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18 All You Need Is Love

「こういうのが良い」

「はー? 私は韓ドラが良いんです」


 薫さんとぎぎ、とにらみ合った。

 とある休日、薫さんと私は「暇だし」という事で近くのレンタルビデオ店まで来ていた。


 とりあえず何か、映画でも借りよう。という事になったがとにかく趣味が合わない。

 パニックものを見たがる薫さんに恋愛ものを見たがる私。

 どう考えても相容れる訳がない。



「お前、恋愛もの見たいとかいうキャラじゃないからやめとけ」


 薫さんがぷすす、と笑って私を見る。ほんとにこの人朱美煽りの天才だな。ぶん殴りたい。



「だったらこれにしようよ!」


 カバンの中のロリックマが少しだけ顔を出し、有名アニメの「ココリコ坂の下から」というDVDを指さした。確かに大衆向けのアニメではあるけれども。

 坂の下からってどういう状況だよ、なんてタイトルに心の中で突っ込む。



「これ面白いの? 知ってま……」


 すか、と残りの二文字を聞こうとした時。

 そのタイトルを見つめる薫さんの顔があまりに真剣で私は何も言えなくなってしまった。なに。薫さん「ココリコ坂の下から」ガチ勢だったの。



「……なんでそんな顔するんですか」


 私が少しむすっとしてそう言うと、薫さんは「あ、ごめん」と何故か私に謝る。

 ごめん、という言葉じゃなくてどうしてそんな顔をしたのか。と聞いたのだけれども。それでも薫さんは黙ってそのジャケットの女の子の絵を見ている。

 美術館で、好きな絵に出会った時みたいな反応するのね。なんて私は心の中で思いながら隣に置いてあった「崖の下のぺにょ」のあらすじを読んでいた。














「やばいやめて」

「ほんとこれ選んだ昔の俺達を恨む」


 私と薫さんの間にあるティッシュの箱から、交互にティッシュを取り出し、涙を拭いて鼻をかむ。

 私と薫さんが選んだのは、戦争のあった時代を懸命に生きた二人の兄弟の話。

 昔も、テレビで放送していたのを見たことがあるのだが大人になってから見ればハートへのダメージが5000倍くらいになっている。

 ずず、と鼻水をすする音を部屋に響かせながらスタッフロールを二人で見送った。


 昨日の反省を活かし、一本だけでやめておこう。と誓った酒も結局中盤当たりから飲む事が出来なくなり、持てばまだ半分は缶の中に残っている。

 夕食として買ってきたファストフードのポテトも、しなしなになってもう食べる気すら起きない。



「やばい、悲しい、タバコ吸ってくるわ」


 薫さんは目を赤くさせたままソファーから立ち上がってそう言う。

 何で悲しくなってタバコ吸いたくなるかな。なんてロリックマは言っていたが、残念ながら私も薫さんと同じくタバコ脳。ポケットにタバコが入っている事を確認してソファーから立ち上がって、ベランダに向かった。


 薫さんの横に立てば、彼は私を見て少し眉を下げる。

 ほんといつからこの人はこんなに丸くなってしまったんだ。なんて。



「これならAVみた方が良かった」

「間違いない」


 タバコに火を付けて、煙を吐く。

 ロリックマはマスクを付けるのが面倒なようで、窓越しに私達を見ている。

 薫さんが息を吐けば、私の好きな煙の匂いがする。こういう時、二人で同じタバコを吸っていればなんだかお得だなぁなんて思う。



「そういえば、最後にしたのっていつだっけ」

「そういう話やめろ」


 お互い消えてしまったバカップル期を思い返してか、大きくため息をついた。

 あーたんだった時の思い出したくもないアダルトさるかに合戦の内容を思い出しかけたので、それを掻き消すように「あーーーーー」と声を出す。


 薫さんは脳内に音楽を流しDJ気分を味わう事でその忌まわしき記憶を消す作戦に出ているのか、タバコを鼻歌交じりに楽しんでいた。

 はじめは鼻歌だけだったそれも、少しノッてきたようで歌詞が口から洩れてきた。でもたぶんそれは英語で、なんと言っているのかは私には分からない。



「それ、なんて曲ですか」

「……それくらい思い出せ」


 薫さんは私の顔を見る事なくそう言う。

 思い出せ、と言われましても。なんだったかなぁ、聞き覚えはあるんだけれども。と思いながらタバコを吸う。



「……これ、お前覚えてないわけ」

「薫さんと違って私は脳みそスポンジなんです」

「吸収力のないスカスカなスポンジか」


 薫さんが息を吐きながらそう笑う。

 「薫さんは、いろんな事知ってるのね」と嫌味たらしく言うと彼は「まぁな」と言う。



 この歌のタイトルは一体何だったっけ。聞き覚えはあるのだけれど。












 その夜はいつも通り薫さんに背を向けて寝た。

 尿意を感じて起き、少し寝返りを打つとベッドの上に薫さんの姿はなかった。

 え、ちょ、どこ行ったの。ぼんやりしていた頭が急にぱっと冴える。


 見れば私と薫さんの境界線の役目を果たしているロリックマもいない。なに、二人で駆け落ちでもしたのか。と思ってばっと布団をめくって起き上がる。

 すると、寝室から繋がっているベランダに薫さんの姿があった。こちらからは背中しか見えなかったが、煙が見えるから彼はきっとタバコを吸っているのだろう。


 あー良かった。ととりあえず私は胸を撫で下ろす。

 夜中にタバコが吸いたくなっただけか。安心、安心と思ってベッドの横に置いてあるスリッパに足を突っ込もうとした時、私はとある事に気づいてしまう。



 薫さんの肩が、震えている。



 肩が震えるほど、笑っているのか。

 それとも、泣いているのか。


 私にはどちらも心当たりが無かった。

 しかしこんな夜中にベランダで一人で爆笑していればそれこそ隣人のどうしたのコールが鳴り響くに決まっている。

 人間泣く時は大体の場合静かなもんだ。だだをこねて泣く子供でもない限り。




 なに泣いてるの、そう彼の背中に問いかけたかった。


 薫さんが少し横を見たので私は急いで布団に潜りこむ。

 枕の位置を布団の中でごそごそと地味に移動させて、べランダが見えるくらいにまでの位置に自分も布団の中で移動する。

 うっすらと目を開ければ、薫さんは室外機の上に居るロリックマと何か話しているようだった。



 彼の頬に、涙が伝う。


 大きな手のくせに、小さな顔。

 薫さんは自分の目を隠すように片手で顔を覆っていた。

 それでも、彼の涙は止まる気配は無い。



 そんなに今日みた映画、後引く位泣けるかな。なんてぼんやりと思っていた。

 多分薫さんがそんな理由で泣いているのではない、という事くらい分かっていたけれども。


 耳をすませば薫さんとロリックマが何かを話しているのが聞こえる。

 でも具体的にどのような内容を話しているのか、という事までは分からない。

 それでも、彼らしくない悲痛な声で「朱美」と私の名前を呼んでいるのだけは分かった。



「私の知らない所で泣かないでよ」


 そうぽつり、と呟いてみる。

 勿論その言葉に返事はない。

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