05
ハンター二人は、レベル75で習得できる弓スキル――――爆撃矢を放った。その効果は攻撃した対象物を爆発させるスキルだ。威力は特大・広範囲だが、スキルポイントを多量に消費し、しばらくの間スキルを発動できない――――スキル発動後硬直時間に縛られる、範囲型高威力攻撃スキルである。
多くの弓プレイヤーの間では、多用する事は難しく、また派手である為、標的が瀕死になった際に使うトドメのスキルとして、派手プレイに好まれていた。
無論、槍投擲スキルを愛していたドラタは、弓スキルなど使ったことはない。だが、伝説の御三家とも呼ばれれば、それだけスキルにも詳しくなるものだ。
「……これで何人目だ」
「兄者。通算三十人目だにょ」
「さようか、弟者よ」
煙の向こう側で会話を交わすハンター共。二人は兄弟なのか、そのような口ぶりで話していた。
ドラキーは身を潜め、アリアとゴルドスの安否を確かめる。
アリアはドラキーの忠告を守ったのか、まるで火災訓練をしているかのような格好で伏せていた。
ゴルドスは四肢を伸ばして死んだフリでもしているかのようだ。
「……」
ゆっくりと首を動かしてドラキーに微笑むゴルドス。どうやら無事だと伝えたかったらしい。
二人の無事を確認し終えると、ドラキーの耳を何かで挟んだかのような感触が襲う。正体を確かめようと手で触る。
「ぴぃ」
どうやら、ホワイト・バハムートのようだ。
全員の安否が分かり、ドラキーは立ち上がった。
二人は滞空しながら爆撃矢を放った筈だ。硬直時間は確か十秒弱だ。
すぐにメニューを呼びだし、武器を構える。
視界は煙で覆われているものの、相手の位置は変わっていない。
「やるつもりなの!?」
アリアが掠れた声で叫ぶ。多分気付かれないように小さく叫んだつもりなのだろう。
ドラキーはアリアに視線すら向けずに、木の盾を構えて走った。
煙から抜け、ドラキーはハンターの一人を捉える。
「およ? 生きてたか。しぶとい」
「弟者よ、硬直時間は溶けていないぞ」
呑気に会話をするハンター二人。
ドラキーは叫びながら、弟者と呼ばれる方に走った。
「おおおぉぉぉぉッ!」
木の剣で横薙ぎを放つ。
空を切り、落下してくる弟者の足元へと刃は向かう。
「ぐえっ」
弟者の足に木の刃は命中し、狙い通りに弟者を薙ぎ払った。
次は兄者、と行きたいところだが、ドラキーは兄者の方には見向きもせずに弟者の方へと走る。
二対一の場合、狙いを一人に絞るのがセオリー。ドラキーはソロプレイを極めた者だ。これくらいは大した事ない。
木の剣だったからか、大して吹き飛びもしないし、人体切断ダメージも与えられていない。
だが、たかが木の剣でも、魔物は無理でもプレイヤーキルくらいは可能なのだ。
弟者の方は大樹に背中を打ちつける。そっと起き上がろうとしたが、すぐにドラキーが距離を詰め、刃を首に当てた。
「……木の剣で随分偉そうだね。ドラマの見過ぎじゃない?」
「何故俺達を襲うんだ?」
ドラキーは見降ろし、剣を弟者の首に当てながら問う。
キル・ドラゴン・オンラインならば、プレイヤーキルは不可能な地帯であり、尚且つプレイヤー達も何かしらのクエストを受けて、この土地にいる筈だ。しかし、ここがゲームではない場合は、当然人殺しに該当する。
こいつらがプレイヤーだった場合。なぜ、プレイヤーキルを行うのか知りたかったのだ。
弟者は脅されているというのに、へらへらしながら言った。
「なぜ? バカなのかな。君達のような荒らしがいるから、我が神――――ダブル・アーツ様がお怒りなんじゃないか」
「荒らし? ちょっと待て。お前はプレイヤーなのか?」
ドラキーは、当然と思いながらも、驚きを隠せない。
この世界はゲームと同じ、薄々感じていたが、やはり事実なのか。
「当然そうさ。ここにいる人達は皆プレイヤーだろ? キル・ドラゴン・オンラインの」
「なっ」
その場で硬直してしまう。
つまり、この世界はゲームであって、ゲームじゃない?
ドラキーの頭は混乱し始めていた。
「ぴぃっ!」
「黙っていればいいものをッ!」
思考回路を停止させた小竜の声。
ドラキーは我に返り、首を傾けながら振り向いた。
そこには弓矢を放った後の兄者の姿。スキルは使われていない。多分爆撃矢で大量に消費したのだろう。
攻撃を避けたドラキーだったが、脅していた弟者は跳び逃げ、距離を開けた。
「アンタ、荒らしだろ? 最近流行ってるよな、そのネームプレートに何も書かれていない――――通称無名荒らしプレイヤー。あるアニメでプレイヤーネームを白紙にする奴が現れてから流行ってるみたいだけど」
「……無名のプレイヤーが荒らし?」
木の枝に着地した弟者が笑う。
「ああ、最近狩りを邪魔する奴が多くてね。新米ハンター達がこぞって泣いてたよ。竜の狩りは決まって邪魔が入るってね。他の魔物達は邪魔する奴がいないみたいだから、不思議なんだよね」
つまり、竜を守る人間が荒らし呼ばわりされてるって言うのか。
必死に考えた末に、ドラキーは竜殺しから竜騎士になった者達の事を考える。ドラキーと同じように、ゲームからデスゲームに変わった者達全員が、竜を守ろうとしているのだろうか。
それは今のドラキーにも言える事だ。この小さな竜を殺されれば、ドラキー自身も死ぬと覇王は言っていた。
守り抜ければ、何か変わるのか。
ドラキーは一先ず分かった事があった。
「……なら、俺はお前達を殺しても問題ないんだな」
木の刃で顔を半分隠し、ドラキーは弟者を睨んだ。
すぐに弟者は顔を強張らせ、表情を固めた。
「何言ってるの? 木の剣なんか初心者中の初心者荒らしのくせに偉そうな事言って。君、自分がチートだとか思ってるの? 言っておくけど、チートっていうのはダブル・アーツ様みたいな――――」
「黙れ。昨日までのお前達は仲間だったかもしれないが、今の俺は違う。今の俺はお前達を狩る側なんだ」
「俺達を狩る? 兄者、バカがいるよ」
「さようだな、弟者よ」
煙が晴れる。
アリアとゴルドスがドラキーを目に入れると、ハンター二人と一発触発の雰囲気に、目を見開いた。
「俺は竜殺しじゃない。竜騎士だ」
「「荒らしは死ね」」
ドラキーの宣言と共に、弓を放ったハンター二人。
その矢を避け、ドラキーは弟者の方へと向かって行く。
「な!? コイツ、弓の軌道が読めるのか!?」
「バカはお前だ」
後方からも前方からも来る矢を避けるドラキー。
彼がドラタだった伝説自体、プレイヤーキルをする本当の荒らし行為をするギルドが存在した。通称ドラゴンスレイヤーキル同盟。そのギルドを壊滅させる為、ドラキーは何度もおびき寄せ、百を超えるプレイヤーを皆殺しにしてみせていたのだ。その中には当然弓矢を扱う者もいた。
弓を扱う時には、照準を必ず合わせなくてはならない。ダブル・アーツを除いて、狙いを絞らないで的を当てる奴はいない筈だ。
拳銃やライフルならまだしも、弓矢には狙いを定める装備スキルが必要。だが、タイガー・ドラゴン自体が近接攻撃タイプだからか、遠隔攻撃プレイヤーには向かないスキルしか使えないのだ。
つまり、狙いを絞るどころか、今の装備ではドラキーに矢を当てる事は不可能。レールがない列車を走らせているようなものである。
ドラキーは剣を振りかぶり、弟者の頭部を睨みつけた。
「ハァッ!」
兜割でもするかのように放たれた木の剣。
弟者は猛攻撃していた。当たるとでも思っていたのだろう。その為、防御体勢を取ることすらままならずに、無防備の頭部に木の剣が迫る。
そして、データの残骸が散った。
弟者の頭部に、木の剣が減り込み、血潮がデータの屑となっていく。
「う、うわぁぁぁぁ」
「弟者ッ!」
兄者は必死に矢を撃ちながら走ってくる。
だが、全て当たらない。走りながらでは当たらない。
ドラキーは弟者を睨みながら、呟いた。
「残念だったな。木の剣でも、お前達は殺せる」
「……調子に乗りやがって。兄者がお前を必ず殺すからな」
「すぐに二人一緒に仲良くさせてやる」
頭部に部位損傷ダメージを与えた結果、弟者のライフゲージがゼロになったのか、弟者はデータの藻屑となって消える。
すぐに振り返ると、兄者は混乱したかのように攻撃を仕掛けていた。だが、狙いはバラバラ。弟者が殺された事に動揺して、矢を乱発させている。
ドラキーは兄者をすぐに仕留めようと動き出そうとした。
「戦闘において、最もしてはならない事をしたな」
「え?」
兄者の首が宙に舞う。
そして、ポップコーンのようにデータとなって頭部が弾け飛ぶ。
残った身体は地面に倒れ、すぐに頭部と同じように弾け飛んだ。
ドラキーはアリアに視線を移す。
アリアは鉄製だろうか、身の丈以上もある両刃の刃を両手で握り、横薙ぎを放っていた。
それを片手に握り変え、メニューウィンドゥにて戻すと、兄者の後方にあった太い木々達が一斉に切り落される。
まるで、巨人の行進のような音が響き、熱帯雨林の木々だらけの光景をクリアにした。
「助かったぞ、ドラキー」
「あ、ああ……」
めちゃくちゃ強いなぁ……。ドラキーはそう思いながら、アリアを眺める。小竜はドラキーの心の声を表わすかのように「ぴぃ」と鳴いている。
「さて、ドラキー。合格だ。それくらいの強さがあれば、私達のギルドでも役立つであろう。それとゴルドス。私が今切った丸太であれば、これからの仕事に役立つのではないか?」
「は、はい!」
アリアの言葉に唖然としていたゴルドスが、嬉しそうに返事をした。
ドラキーとしては、この世界がどうなっているのか知りたかっただけだが、まぁ結果オーライだ。
一先ず、ハンターの二人を仕留め、安堵の溜息を漏らすドラキー。
だが、その溜息を吐いた瞬間に、ピロリンっという軽快な音が響く。
「ん?」
「ぴぃ?」
この音はメールや、アイテムを受け取った際に響く音だ。
メニューを広げると、知らせが来ていた。
それはレベルアップ、さらには奴らの落したアイテムが手に入った合図だ。
木の剣では魔物を倒せる自信はないので、弓でもあれば何とかなるかなと思って楽しみにしていたドラキーだったが、その予想は大きく裏切られた。
アイテム欄から手に入った物を具現化してみる。
「……なんだこれ」
それは一枚の紙。
そこには、『熱帯雨林にて生息確認! 要注意魔物。レベル550 鋼魔人』と書かれた手配書のようなものだ。
ドラキーは目を見開いた。
レベル550――――それは、ドラキーが最後に討伐した覇王のレベルを50越えた数値だ。