19 は?
「あああああ、もう! なんで分かんないかな!! イラつくなぁ!」
そう言って、持っていたマグカップをどんと机の上に置く。
私の隣に腰かけている薫さんはそんな私の様子に少し笑った。
私が見ているのはとある昼ドラを録画していたもの。
昼間は家に居る事が多いので、別に録画しなくても見れるのだが。
薫さんがこの昼ドラを気に入っているため、夕食後に録画してある昼ドラを一緒にソファーに座って見るのが最近の習慣になってしまっている。
「何で、何で分かんないかな!! こいつこんな好意モロバレなのに! あーこの鈍感系ヒロイン殴りてぇ!!! いや、殴る。決定!!!」
そう言うと、薫さんはまた笑った。
今回も、ヒーローはヒロインに好意モロバレだったのに、鈍感クソ野郎のヒロインはその好意を気づかなかった。
何回すれ違い展開で引っ張るんだ、この昼ドラ。
私がこのヒロインだったら、もう絶対ヤり終わってる。なんて適度な下ネタを含みつつ昼ドラへの怒りをテレビにぶつける。
ロリックマは相変わらずの呆れ顔だけど、薫さんは何故かそんな怒り狂う私を見て楽し気に笑うだけだ。一体なにがおかしいんだか。
「何でさっきからそんなに楽しそうなんですか」
「いや、みさちんに怒ってる朱美が面白くて」
みさちん、とはこの昼ドラの主人公である。
ちなみに「みさちん」というのは私と薫さんで付けたあだ名である。
みさちんは、鈍感なくせにイケメンからの好意に気づいた瞬間、一夜にして股を開いたクソビッチ。なのであだ名は「みさちん」。
ちん、が何を表すかは察してほしい。
股を開いた後に色々あって前の彼氏と別れてフラフラ。するとまたイケメンに好かれた。
でもみさちんはそれに気づかない!!なんていう見事なキラキラクソアマっぷり。
「面白い!? どこが!? 薫さんイラつかないんですか!? みさちんのこの鈍感っぷり」
「イラつかない」
「……あー男の人ってこういうの好きそうだもん」
そうわざとらしく言えば、薫さんはなぜか薫さんはまた笑った。
どちらかと言うと、一緒にみさちんブッ飛ばすぞトークをして欲しかった。なんて思いながらも私は昼ドラから目が離せずにいた。
「人の好意に気づかない人間なんかいるかっつーの。どーーーせみさちんも本当は気づいてますって! ね!? そう思いませんか!?」
「……さぁ。好意モロバレでも気づかない奴は気づかないだろ」
薫さんは、じっとテレビを見ながらそう言った。
やけに真剣な顔をしてそう言う薫さん。私は、そんな顔を見て、またちょっと不機嫌になってしまう。
テレビを見れば、みさちんが嫌われたのかもしれない……なんてめそめそ泣いている。
「お前はいい加減学べよこのバカ! 男はお前の事を好きだっつーの!!」
そう言えば、薫さんは「怒りすぎ」なんて言いつつ笑ってる。
……それにしても隣のカップルの優秀さよ。私がこれだけ声を荒げて怒っていてもメンヘラコールはないのに、薫さんと少し言い合うだけですぐに問い合わせの電話が。本当にどうなってんだ。
結局、いつも通りみさちんとイケメンはすれ違ったままエンディングへ。
はぁ。なんてため息をつきそうになった時、私はとある事に気が付いた。
「あれ? なんかいつもとエンディング違いますね?」
いつもなら、もっとポップな音楽が流れているのに。
今日は何故かしんみりした曲でエンディング。……って、あれ?ちょっと待てよ?
「この曲、前世の時好きだった!」
なかなか謎の発言だったが、こうとしか言いようがないのだから許して欲しい。
あれ、何で今日急にこの曲流れてるの?なんて思いつつも、好きな曲に思わずテンションが上がってしまう私。
そう言えば、前に薫さんと車に乗っていた時も、ラジオから私のママが好きだった曲が流れてきてたことあったよな。
この乙女ゲームの世界と、前に生きていた世界は微妙にリンクしているらしい。
なんで急にエンディング、変わったんだろう?なんて思いつつ、いつも通りひと一人分開けて私の横に座る薫さんの横顔を見た。
薫さんは、やけに真剣な表情で画面を見つめている。
無意識のうちにやっているのであろう。ぱち、と爪を弾く音がやけに耳に付いた。
「あの、何ですかその顔?」
私がそう言えば、薫さんはぴっとリモコンを使ってテレビの電源を消す。
あ、と言えば「もう終わっただろ」と薫さんは言う。……まぁ、そうなんだけど。
「……今の曲、私好きだったから聞きたかったんですけど」
ちょっとムスっとしながらそう言えば、薫さんは「ごめんごめん」なんて適当な返事をした。
私はほんと何なの急にこの人?なんて思いながらいつも通りドラマ終わりの悪口大会を開催する。
「……そういや、あいつ、ほんっと都合いい男ですよね。フラフラみさちんのどこが良いんだか」
あいつ、というのは今のドラマに出てくるイケメンの事である。
薫さんは、ロリックマを膝の上に乗せ、そのお腹を撫でている。ほんと何なのその愛で方?なんて思った時、薫さんは、少しだけ笑った。
私に何か言うのか、と思ったけど何も言わない。ただちょっと笑っただけ。
「なんで笑ってんですか?」
「別に」
また、ロリックマのお腹を撫でながら薫さんはそう言って笑う。
ロリックマは「かおるー」なんて言って薫さんに甘えている。……ほんと何なのこの相思相愛な感じ。
「……あんた、ロリックマと結婚すればよかったのにね。私なんかじゃなくて」
「ロリックマに嫉妬するなよ」
「し、嫉妬!? ハァ!? そんなつもりじゃないですし!!!」
ブチ切れ気味にそう言ってみても、何故かツンデレをかましたみたいになって腹が立つ。
薫さんはまた笑うだけ。ロリックマもにやにやするだけ。
「ほんとに違いますからね!」
「ふうん」
「何ですかその顔! ほんっとウザい!!!」
薫さんはまたわざとらしく笑みを浮かべる。
そして「随分耳が赤いんですね」なんてウザ敬語を披露。
ぱっと耳に手をやる。確かに熱がこもってる。
本当に耳まで赤くなってたもんだから、何も言い返せなくなってしまって黙る。
「まぁ、今の俺の嫁は朱美だから。一応」
そう言って、薫さんは笑う。
目を細めて笑う、その顔がすこし格好良かった。言ったらまたバカにされるだろうから死んでも口になんかださないけど!




