08
熱帯雨林を突き進む、鋼の樹木のような巨大な脚。一歩進むのにかかる時間はおよそ一分弱。それだけ、標的である鋼魔人は巨大で重いのだ。
どこからか降ってきた攻撃の雨に、まるで興味がないと言わんばかりに進行方向を変えない。
ドラキーはアリアと共にアレクストゥを離れ、鋼魔人を倒す為に行動していた。とは言ってもドラキーは参加せず、もう一つの仕事として一般人を保護する役目を与えられている。
この早朝に避難するような人間はいないし、ましてや仕事前の人間が多い。それこそ、民間人を保護するという仕事は暇を極めた。
「ハアッ!」
先頭にはいくつかアリアと同じ鎧を装着した人間がいる。その中でもアリアが先に立ち、今まさに巨人の鋼の脚を斬り倒した。
ドラキーは腕組みをしながら、その様子を眺め、過去の自分ならばどうするかを考える。奴らの身は鋼でできているのだ、そうすれば必然的に使用するスキルは防御力無視の貫通スキルを多用するだろう。
これは勝ち戦だな、そう直感していたドラキーの肩が妙に震え出した。
「どうした?」
肩に乗りながら震えているメルルー。怯えているのだろうか、それこそ、産まれたばかりと言っても過言ではない為、仕方がないと思っていた。
頭を撫でても一向に震えは止まらない。
「ぐあっ!?」
そんな中、一人の隊員が呻き声を上げた。
ドラキーやアリアだけでなく、多くの隊員が呻き声を上げた男に視線を移す。
「どうした!」
「副団長ッ! 突然、コイツの胸に弓矢が! ――――グッ!?」
次々に隊員達を仕留めて行く攻撃。ドラキーも駆け寄り、様子を見るが即死攻撃ではない。だが、胸から緑色の模様が身体全体に広がっている。この矢は、毒でじわじわと相手の命を削る毒矢の他ないようだ。
ドラキーは瞳を細め、アリアに叫ぶ。
「誰か、ステロイド解毒薬を持っていないか!」
「ステロイド解毒薬? もしかして、これは……」
ドラキーはアリアの声に頷き、答えた。
「ああ、ゆっくりに見える毒の進行、だが、人体に確実に多くのウイルスを産む毒攻撃だ。ステロイド解毒薬は初期症状を治す、風邪薬みたいなものだけど、この毒はそれで治る」
「わ、わかった! すぐに探させる!」
アリアが他の隊員に声をかける中、ドラキーは鋼魔人を見上げる。片足がなくなり、重心を崩そうとしていた。
だが、相手は一人じゃない。今の毒矢を見る限り、相手は手練れだ。通常、プレイヤーキルを行う場合、威力・速重視の攻撃をすることが多い。そして、そのセオリーは正攻法であり、最も成功率が高い筈だ。
しかし、相手はあえて毒矢を選択してきた。見つからない自信があるのか、それとも相手はドラキー達を片手間に殺そうとしているかのどっちかだ。
「アリア! ここは危険だ! 動きながら、標的を仕留めるのが一番重要だ!」
「ど、ドラキー、どうして、お前にそんなことが……」
「文句は後で聞く! 死にたくなければ、移動しながら奴を攻撃しろッ!」
「わ、わかった!」
脅されたかのように命令を呑み込んだアリアは、隊員に支持を下し、一つの隊員達を五隊編成し、それぞれが鋼魔人を狙えるように移動を開始した。
ドラキーは誰にもついて行かずに、弓矢が降ってきた方向を見据える。そちらにハンターがいる可能性は濃厚。
何としても遊びでドラキー達を倒すような奴に邪魔されるわけにはいかない。ドラキーは鉄の長剣を握り、熱帯雨林の中を走った。
走りながら、鋼魔人の転んでいる図体を見つめる。動き出そうとはせずに、じっと動けるときを待っているかのようだ。
そして、その鋼魔人に多くの弓矢と鉄の弾が降り注ぐ。
それは、ハンター共がいるという合図の他ない。そこの位置は何しろ、隊員はいない筈の丘だからだ。
ドラキーはその丘を目指して走った。
「――――――――――!?」
坂道、木の枝が無数に絡みついた道で、ドラキーは殺気に包まれる。
そして、気がついた頃には、頬に擦れ傷がついていた。
ゆっくりと振り返る。
「……あなた達、何故邪魔をするの」
背後にいたのは、通常両方同時に扱うのは不可能な筈の金色の弓矢。熱帯雨林の中暑苦しいフード。低身長の子供を思わせるフォルム。
ドラキーは奴に見覚えがあった。
近距離攻撃最強の竜殺しがドラタならば、遠距離攻撃最強の竜殺し。ダブルアーチャー。
「ダブル・アーツッ!」
「……光栄ね。名無しの荒らしにも覚えてもらえているとはね。でも終わりよ」
「何がだ」
クスリと微笑みながらダブル・アーツは、人差し指を遠くに向けた。
「あなたがどんな目的があって荒らし行為を働くのかは分からない。けど、いくら言ってもわからないようだから、強行手段に出ることにしたわ」
「俺らは好き好んで邪魔をしているわけじゃない」
「獲物の強奪行為は、ネットゲームでは荒らし行為同然じゃない。まぁいいわ。あなた達の街、あと二時間で爆発するわよ」
「なっ!?」
ドラキーはその宣言に驚きを隠せない。脅しの可能性も否めないが、だが、ダブル・アーツはこんなこと程度で脅しをするようなことはしないのだ。
ダブル・アーツはレベル的には決して高くない筈なのに、奴らは倍のスキルゲージがあるとも言われているほど、攻撃スキルを乱発するような輩。
声を低くしながら、ドラキーは問う。
「……ダブル・アーツ。お前、竜殺しか?」
その問いに対して、ダブル・アーツは鼻で軽く笑い、ドラキーを睨んだ。
「当たり前でしょ。キル・ドラゴン・オンラインのネトゲ住人なんだから。もしかして、あなた、現実と電子世界の区別がつかなくなったのかしら」
「お前にとっては遊びでも、俺らにとっては違うんだ」
「……まぁいいわ。竜や今いる鋼魔人に比べれば大したことない敵だしね」
ダブル・アーツは弓を二本構える。
「言いたいことが終わったのなら、邪魔だから死んでください」
瞬間、光の矢がドラキーの視界を埋め尽くす。スキル、ライト・ア・レイン。光属性の矢を複数に分けた攻撃。
光を放つ蜘蛛の巣のように襲いかかる攻撃に、ドラキーは防御という手段は選ばない。
即座に右側に転がり、木を盾にして攻撃を防いだ。
「少しは賢いのかしら。荒らしもバカじゃないというわけね」
光の矢の音が静まり、移動を再開しようとしたドラキー。
だが、木から離れた瞬間に、爆発が起こった。
「うわっ!?」
爆風に吹き飛ばされ、すぐ背後を見ると、壁の役目を果たしていた木の姿はない。
爆発攻撃系のスキルを使われたのだろう。一秒でも遅く動いていたら、攻撃を食らっていた。
ドラキーは振り返り、鉄の長剣を構えダブル・アーツの姿を探る。
「運も持っているのかしら。でも、これで終わりよ」
声は聞こえるが、ダブル・アーツの姿はない。上空に視線を移し、目を凝らした。
空を背に宙に浮くダブル・アーツ。弓矢を構え、ドラキーのことを睨みつけている。
「ジ・エンド」
矢が放たれた。
その矢は赤いライトエフェクトが纏われている。それだけで、ドラキーは何が発動されていたのか理解した。
紅蓮光矢。弓を扱う者が憧れるスキルだ。このスキル習得条件が不可能に近いだとかで有名である。
威力は爆発系に負けず劣らず。速度は通常の攻撃よりも1.5倍速い。そして、効果は放たれた場所の温度を900度にまで上げるというチートスキル。
ドラキーはその場から起き上がり、すぐに回避を実行しようとした。
だが、回避行動することよりも、ダメージを軽減する事をまず考え直す。
回避ではなく、防御をすることにした。だが、ドラキーの所持する防御方法は二つ。一つはウッドシールドを装備して防ぐ。もう一つは武器で攻撃を防ぐか。どちらにしても、完全防御は不可能に近い。
ただ一つ、確実にダメージを負わない方法はある。
ドラキーは息を吸い込み、両足を熱帯雨林の足場が悪い地面を踏ん張り、鉄の長剣を握る力を弱めた。
脱力し、ひたすら迫る矢を睨みつける。
「すぅ……」
息を吐き出し、全ての力を抜いた。
赤いエフェクトが視界を埋める。
ドラキーは、全身の力を込めて、剣を振るった。
「うおおおぉぉぉッ!」
叫びを上げ、紅蓮光矢に向けて刃を走らせる。
空を斬る音が響き、剣と矢が衝突した。
周囲にソニックブームのような衝撃波が発生する。
木々が揺らぎ、枝が折れ、葉っぱが舞う。
宙から落下するダブル・アーツはドラキーに対し、驚いている。
「た、たかが荒らしが……遠距離攻撃の軸を捉えた!?」
ドラキーは放たれた矢に対して、攻撃で防ぐ方法を選んでいた。
だが、それだけではない。
紅蓮光矢の中心点――――つまり、矢の主軸を的確に剣で攻撃することによって、ダブル・アーツの攻撃を確実に防ごうとしているのだ。
そして、それは通常のVRMMOプレイヤーや、他の人間ができる所業ではない。ドラタは長年かけて培ってきた経験を使って、攻撃を無力化しようとしている。
「く、そ……」
しかし、それには攻撃を跳ね返すほどの力が必要だ。スキルの威力を上回る必要はないが、弓矢を放った場合の威力を跳ね返すレベルの力は必要である。
ドラキーには今、それがない。
奥歯を噛み締め、剣を握る力を強めても、完全に跳ね返す事は不可能だ。
「荒らしのクセにッ!」
ダブル・アーツはドラキー程度のプレイヤーが自慢の攻撃を跳ね返そうとしているのが気にくわないのだろう。
着地前に、ダブル・アーツはもう一度弓をドラキーに向けた。
「荒らし風情が、アタシの攻撃を防ぐんじゃねぇッ!」
スキルも何もない矢。その攻撃は、ドラキーが初めて見た光景。
ダブル・アーツは普段、どうやって撃ってるのか不明だが、弓矢を二つ構えて撃っている。だが、今は怒り狂っているのか、弓矢の弦を自ら引いて撃ちだした。
もう片方の弓は、宙に浮いたまま。このギミックがどうなっているのかが謎だが、ダブル・アーツの謎が一つ解けた気がした。
「……だ、めッか!」
紅蓮光矢を剣で防ごうとしていたドラキー。
だが、紅蓮光矢の威力に上乗せするかの如く放たれた矢が、遂にドラキーを捉えた。
やはり、腐っても御三家で、ダブル・アーツはドラキーの腕を狙って放っている。
そして、矢はドラキーの右腕――――長剣を握る腕を貫通した。
「くそっ……」
腕から血の代わりにデータが飛び散る。
痛みが遅れてやってきた。こんな痛みは初めてだと感じる。
だが、そんな痛みを噛み締めている余裕など、ドラキーにはなかった。
一瞬でも痛みに気がいってしまい、ドラキーが全身の力を込めて防ごうとしていた紅蓮光矢に吹き飛ばされる。
長剣は投げ出され、宙に浮くドラキー。
視界に映るライフゲージが半分以上減り黄色に染まる。
その勢いは減速することなく、三割以下のレッドゾーンに突入した。
ドラキーは、紅蓮光矢を喰らったのだ。
「……荒らしのクセに、バカな真似はよしなさい」
ダブル・アーツが呟き、背を向けて立ち去ろうといた。
ドラキーのライフゲージは未だに減っている。