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12 ママが好きな曲

 今日のミッションはあの二人を騙す事だ。いや、毎日のミッションか。

 今日、早紀ちゃんと一緒に優雅なティータイムを楽しんでいた時、彼女は突如爆弾を落としてきたのだ。



「最近、朱美ちゃんと薫くんの声聞こえないけど大丈夫」と。


 残念だけれども「え、どういう意味~?」なんてすっ呆けられる年齢ではない。

 「花崎早紀が黙ってない」(アダルト)が私達の部屋にメンタル攻撃を仕掛けてくる事から分かるように、あのマンションの壁は非常に薄いのだ。


 私たちがバカ夫婦だった時には、たぶんお互い脳みそが沸騰していたのでそんな超ど直球の下ネタトークをしていたのだろう。まぁ早紀ちゃんは下ネタというよりも「愛する人との神聖な行為」なんて思っているタイプだろうけれど。



 やばい、多分このままだと隣の夫婦死ぬ。会社から帰ってきた薫さんに相談すると勿論死ぬほどイヤそうな顔をされた。

 それでも行為に及ぶ、という選択肢を選ばないのが仮面夫婦界のテッパンである。


 私と薫さんが頭を悩ませた結果浮かんだのは「エロいCDを借りよう」というものであった。映像付きはお互いの精神にダメージを与えるだけなので、せめて音声のみにしようという作戦である。










「あーもう渋滞」




 車内から外を見ながらそう言うと、薫さんは非常にイヤそうな顔をして私を見た。

 一番近い本屋とレンタルCD屋が合体したお店でも、車で二十分ほどかかる。一体いつに着くのやら、と私はため息をつく。


 前の車がブレーキを踏んだのだろう。ランプが赤く光る。薫さんもそれを見てかゆっくりとブレーキを踏み込んだ。


 仕事に疲れているのに、と文句を言いつつも薫さんは車を出してくれた。そんなやさしさを少し嬉しく思いつつも、口に出せばなんとなく負けな気がするので黙っておく。



「なんでわざわざ糀谷家のギシアンチェックなんかしてくれるかな」

「俺とお前が夫婦だからだろ」


 薫さんが前を見ながらそうマジレスする。

 ……本当に厄介だ。早紀ちゃんと颯太くんと仲良かった頃の記憶なんて全部リセットされたら楽だったのに。

 どうでもいい隣人なら「うるせぇ! 黙って死ね!」と言う事間違いなしだろう。

 何だかんだで長年仲良くやってきた彼らに死んで欲しくはない、と私も薫さんも思っているのだ。



「こんな夜にCD借りにいくなんて」

「しかもエロイの」


 薫さんがそう付足すのに、不覚にも笑ってしまった。何だかこっ恥ずかしくて私はまた車外を見つめる。

 ウィンカーのかちかちという音だけが響く車内の空気に耐えかねたのか、片手でハンドルを操作しながらラジオを付けた。ここで私に頼まないあたりから信頼関係の無さがうかがえる。



「また随分古い歌を」


 ラジオから流れる曲に薫さんが眉を寄せた。

 ラジオから流れてきたのは、昔から私が好きな曲。乙女ゲーの世界なのに?なんて思ったが、最近私が早紀ちゃんから借りている韓流ドラマも昔生きていた世界で流行っていたものなので、そこら辺は現実世界と一緒なのだろう。

 作りこみが甘いだけな気もするけど。



「私、この曲好きなんです。ママがよく聞いてた」

「……知ってる」


 薫さんは、少し興奮気味の私に苦笑しながらそう答えた。

 この曲は有名なドライブソングで、ママがよく車の中でかけていた。

 まぁ、すいすいドライブしている歌だから渋滞に捕まっている今には、全く合っていない曲だけれども。


 薫さんはさっきまで「今日の仕事はどうだった」とか私が聞いてもいないどうでもいい報告をしていたのに、この曲が流れてからは黙っていた。

 私がこの曲が好きだ、と言ったから気を使ってくれているのだろう。



 曲が徐々に小さくなっていき、ラジオのパーソナリティの声がこの曲をリクエストしたのはー……なんてどうでも良い報告をしている。



「あーあ、もうちょっと聞きたかったのに」


 渋滞のせいで車は動かない。

 薫さんのハンドルに置いた手はとんとん、と規則的なリズムを刻んでいる。薫さんは流石に痺れを切らしたのか、ポケットの中からぐちゃぐちゃになったタバコの箱を取り出す。


 そして、どこかのご当地ゆるきゃらのマスコットが乗っているという、ミスコラボにも程があるライターでタバコに火を付けた。



「なんですかそのライター。ださいな」

「部下のお土産」


 薫さんはそうとだけ答えると、タバコを楽しんでいるようで黙っていた。

 私も薫さんもこの世界で禁煙に成功したというのに。薫さんは私が羨まし気にその様子を見ているのに気づいたらしく、箱とライターをまとめて私に押し付けた。


 今はお留守番中だが、家に帰ればロリックマが「副流煙がなんちゃら」と言ってうるさいのでタバコを吸えずにいる。

 渋滞してるのに少しだけ感謝しながら私はタバコに火をつけた。



「お前さ、タバコ我慢しててきつくないの」

「超きついです。薫さんが思い出させてくれなかったら良かったのに」


 私が煙を吐きながらそう言うと、薫さんは何故かちょっとだけ悲し気な表情を見せた後に「そうか」と言った。

 まぁ私も薫さんもタバコの味を思い出した事によって、出費が増える事になるのだから悲しい顔して当たり前か。



「エロイCD以外に、朱美がさっき好きだって言ってた曲も借りて帰るか」


 薫さんは前の車の赤いランプを見ながらそう言った。

 そう言えば、昔はお互い違う種類のタバコを吸っていた気がするな。なんて私と同じ匂いの煙を吐く薫さんの横顔を見てそう思う。



「……家に帰ればロリックマがうるさいから、もう少しタバコを吸える時間が欲しいですね」

「なら、今吸えば良い」

「渋滞ぬけたらもう着きますよ」

「少しだけ回り道して帰れば、タバコを吸える時間が増える」

「……お願いします」

「中央自動車道じゃなくても良ければ」


 薫さんがわざとらしくそう言う。

 その意味を分かる人は非常に少ないかもしれないが、薫さんの少しだけ気の利いたジョーク。


 私はそのジョークに少しだけ笑って、タバコの煙を吐きながら「悪くないね」なんてわざとらしく彼の口癖を真似た。

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