14 二人で料理
「ねぇ! 愛を深めるイベントってやっぱり二人で料理を作る事だと思うの!」
お昼下がり、糀谷家に転がりこんできた早紀ちゃんは突然そんな事を言い始めた。
「あっそ」と言いそうになる口をぎゅっとつぐんで、にこっと笑いながらコーヒーにさらさらと砂糖をブチ込む。
早紀ちゃんは、にこにこと笑いながら颯太くんと二人で料理を作ってラブラブしました話をしてくる。ヤマもオチもない単なる報告であるが、その話を聞かない訳にもいかない。
「朱美ちゃんと薫くんもしなよー!」
「あはは、考えとく……」
考えとく、というのはイコール絶対やらない。という事である。
何が楽しくて薫さんと一緒に料理をしなければいけないのか。しかも私は素材をゴミにする能力持ちの女なのに。
「やった方がいいよ、絶対絶対愛が深まる!」
「うん、考えとくー」
「……朱美ちゃん、薫くんと何かあったの? 前ならそんなラブイベントすぐに食いついてきたよね? 『考えとくー』なんて曖昧な答えじゃなかったよね?」
いきなりどんよりとした表情になった早紀ちゃんが早口でそう言う。
やばい、やらかした。もう少しノリノリで「それは凄いラブイベントね! 私もかーくんとやらなくっちゃ!」なんて答えればよかった。
「……や、やるね。かーくんと二人でお料理するよ」
「絶対ね? 写メ送ってきてね?」
これが世に言う強制イベントというやつか。
「って事で、今日の夜ご飯は二人で作る事になりました」
「コンビニで買ってくる」
「は?」
死ぬほどイヤそうな顔をした薫さんが、私を見てため息をつく。
お前みたいな料理クソ下手なやつと一緒に料理を作るなんて嫌ありえない。と顔が語っている。
「良いじゃないか、二人の愛が深まりそう」
ロリックマがそう答える。早紀ちゃんと同じスイーツ脳に軽い笑いが出る。
愛を深めるといいましても、存在していない愛をどう深めろと。
「……とりあえず、早紀と颯太を殺さない為に二人で料理を作らないといけないって事か」
「まぁそういう事です」
そう言うと、薫さんはスマホを取り出しレシピの沢山載ったアプリを開きサクサクとレシピを探し始めた。
凄い、この人ちゃんとそんなアプリ入れてるんだ。私なんてアイドル育てるゲームとかばっかりDLしてるのに。
「朱美、なにが食いたい」
「ドーナツ」
「仕事で疲れて帰ってきた俺に、ドーナツを揚げろと」
「焼きドーナツでも可」
「そういう話じゃない」
薫さんはアプリを閉じ、だるそうな表情で私を見る。
そしてソファから立ち上がり、キッチンへ足を進める。私もロリックマもそんな薫さんを見て「なんぞなんぞ」とキッチンへと向かう。
「俺も疲れてるから、オムライスとか簡単なので良いか」
冷蔵庫を見ながら、薫さんがそう言う。
料理能力0の私は、え。オムライスって簡単なの。と少し心の中で思ったがそう言えば薫さんにバカにされそうなので黙って頷いた。
薫さんは「よろしい」といつも通りわざとらしく言うと、ぱぱっと冷蔵庫から必要な食材を取り出す。
……むかつくけど、やっぱり薫さん料理上手い。
私は手際よく作られていくオムライスをただぼんやりと横で見つめていた。
卵の作成すら任せてもらえないなんて、彼の私に対する信頼の無さは相当である。
薫さんの横顔を見れば、不覚にもかっこいいと思ってしまう。
私は綺麗な宝石の色なんかで彼を例えることのできるような、そんな素敵な感性な持ち主ではないので彼のかっこよさを上手く表現できないが。
とりあえず白い肌が綺麗で、綺麗に通った鼻筋が羨ましいと思う。
あと、笑ったときに少し細くなる目が素敵だと思う。
「朱美、写真撮らなくていいの」
そう言うロリックマ。
おっとっと。本来の目的をすっかり忘れかけていた。私はスマホをポケットから取り出しカメラマークのアイコンを押す。
インカメラにすれば死んだような表情の自分と目が合った。
「薫さん写真撮っていいですかーはい、撮りましたー」
薫さんに返事の余地も与えないまま、シャッターを切る。
お陰様でフライパンを見たままの薫さんに、死んだような瞳でカメラを見つめている私というどうみてもラブラブ夫婦には見えないツーショットが出来上がった。
「うわ……無理やり撮った感……」
ロリックマが私のスマホを見てそう言う。
確かにこのままの写真を送れば隣の夫婦に「どうぞ死んでください」と言ってるようなものである。しかし、私とて流石に夫婦感0のこの写真を送り付ける程バカではない。
そう今の世の中は非常に便利なもので、自分の顔面に小細工が出来るアプリがあるのだ。
私は料理を作る薫さんの横で自分の顔色を明るくし、私と薫さんの周りにハートのスタンプを押しまくる。
するとなんという事でしょう。
朱美という匠のお陰で無理やり撮った感が軽減。軽減したのみなので、ラブラブな画像に仕上がった訳ではないが、撮るの失敗しちゃったテヘペロなんて言葉を添えておけば疑われないだろう。
「いまかーくんと一緒にお料理なう♡ちょっと撮るの失敗しちゃった」
という言葉と共に早紀ちゃんに送信。
ミッションコンプリート。
次の夜、帰ってきた薫さんは私の好きなドーナツショップの袋を持っていた。
私がそれに目を輝かせたのに気が付いたのだろう。スーツを脱ぎながら寝室に向かう時に「それ、食って良い」と私に言う。
がさ、と袋を開ければそこには私の好きなドーナツが四つ入っている。
私は嬉しさと、何ともいえぬ悔しさで胸が一杯になる。
「それ、お前好きだろ」
ジャージ姿に着替えた薫さんがそう言う。
何で知ってるのかな。なんて思いながら私は袋に入ったドーナツを見つめる。
「……好きですけど、好きですけど! 私、ドーナツはカフェオレとセットじゃないと食べれない人種なんです!」
ぷい、と顔を背けてそう言う。
自分でもほんとに、大好きなドーナツを前に何を言っているんだろうと思ったがこうでも言わないと薫さんに負けた気がするのだ。
薫さんは私のその言葉に「ああ」と言った後に、寝室に戻り自分の鞄から私の好きなカフェオレを取り出し、私にぽいと投げる。
「はい、これで満足ですか」
薫さんがわざとらしくそう言う。
私は何も言い返せなくなって無言でうなずいた。
ソファに二人で腰かけて、テレビを見ながらドーナツを食べる。
薫さんはテレビに出ているタレントの事が嫌いらしくグチグチと文句ばかり言っている。
「私は別にこの人嫌いじゃないですけどね」
そう言うと、薫さんが「はぁ?」と眉を寄せる。
私はそんなにこのタレントが嫌いか。なんて思いながらドーナツをかじった。
今までロリックマの指定席は私と薫さんの間であった。
それなのに今日は何の気まぐれか、薫さんの右隣に座っている。……まぁ別に、薫さんの隣に座った方がドーナツ取り出しやすいし別にいいんだけれど。
「今日隣座ってるの、ドーナツがあるからですしね。特に深い意味とかないですし」
そう言って、私が少しだけ薫さんの肩にもたれかかれば彼は私に「死ね」なんていう言葉をかける事もなく、ただ眉を下げて笑った。




