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17 三十路の足音が聞こえる……。

 三十路の足音が聞こえる……。



 朝、目を覚まし携帯をぱっと付け、画面に映し出される曜日と時間にため息をつく。

 背中越しの薫さんは起きたてのようで「んー」という声を漏らしている。


 カーテンの隙間からはうっとおしい位の朝日が。


 今日は、私の誕生日。

 昔は嬉しかった誕生日も、今となっては三十路への恐怖のカウントダウンでしかない。



「……朱美、はよ」

「あーおはよーございます」


 むく、と起き上がると薫さんも起き上がる。そしてふわ、と一度欠伸を。

 髪の毛ぼさぼさの私と違って薫さんはすベッドの上で欠伸まじりに、すっと手櫛を通すだけでそれなりの髪型になっている。羨ましい。



「朝、パンで良いか」

「お任せします」


 そう言うと、薫さんは「ん」とだけ返事してキッチンへ向かった。

 ……そういやかーくん時代には、いろんなハッピーバースデーイベントがあったよなぁなんて黒歴史を思い出して若干頭を抱える。やめてくれ、私の脳みそよ。

 とりあえず起きるか。とベッドから降りスリッパに足を突っ込む。そしてキッチンにもう立っている薫さんの名前を呼ぶ。


「今日遅いですか」

「いや、俺今日休み」

「……なんで? 平日なのに」

「何でって……普通に休みたかったから?」


 ずる休みする小学生でも、もうちょっとマシな事言うけど。

 は、と鼻で薫さんの事を笑ってみると彼は卵を持ちながら少し不機嫌そうに私を見た。

 最近、ベロベロに酔ったせいで会社休んだばっかりなのに大丈夫なの?なんて思いつつ。

 彼は私のそんな視線に気がついたのか、前から有給取ってた。とカミングアウトしてきた。



「……お前は?」


 薫さんは、欠伸をしながらそう言う。


 今日のお昼は、早紀ちゃんが「朱美ちゃんの誕生日お祝いしてあげるね」なんて言ってレストランを予約してくれていた。

 夜は薫くんとお祝いだもんねなんていう何の意味もないお節介のお陰で、早紀ちゃんに祝ってもらうのはお昼になったのだ。

 

 薫さんに「お昼は早紀ちゃんに誕生日祝ってもらう」と言えば何だか自分の誕生日をアピールしてるみたいで嫌だったので「早紀ちゃんとランチ」とだけ言っておいた。



「……マジか」

「マジです」


 何でちょっと眉寄せるかな、なんて思いながら私は冷蔵庫を開けて牛乳をラッパ飲み。


















 その日の夕食は、いつも通り薫さんが作ってくれた。

 いつも通りの、クオリティの高い夕食に申し訳なさマックス。

 普段の食卓では、薫さんが私に気を使ってくれているのかぽつぽつと会社での話をしてくれたりする。ほぼ愚痴だけど。

 しかし、会社に行っていない今日は特に会話もなく二人で黙って美味しいから揚げを食べていた。



「早紀とのランチは楽しかったか」


 味噌汁を飲んだ後に、薫さんがそう言った。

 早紀ちゃんとのランチは、ほぼ颯太君との惚気と、私のでっちあげ惚気で構成されてた。まぁでも料理は美味しいし、中々楽しかった。そういう旨を薫さんに伝えると、薫さんは自分から聞いたくせに「ふうん」と興味なさげに言った。



「プレゼントも貰いましたし。早紀ちゃんやっぱり趣味良いなって……」


 しまった。

 薫さんに今日が私の誕生日であるという事を悟らせないようにしてたのに。

 こんなプレゼント自慢なんかしたら、アラサーのくせに誕生日アピールしてるみたいじゃないか。完全に失態。



「……今日誕生日だもんな」

「知ってたんですか」


 薫さんは「まぁ」と適当な返事をする。

 誕生日と知ってたなら「おめでとう」の一言くらいあってもいいんじゃない。なんて思ってしまった自分を若干腹立たしく思う。



「……ごちそうさまでした」


 何だか急に恥ずかしくなってしまって、から揚げをさくっと腹に流し込んだ後、ぱんと手を合わせて流しにお皿を持っていった。



「俺も」


 流しでお皿に水を張っていると薫さんもお皿を流しに置きにきた。

 普段、流石にこれくらいはしないと。という事で食器洗いは私がしている。今日もとりあえず洗うか。なんて少し腕まくりをした時、薫さんが「朱美」と私の名前を呼んだ。


 なんです、と振り返ると薫さんが冷蔵庫を開けて覗いている。



「……お前、今日誕生日だよな」

「……そうですけど」


 薫さんが冷蔵庫から、自分用であろう缶ビールと私用であろう缶チューハイの二本を取り出しとんと置く。……誕生日飲みですか。



「俺は、今まで色々誕生日にロマンチックな事してきたよな」

「忌まわしきかーくん時代にね」


 もう思い出したくもないロマンチックな誕生日の演出に私も薫さんもため息をつく。

 薫さん、早く閉めないと冷蔵庫がぴぴっと鳴りますよ。なんて言おうとした時、彼が冷蔵庫から少し小さめのホールケーキを取り出してきた。



「……買ってきてくれたんですか」


 本当はちょっと嬉しかったくせに、何だかそれを表に出すのが嫌でむすっとしてしまう。



「いや、俺が作った」

「え、なにこのクオリティ」


 薫さんが作ったらしいチョコケーキはどうみても市販されているものと同等だった。

 なにこの人の料理能力。


 ぴぴ、と鳴る冷蔵庫に焦って薫さんがばんと扉を閉める。



「食う?」

「…………食う」


 少し俯いてそう言うと、薫さんはいつものように「よろしい」と笑った。

 そして食卓の上にそのケーキを置いた後に、戸棚からケーキ用のお皿を取り出していた。

 とりあえず皿洗い終わらせないと、とまた腕を捲った時薫さんが「後でいい」と私を見て言う。


 ……まぁ、ケーキのお皿もまとめて洗った方が良いか。そう思って黙って食卓に座る。


 シャンパンでなく、缶ビールと缶チューハイなんて所が若干ロマンチックじゃないけれどまぁいいや。なんて丁寧にケーキを切り分けている薫さんを見ながら思っていた。

 薫さんは、ロリックマの分もきちんと切り分け「余った分はまた明日」と言って、丁寧にラップをかけて冷蔵庫にしまう。


 私は目の前にある、本当にこれ手作り?というクオリティのチョコケーキをまじまじと見ていた。この人会社員とか嘘ついてて、本当はパティシエだったりするんじゃないの。



「なんでこんな美味しそうなの作れるんですか」

「普通に本みて作っただけ……」


 呆れ気味に薫さんがそう言う。

 何でわざわざ手作りしたの。なんていう根本的な問題を今さらはっと思い出して、口を開いた。



「別に市販品で良いのに」


 我ながら、いやなもの言いをしたなぁと思う。

 少し薫さんの顔を見たくないと思ったけど、見てみれば彼は何故か笑っていた。



「いや、今日暇だったから」


 ……別にぜんぜん嬉しくないし。前までなら彼にそう言っていただろうけど、今はそんな事言える訳もなく、ただ小さく「ありがと」と呟いた。



「ろうそく立てるか?」

「あ、すいません。二十数本消せるほど肺活量ないんで」


 年を取るって、悲しい事なのね。

 そう付足すと薫さんが「確かに」と言った後に声を出して笑った。


 食卓の上にちょこんと座っているロリックマはもうフライングをして、主役である私に「おめでとう」という言葉をかける事もなく、ただただ薫さんの作ったケーキを絶賛している。


 薫さんはそんなロリックマに苦笑した後、ぷしゅと缶ビールを開ける。それを見て私も自分の缶チューハイを開けた。



「じゃ、生まれてきてくれてありがとー」


 薫さんのそんな適当な乾杯の言葉。

 適当な言葉のくせにやけに嬉しそうな目で私を見るもんだから、少し胸がさわさわする。


 まぁ君の瞳に乾杯、なんてキザなセリフを言われるよりか良いか。なんてね。

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