語る。

 どけっていう意味じゃなければどういう意味なんだろう。



「お前分かんないの」

「分かりません」

「車内でキスしてて、ハンドルに手ぇ当たったらクラクション鳴るだろ」


 薫さんはこれまたカーナビをいじりながらそう言う。その横顔が笑っていてムカつく。

 後ろをもう一度見ても、特に後ろの車が怒っている気配はない。というか動く気配もない。


 エンジン切って暖房切れたら寒いし。音楽もないとムードもクソもないし。だからエンジンつけっぱでさ。と薫さんは説明を続けていく。

 ……まぁこんな綺麗な夜景みた後、こんな暗い所だったら他に誰も見てないだろうし、そりゃーキスのひとつやふたつかましたくなるわな。


 ぱぁ、ともう一度後ろから聞こえてくるクラクションが急に官能的に思える。



「……薫さんは物知りですね」

「経験者は語る、なだけ」


 薫さんはまたよく分からない事を言う。

 あんたこの乙女ゲームの世界で私以外と付き合った事ないくせに。

 ……もしかして、颯太君と……?そう思えば鳥肌がざぁっと立ったのでそれ以上考えるのはやめた。



「夜景、綺麗だったな」

「あーまぁそうですね」

「お前と来れて良かった」


 私の顔なんか見ずに、カーナビでルート検索を必死にしながら薫さんはそう言った。

 ……糀谷家の軽自動車からもクラクション、鳴らしちゃっても良いんじゃないかな。なんて思っちゃった私。ちょっとどうかしてるかもしてない。

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