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03

 ――――最弱……だとっ!?



 戦闘最中に絶望してしまったドラキー。

 気が付けば、亀のように遅かった斧が目前にまで迫っていた。


「――――っ!?」


 振り下ろされた斧。

 ドラキーは避け切れず、顔を斜めに傾けることしかできなかった。

 頬を掠めた斧は地面に突き刺さる。

 さらに、ドラキーは動揺を隠せなかった。

 頬から垂れたのはデータ。そこまではVRMMOとは大して変わらない。だが、違うのは痛みがあることだ。

 ドラキーは微かな痛みを感じつつも、すぐにスキンヘッドとの距離を取った。


「やっと掠ったな。そろそろ疲れたんじゃねーのか?」

「くっ……」


 野次馬が遂に集まってきている。

 ウェスタン風な街に、ドラキーとスキンヘッドの戦いは注目されていたのだ。

 ここで死ねば、全てが終わる。ドラキーは瞳を閉じた。

 突然連れてこられたこの世界は、鬱ゲーもいいところだ。

 マイナスボーナスばっかりで、やる気なんて微塵も起きない。

 これは悪い夢。

 そう、ドラキーは自分が竜を狩る側だという事を思い出した。

 多分、これは戦闘中に寝落ちして悪い夢を見てるだけ。そう考えることにする。

 両手を広げ、降参のポーズを取った。


「……悪かったよ。好きにしてくれ」

「やっと諦めがついたか。とりあえず、俺の怒りは収まらねぇから、テメェの腕一つ持ってかせてもらうぜ!」


 迫るスキンヘッドの男。高級な革靴のように磨かれた頭部に、茜色の夕日が反射する。

 足取りは重く、しっかりしていた。

 斧を持ち上げる。

 怒り狂った男の視線がドラキーに集中した。

 瞳を持ち上げ、ドラキーは斧が降りてくるその瞬間を待つことにする。

 死ねば、夢も覚めるかもしれない。さっきの痛みは多分幻覚だ。

 いつしか、全てを諦めていた。


 だが、その時、ドラキーの脳裏を何かがチラつく。

 それは消えたドラコ―――――本当の妹の姿だ。

 あれは夢なのか。いいや、夢ではない。

 もしかしたら、ドラコはこの世界のどこかにいるのかもしれない。


 ドラキーは、諦めかけていた煩悩を振り払い、目の前に視線を向けた。

 斧が降りかかる。それを避けなければ、死んでしまうだろう。


「ぴぃッ!」


 髪の毛の中に隠れているホワイト・バハムートが叫んだ。

 だからというわけではないが、ドラキーは叩き落とされる斧を回避した。


「……え?」


 スキンヘッドの男は混乱している。

 斧を振りおろした先には、いた筈の男がいないのだ。

 直前までいた男は、どこにもいない。

 目を凝らして斧が突き刺さった地面を見つめた。


「悪いな。やっぱり諦めない」


 その声に振りかえるスキンヘッド。

 そこには、木製の剣と盾――――初心者冒険者が扱うようなハーフウッドソードとウッドシールドを持つ男、ドラキーの姿があった。

 チュートリアルというアイテムの説明文を全て飛ばし読みした結果、アイテムは握ったら消えるとかいう呪いはないようで、しっかりとした武器が手に入ったのだ。

 ドラキーは二振り素振りし、スキンヘッドの男に刃を向ける。

 何故、今まで遅かったドラキーが瞬時に移動するかのようなステータスを身に着けたのか。

 それは、スキンヘッドの男が分かることはない。

 だが、野次馬達はドラキーが何故急激に動きを良くしたのかを理解していた。


「何をしたッ!」

「何って、わからん」


 ドラキーは本当にわかっていない。

 しかし、そう惚けていてもドラキーの全身はしっかりとオーラが包んでいる。

白い、まるで覇王のような闘志。

 いつの間にかステータスが上昇していることにドラキーは気がついていないのだ。


「だけど、諦めちゃいけない理由ができた。だから、俺は死ぬわけにはいかないんだ」

「今更撤回はねぇぞッ!」


 怒りによってなのか、スキンヘッドの男は移動速度が上がっていた。

 ドスンドスンという巨人にも似た足音。

 対するドラキーは木製の片手剣と盾のみ。通常ならば、鉄製の斧には確実に負ける。

 だが、何故かドラキーは負ける気がしなかった。


「……さらに遅く見えるな」


 呟いた。

 重機のように重い足取りのスキンヘッドの男に対し、ドラキーはまるで蜃気楼のように消える。

 スキルを使ったわけではない。

 迫るスキンヘッドは目の前から敵が消えた事に困惑した。


「こっちだ」


 すぐに振り返った男。

 そこにはドラキーが剣を振るう姿が写っていた。

 攻撃も防御もすることが不可能になったスキンヘッドの男の視界一面に迫るウッドソード。

 青ざめた顔で、スキンヘッドは終わりを迎えた。


「呪輪」


 瞬間、スキンヘッドの男の身体を紫色の何かが拘束する。

 それは呪いの輪のようなものになり、男は目を白くさせて気絶していた。

 ドラキーは剣を振るうのを中断し、スキンヘッドの男を締める輪を見つめる。

 野次馬達は興が削がれたかのように、周囲に拡散していった。


「……なんだこれ」


 ドラキーが見た事のないスキルだ。

 相手を拘束するスキルは多くある。だが、相手を気絶させるスキルなどなかった筈である。

 そんな中、深紅の長い髪を垂らした美女が、空中から降り立った。

 女はキツイ猫目、白い肌に細長い四肢を見せた鉄の鎧姿で、現れる。

 ドラキーを睨みつけると、バレーボールのような巨乳を揺らして、後方からぞろぞろくる人間に指示をした。


「お前たち、この男を牢屋に連れて行け」

「はッ!」


 突然現れた女に、指示を出され気絶したスキンヘッドをどこかへと運ぼうとする集団。

 ドラキーは驚きのあまり呆然としていた。


「すまないな。君にもついてきてもらっていいか」

「お、俺もですか!?」

「当然だ。自己紹介や詳細は説明する。とりあえず、あちらに馬車があるから、ゆっくり話そうか」

「は、はぁ……」


 突然の事態についていけず、ドラキーは馬車に乗車することになる。

 その時、不思議とオーラは消えていた。




 ◆




「突然すまなかったな。私は自警団ギルド・エンドブレイズの副団長のハミル・アリアだ。気軽にアリアと呼んでくれ」


 やってきたのは、何かの集会場と思われる場所。東京ドームほどの大きさのテント内には、酒場と何かの受付カウンターが配置されていた。

 そこの酒場にて、ドラキーは飲み物をおごってもらい、アリアと会話を交わしている。

 アリアの手元にはビールらしきものが置いてあるが、先ほどから口をつけている様子はない。


「俺に何か用ですか?」


 ドラキーはどうするか迷っていた手前、ギルドという案はなかったので、運が良ければアリアと共に行動をしようかと考えていた。

 テーブル席の向かいに腰をかけるアリアは、瞳を細くしてドラキーを見据える。


「……先ほど君はリンク・アーツを使って見せたな」

「リンク・アーツ?」


 初めて聞く単語に首を傾げるドラキー。

 アリアはそのまま話を続けた。


「君のマスター、竜が認めた者にのみ与える力のことだ」

「へぇ……」


 テーブルの真ん中にて、アリアにおごってもらった棒状のスナックを齧り続ける白色の小竜を見つめると、ぴぃ? と言って再びスナックを齧り始める。

 どうやら一時的にドラキーは彼に認められたらしい。


「そこでお願いがある」

「却下します。俺は別に誰かを助ける為に生きているわけじゃないんで」

「さきほど、君はリンク・アーツを発動して倒した男がいるだろ」

「だから断るって……」


 要求を拒否した筈なのだが、アリアは話を続けた。

 ドラキーはうんざりしながらも、話をやめる素振りは見られないので、話だけは聞こうと考える。


「あれは、ここら辺では有名なギルドのボスだったんだ」

「……はぁ、それで?」

「彼らのギルドは、いわゆる建築ギルド。木材を必要とするギルドだったのだが、最近木材を取りにいく場所で竜を狩る連中がいるらしいんだ」

「竜を狩る? ちょっと待て、それは木材がある場所に竜がいるのか?」


 常識を知らないのか、とバカにするような目でアリアはドラキーを睨む。


「当たり前だ。どの場所にも竜は存在する。彼らは自然に恵みを与えてくださる神だ。そこでそんな竜を狩る連中を倒してもらいたいのだ」

「だけど、そのリンク・アーツとやらだけじゃ苦しいぞ」


 事実、主である竜の力を借りるリンク・アーツがなければ、ドラキーは殺されていた。リンク・アーツがなければ、マイナスにマイナスを重ねた雑魚なのだ。

 どうやったらレベルが上がるのかもわからない以上、この依頼を受けられるわけもない。

 現に、この世界に連れて来られた人の中では、確実にドラキーは最弱だ。


「他を当たってもらえるか。第一、あんたも強そうなのに、なぜ俺に頼る」

「それは君が単純に、途方に暮れていたからだ。私としてはこれからのギルド向上の為に、良質な人間を育てたいのだ。君がもし、ギルドに入ることを望むのなら入試試験だと思ってくれて構わない。断るのなら、断るで私とは縁がなかったことにしよう」


 勝負に出たか。

 ドラキーは一刻も早く妹を探るべく、さらに覇王を倒す為に力をつけなければならない。力をつけるのなら、多くを知っている者に助けてもらうのがいいだろう。だが、そうなった場合。いきなり知らない人に近づいても教えてくれるわけがない。ゆえに、ギルドに入ることはこの世界を抜ける第一歩だ。


「わかった。受けてたとう」

「助かるぞ」


 何もこのギルドに入らなければならないという決まりはない。だが、これから探すのにも時間がかかるし、アリアのギルドならばベテランがいそうな気がした。

 だからこそ、ドラキーは依頼を受けることにしたのだ。


「で、その竜を狩る奴の特徴とかは?」

「特徴、か。大体の人間は、皆竜の鱗や部位を使った武器を持っている」

「なるほど」


 やはり。とドラキーは思った。これは、ゲームする側と本気で生き抜く側との世界だ。つまり、ドラキーは何の意図があってかは不明だが、デスゲームをプレイする側に選ばれた人間。

 相手は多分、今もゲームをしているキル・ドラゴン・オンラインのプレイヤーだ。

 簡単にレベルを上げるのには、そいつらを倒せば手っ取り早そうではある。だが、実際にドラキーにはリンク・アーツとやらがなければ丸腰に近い。

 死ぬか生きるかの依頼だ。


「あと、要注意人物がいる」


 思考回路を停止させ、ドラキーはアリアの言葉に耳を向けた。

 アリアはまるで恩人を殺した者のことを話すかのように、低くドス黒い声で呟く。


「弓を二つ扱う奴には気をつけろ」


 ドラキーは目を見開いて驚いた。

 それは、この世界から元の世界に戻る為に殺さなければならない人間のことだ。




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