06
「ん、どうかしたか?」
突然アリアに覗かれそうになってしまい、ドラキーはすぐに紙を隠した。
「いや、何でもないよ」
「そうか。まぁ、隠し事の一つや二つ、人間には存在するからな。無理な詮索はしない」
「ありがとう」
アリアはそう告げると、ゴルドスがアイテム欄に入れる作業を手伝いに行く。それを見ながら、ドラキーには一つの疑問が浮かんでいた。
この世界にいる人間は二種類いる。ゲームをしている側と、そうでない側。さらに分けると、そうでない側は分かれる。ゲームをしていて無理矢理竜騎士となった者。それとは別にあたかも最初から、このゲームの世界に生まれた者。
考えるに、ゴルドスとアリアは生まれた側だと思われる。この世界がゲームだとは微塵も思っていないような考えだし、ゲームの住人ならば家族がどうのこうのとか言うのはゲームプレイヤーにとっては個人情報を晒すことになる為、タブーだ。
だが、ゲームと同じシステムを使いこなしている。
ドラキーはこの世界がどうなっているのか、考えれば考えるほどに混乱していた。ただ分かった事は、ゲームだと思っている人間と、ゲームじゃなくて現実世界であると考えている人間がいる事だ。
「ぴぃ?」
小竜がドラキーの顔を覗いた。心配でもしているのだろうか。
ドラキーは何も言わずに、小竜の頭を軽く撫でるとゴルドスの作業を手伝おうと考え、歩き出した。
夕暮れを迎えたのか、雲が更に暗く染まり始めた頃。
「ふぅ」
「これ、何本あるんだ?」
アイテム欄の木片の個数が999個越えている。それが何本もあるのだ。ちなみに全員でではない。ドラキー、アリア、ゴルドス全員含めてではないのだ。
ドラキーだけでもこれだけの量なのに、一体全部でどれくらいあるのだろうかと思うと、苦笑いできる。
「これくらい集まったんだ! ドラキーって言ったな、お前さんの家も建ててやろうか!」
「勝手な事を言うな。ドラキーにも家庭というものがあるだろうが。な?」
「え、あ……」
ドラキーは確信した。アリアもこの世界で生まれた人間だ。
だが、そんな事を考える前に、確かに寝床がない。
急な提案についていけず、ドラキーは反応に困った。
どうしようかと悩んでいると、アリアとゴルドスが暗い顔をして、肩を叩く。
「……家族がいないのか」
「え、あ……まぁ……」
「寂しい事言うなよ! 俺が悪かった、お前さんの家から建ててやる!」
「だけど、俺、そんな金持ってないぞ!」
「いいんだ! これは俺とお前さんの仲だ! 払える時になったら払ってくれ! その代わり、竜様を大事に育てるんだぞ!」
「……なんで泣いてるんだ」
ゴルドスは涙を流しながら、ドラキーを慰めるように言葉をかけた。
隣にいたアリアも貰い泣きしているのか、顔を上に向けている。
ドラキーは苦笑いしながらも、ゴルドスの善意を受け取ることにしておいた。
◇
アレクストゥ西側に位置する酒場。
アリアとドラキーはそこにて夕食を取る事にした。ゴルドスはこれからドラキーの家を建てることに奮起して、早速作業に取り掛かる為、別れていたのだ。
ギルド、エンドブレイズに入団申請書を提出後、アリアに付き合えと言われ、無理矢理連れてこられた。
ウエスタン風の酒場は、今日も働いた者達の憩いの場であり、多くの人間達が麦でできた酒を片手に談笑を交わす。大声で話す者もいれば、カウンターで小じんまりとしてる者までいる。
「これは私のおごりだ。遠慮するなよ」
「ありがとうございます」
そう言いながら財布を確認するアリア。副団長は意外にも持ち金が少なそうだ。
おつまみや、飲み物はゲームとは変わらない。つまり、酒や食べ物までVRMMOと同じ感覚で楽しめる。
「で、ドラキー。お前はその強さをどこで手に入れた?」
「強さ?」
ガーリックトーストを齧りつこうとした瞬間に聞かれた。
だが、単純に強さと言われても分からないのがドラキーだ。ただ普通にゲームをして、なんとなくしていたらいつの間にか最強プレイヤーになっていたのである。手に入れたとは、少し違う。多分、廃人プレイをしていたというのが最も手っ取り早い説明だろう。
と説明できれば早いが、そうするのも難しい。ここで竜殺しをしていたなんて言うのは御法度に近いだろうし、信じもしない筈だ。
頬杖をつきながら、アリアはじーっとドラキーを見つめながら口を開いた。
「本当はリンク・アーツを使った時の強さを見てみたかったけれど、ドラキー自身がそこまで強ければ使う必要はないな」
「そんなに強くない。だって、木の剣で人を殺そうだなんて思わないだろ」
「……まぁな」
暗い顔をするアリア。やはり、同じ人間を殺す事に少々の抵抗があるのだろうか。だが、実際には死んでいない。奴らは同じ場所に姿を現すだろうと思いながら、ドラキーはビールを喉に流しこんだ。
アリアはそんなドラキーを見つめながら、次の質問をした。
「その竜様の名前は?」
「名前?」
「ああ、まさか知らないのか?」
「え、あ……うん」
そういえば名前なんてつけてないし、つけていいものか分からない。というか、あたかも名前があるかのような言い方である。
ドラキーは恥を忍んで聞いてみる事にした。
「名前って元々あるのか?」
「当然だ。竜様を何だと思ってる」
「え、ただの邪魔者?」
「バカめ。成体の竜様から認められた場合にのみ、一時的に預けられる、いわば私達人間にとって勲章のようなものではないか!」
「そうなんだな……」
「知らなかったとは言わせんぞ」
「い、いや、ちょっとド忘れしただけんだ! 気にしないでくれ」
「それならいいが」
アリアは溜息を吐いてビールを喉に流し込む。店員にビールと大声で注文する。
名前、か。とドラキーは考えこみながら、小竜に視線を移した。
今は餌と思われる店員からのサービスをチビチビと食べている。レベルのような概念が小竜にも存在するのだろうか。
それよりも成体となった時のことだ。もしかしたら、成体となった時にドラキーは元の世界に帰れるのだろうかという疑問も生まれ出していた。
疑問が新たな疑問を生む。ドラキーは考えたら霧がないなと思いながら、つまみをチョコチョコと摘まんでいた。
いつしか、アリアと会話がなくなり、考えごとに集中していたドラキーは、不意に額に冷たいものが触れる。
「なんだ?」
額に触れると、それは馴染んで消えていた。
周囲に視界を探らせてみても、怪しい人物はいない。
何が触れたのだろうか、そう思って立ち上がろうとした。
「ひっく」
しゃっくりの声が響く。
半目でアリアを見つめると、真っ赤になりながらアリアは机に突っ伏していた。
溜息を吐きながら、アリアの顔を覗くとぼーっとした目で見つめてくる。
「……泥酔か」
「なんだとぉ! お前、あたしより年下のくせに偉そうにすんなよぉ~!」
「俺は十八なんだが」
「あたしは十七なんだよぉ~! このバカ! 年の違いもわからないのかぁ~!」
「計算もできないのか!」
どうやらアリアは泥酔してしまったようで、ドラキーは無駄に絡まれてしまった。
この後、アリアは店にいる人に絡んだりして、大迷惑をかけて後で土下座をするのはまた別の話である。
◆
同時刻、ドラキーとアリアが食事をしている店のカウンターにフードを被った男女がいた。髪の毛は薄氷色。背丈はちょうど中学生くらいだろうか。二人とも顔を上げずに、出された飲み物を消化していく。
「なぁ、お酒は二十歳からだよな」
「うん、でもミナは飲んでいいの」
「意味わからねぇぞ」
「ミトはまだダメ。お姉ちゃんの方が偉いから、二十歳じゃなくてもいいの」
「尚更意味分からね」
といいつつも、ミトと呼ばれる男の子もお酒を飲み込む。
ふと、ミトがドラキーに視線を向けた。
「……ミナ、あれ、今日ゴミ兄弟を倒した男じゃない?」
「ゴミ兄弟? ああ、タイガー・ドラゴンの装備の?」
「そう。多分、アイツ」
ミナもじーっとドラキーを眺める。
報告に寄れば、白毛の小竜を連れて歩いているらしく、他には特徴もない、一見優しげな顔つきの中背中肉黒髪男性だ。
報告と一致している。だとすれば、放っておいて行くわけにはいかない。
「……ミト、マーキングよろしく」
「……だけど、ここにいる奴、全員ノーネームだよ? アイツだけでいいの?」
ミナはしばらく考え込み、店内全体を見回した。
その後、メニューウィンドゥを開き、スキルを見つめ始める。
「……ミト。鋼魔人が出る時間帯っていつ?」
「確か、明日の正午だった筈だけど」
「そう」
ミトからの返事を聞いてもミナはメニューを弄るのを止めない。
「大爆撃矢って何発くらいイケると思う?」
「……多分、ミナのスキルゲージなら、二発。俺のも合わせて四発が限度かな」
「わかった」
ミナはそう言い切り、メニューを閉じた。
それから、ドラキーに視線を再び移動させる。
あの男は同胞を倒した荒らしプレイヤーだ。生かすわけにはいかない。
ミナはミトに微笑みかける。
「マーキングしろってことか」
「うん」
「了解」
ミトは指鉄砲を作り、ドラキーの額に向けた。
そのまま、スキルを使用する。
すると、一滴の水がドラキーの額めがけて飛んでいく。
「なんだ?」
ドラキーが額を擦るが、一滴の水はすぐにドラキーの肌に馴染む。
キョロキョロと視線を巡らせるが、ミトは何も知らない顔で飲みモノに口をつける。
しばらく二人は無言で飲み続けていると、アリアが酔っぱらって他の客に絡みだす。その光景を見ずに、ミトとミナはカウンターから立ち去ろうとする。
お会計を済ませ、店を出るとミナは呟いた。
「ミト。この街はノーネームの集会場。つまり、もしかしたら、キル・ドラゴン・オンラインで突如発生したプレイヤーの消失と関係があるかもしれない」
「え、それって……」
「簡単な話、名前が見えなくなったから、彼らは多分荒らし行為に走ったのか、それともデータを消されて腹いせに荒らし行為に走ったのか。そういうプレイヤーが集まっているのが、この場所かもしれない」
「……なるほどね。で、どうするの?」
ミナは無表情のまま歩き出し、弓スキルをセットし始める。
「明日の夕方。この街を消すわよミト」
「うん、ミナがそう言うんなら、俺はついていくだけ」
「ありがとう。とりあえず、鋼魔人討伐してから、実行しましょう。今は、私とミト。二人が一つで最強の御三家なんだから」
二人はそのまま、闇に消えた。