01 仮面夫婦(笑)
夫婦、というのはいいものであると本気で思う。
私の名前は、糀谷朱美。
糀谷、という名字はあまり出会った事がない。けっこうおしゃれだと自分でも結構気に入っている。
目をぱっと覚ませば、自分の最愛の旦那様である「かーくん」が視界に入る。
かーくん、なんて言いながら体を少し揺すると、彼は眠そうに目をこすった後「あーたん」と私の名前を呼んだ。
私とかーくんこと糀谷薫は、結婚一年目のあつあつバカ夫婦。
お互いの事が大好きすぎてそろそろ死ぬんじゃないか、といつも本気で思うくらい。
ちゅ、といつもの通りかーくんにキスをしようとしたそんな時、ごつんとかーくんのおでこと私のおでこが当たってしまった。
*
「今日会社休みます」
その一言のみで、奴は電話を切った。
食卓についた私達に数十分前のような甘々な空気はない。今にも殺し合いが始まりそうな、そんな険悪なムードが流れていたのだ。
「すみません、私の目の前から消えてくれませんか」
「お前が消えろ」
「よーし、離婚決定」
「意義なし」
どうしてこうなったか。
一言で説明すると、頭をごっつんこした衝撃で私も奴も前世の記憶を思い出し正気に返ったというのが正しい。
私の目の前に座るのは、糀谷薫。
そう、前世でめちゃめちゃ仲の悪かった上司だ。上司と言っても歳は少ししか変わらなかったが。ばりばりのやり手で、仕事の鬼だった。私は何回書類を「やり直し」と言われてこいつを殺してやろうか。と思った事やら。
確かに、今見ても思うが顔はイケメンだった。泣きぼくろが特徴的な整った顔付き。そういや私も初めて会った時には「あらイケメン」なんて思ったもんだ。
まぁ、すぐに口の悪さを知り、大嫌いになったが。
「お二人さん、どうしちゃったのそんな険悪な雰囲気になっちゃって!」
そんな時、食卓に置いてあった熊の人形が普通に喋りだした。首を左右に振って可愛いアピールしている。熊が喋ったとか、もうそういうのはとりあえず後にして。とにかくこいつ、見覚えがあるのだ。
その時はっと思い出した。こいつ、乙女ゲーム「いけ☆ぷり」のナビゲーターキャラの「ロリックマ」であると。ヒロインとヒーローがくっ付く為に、様々なアドバイスをくれるそんなキャラだ。
ロリでもないくせに、なぜかロリックマ。リスペクトしたキャラは言わずもがなで、これ訴訟されてもおかしくないレベルだろ、並みのパクリっぷりである。
しいて違う点を挙げるとすれば、このロリックマの色は汚い黄色って所くらいしか。
「ここで今さらだけど、二人は思い出したみたいだからネタばらしだよ~! 君たちは元の世界で死んでこの乙女ゲーム『いけ☆ぷり』の世界に転生したんだ~」
「は?」
「君たちはメインの二人の仲良し役ってところなんだけど……。ようやく前世の事を思い出したんだね、もう結婚しちゃったけど(笑)」
かっこわらい、と口に出されて言われた所に非常に腹がたつ。
そうだ。そうだそうだ。思い出した。私はこのゲームプレイした事ある。
そう、「花崎早紀・颯太」というカップルが確かメインヒロインとメインヒーローだった。
名前からしてダジャレになっているなんて。芸人の鏡である。
しかし、仲良し役なんて居なかった。
……私達が転生した時ご丁寧にもポジションを作ってくれたのか。神様の粋な計らいが憎い。
ああ、今思えば私も糀谷さんもその二人とは仲良しだ。知らぬ間に見事にその役を全うしていた。
それにしても私も糀谷さんもどうしてもっと早く、前世の記憶を取り戻せなかったのか。もう結婚してしまったとか……。
そんな時ぴんぽんとインターホンが鳴った。
糀谷さんと顔を見合わせて、とりあえず玄関まで行きドアを開けると、そこには花崎早紀・颯太というメインカップルが。
早紀ちゃんは可愛いワンピースに身を包み、茶髪の髪を今日もゆるく巻いている。誰もが憧れる可愛い顔立ち。そして颯太くんは、相変わらずの甘い顔立ち。私たちを見てにこ、と笑った。
「朱美ちゃん! 薫くん! 結婚一周年おめでとう!」
そう言って、二人は目を合わせた後「せーの」と言って後ろに隠していた大きなブーケを私たちに渡す。
……うげぇ、そうだ。今日私たち結婚記念日だった。つい数十分前まで「今日はどんな料理を作ってかーくんとお祝いしようかな♡」なんて考えていた。
「悪いけど、俺ら離婚するから」
糀谷さんが無表情のままそう言った。婚約破棄ならぬ、結婚破棄である。
そうだね、結婚記念日に離婚なんてクールだね。でも私前世の記憶が戻った今、あの鬼みたいな糀谷さんと夫婦続けられる自信とかないから。
そう言うと、メインの二人は顔面蒼白となり、ポケットからカッターを取り出した。
「なんで、なんでぇ……早紀と颯太くんが結婚して、朱美ちゃんと薫くんも結婚してぇ……マンションの部屋も隣で……四人はズッ友だよって言ってたのに……」
震える声で早紀ちゃんがそう言う。かちかちかちというカッターの刃を伸ばす音が玄関に響く。やめて。
するとロリックマが私の肩に乗り、私と糀谷さんにだけ聞こえるようなそんな声で言葉を発した。
「ちなみに早紀と颯太は、落ち込むとすぐ自殺しかけるから。君たちが離婚するって知ったら多分ここで死ぬ」
「メンタル弱すぎ」
「豆腐かよ」
ぼそ、と二人して呟く。
今まで学生時代から今日という日までこの二人とは付き合ってきたが、こんな反応を取られるのは初めてだ。そしてゲーム内にもこんな設定はなかった。
糀谷さんと目を合わせ、玄関にいる二人に背を向け、小声で作戦会議。
「おい」
「必要以上に話かけてこないで貰えますか?」
「は? ……なんでもいいからとりあえず、自殺止めてこい」
「は? あんたがやればどうです?」
ぐぎぎ、と睨みあう。すると背後から「やっぱり仲悪いんだね……俺たちズッ友じゃないんだね……」という颯太くんの声とまた、かちかちとカッターの刃を伸ばす音が。
「……とりあえず、ここをやり過ごそう」
そんな糀谷さんの声に頷いた。ぱっと振り向き虚ろな目でカッターを手にしている二人を見て、にっこぉと口角を上げる。
「やだ~! 離婚なんてうそうそ☆私とかーくんが別れるわけないわ~!」
「そうだ、俺はこんなにもあーたんを愛しているのに」
そう言うと、早紀ちゃんと颯太くんはぱぁっと表情を明るくさせる。カッターも刃をしっかりしまった後に、またポケットに戻される。助かった。
「じゃあまた今度お祝いパーティー楽しみにしてるね~」
早紀ちゃんがにこにこと笑いながらそう言う。……お祝いパーティー、超楽しみにしてたんだけどな。前世の記憶とか思い出すまではね。
早紀ちゃんから花束を受け取ると、二人はばたんと扉を閉めた。私も糀谷さんも二人して無言でそのドアを見つめつづける。
「お二人さーん、分かったぁ? 君たちが仲良く夫婦しないと、あの二人サクッと死んじゃうんだよ」
「なにこのシステム」
自分たちが楽しく夫婦活動を行わないと、隣のメインカップルがデッドエンド。無茶苦茶過ぎ。
私の知っている「いけ☆ぷり」は、高校生活で早紀と颯太が結ばれてそれにて終了である。結婚編なんてなかった。つまり、いまのこの世界は「ハッピーエンド」の向こう側ということになる。
くそ、なんでもっと早く気付かなかったんだ。そうしたら私は原作知識を生かして逆ハーレム帝国を築いていたのに。昔の私、どうしてあんなイケメン揃いの世界で糀谷さんなんか選んだの。イケメンだけど、性格がゴミなこの人を。
「くっそやらかした……何で逆ハー帝国をなんで築かなかった……あーたんよ……」
「逆ハー? 何言ってんだお前」
隣に立つ「糀谷薫」は私の発言がやけに気になったらしく、スマホを取り出した後に「逆ハー」と打ち込んで検索エンジンさんにお世話になっていた。
そして、出てきたページを見るなり「ぷ」とわざとらしく鼻で笑ってきた。
「お前の容姿と性格で、逆ハーレムとか無理だろ」
「は? 言っとくけどあんた一回私と結婚してんだからな。それ考えてから口開いてもらっていいですか?」
ぐぎぎ、と睨み合うとまたばっと勢いよく部屋の扉が開く。
「「朱美ちゃん!!! 薫くん!!!! 喧嘩する声が聞こえたけど大丈夫!?!?!?!?」」
かちかちと耳につくカッターチキチキ音。
虚ろな瞳、ぷるぷると震える手。凄い! パーフェクトメンヘラだ!
「「け、喧嘩なんかする訳ないじゃーん☆」」
こうして、私と糀谷薫の仮面夫婦(笑)生活は幕を開けたのである。
※全50話。完結まで一気に投稿できなくてすみません。
※ヒロイン・ヒーロー共に喫煙者で口が悪いです。
※だいたい一話完結ものです。
※2014/10/08~2014/11/16に連載していたものなので、作中の季節は秋です。