02
「どうするかなぁ……」
ドラキーは溜息を吐きながら、街を彷徨っていた。というか、途方に暮れていたのだ。
あれから、サブコは仲間と遭遇してドラキーとは別れた。
変化があったといえば、ちょうどその後だ。寂れた街かと思っていたのだが、突然人が現れ、商売を始めた。武器屋や防具屋はもちろんのこと、スキルショップや職業選択できるハローワークなんかも開店し始めたのだ。
そこで、ドラキーが、いや多くのプレイヤーが驚いたことだろう、NPCと思われていたキャラクターは全員本当に意思があるかのように動き出したのである。
皆、本物の人間と変わらない店員に驚いたものだ。
肉料理専門店と思われる飲食店に入ったドラキーは一応お金を1000E持っていたので、食事を済ませることにした。
「ぴぃ」
だが、一番の問題はこの竜である。
白い毛並みに、どこぞのチョ⚪︎ボを思わせる小竜。青い瞳で、じーっとドラキーのことを見つめたかと思えば、今度は頭の上に乗ったりと忙しい奴なのだ。
ドラキーはこれを守りながら戦わなければいけないのか、と思うと溜息が止まらなかった。
「……最初は何してたっけ……」
不意に呟くドラキー。
突然現れた店員を見る限り、本当にゲームの世界なのかと思い直したくなっていた。だが、メニューウィンドゥはまんま、ここに来るまでやっていたゲームだ。
最初にゲームを起動したときを思い出していたのだが、数年も前なので覚えていないのが本音。
「ぴぃ!」
「ん、どうした?」
悩んでいたドラキーの頭を小突くので、小竜に質問すると、生意気なことに首だけで、そっちへ向け! と合図をしてきた。
なんなんだよ、こいつ……。と思いながらドラキーは横に向くと、赤毛の女の子がグラタンを持って固まっていた。
「あ、すいません。邪魔でしたね」
「……あ、あわわわ……」
謝っても女の子は顔が青ざめるばかりだ。
一瞬にしてドラキーは、この街が竜を嫌っているのかと考え直し、すぐに小竜を隠そうとした。
だが、ドラキーはすぐに腕を掴まれ、隠せなくなる。
まずったな、と思いながら赤毛の少女に視線を向けると、青ざめていた筈の顔が明るく輝いていた。
「も、もしかして、ホワイト・バハムートですか!?」
「は!?」
「この竜様ですよ! ホワイトバハムート、ご存知じゃないんですか?」
「いや、バハムートに色なんてあるのか?」
「ありますよ! ついでに言いますと、この竜様、とっても珍しくて伝説なんですよ!」
「あ、そうなんだ……」
なんだか、グイグイ来るなぁ。そう思いながら、竜を認知しているこの街は安全なのだと実感した。
チラッと小竜を見ると、偉そうに胸を張っている。その姿にドラキーはイラっとしていた。
「それよりも、俺のグラタン……」
「もう少し待っていただけてもいいですか!」
「ぴぃ……」
「バハムートの種類は豊富でしてね、それで色が多く存在する覇王様なのです!」
「グラタン……」
「中でも、白のバハムートは珍しい上にですね!」
「ぴ、ぴぃ……」
どうやら熱が入ってしまったのか、女の子はベラベラと喋り出してしまう。
覇王戦前に現実でろくに食事もしてなかったし、ゲームでも食事はしなかったのでお腹が空いたのに、食べられないというのはかなり辛い。
ドラキーと小竜はそのうち、項垂れていたのだが、そんなのお構いなしに少女の話は続いた。
「ぐ……ら、たん」
「ぴ、ぴぃっ……」
これでは、あまりの空腹に死んでしまう。そう思った瞬間だった。いきなりゴツイ黒肌の人に少女は殴られる。
「痛っ!? 私の熱弁を邪魔するのは誰……?」
「サリサ! いつまで待たせているつもりだ! 目の前のお客様も、注文待ちのお客様も沢山いるぞ! 早くしろ!」
「お、お父さん……」
サリサは頭を下げると、すぐに他のテーブルに走っていった。
ドラキーはゴツイ人を見上げる。
身長は大体195ぐらいだろうか、腕も丸太のように太いし、かなり偉丈夫な感じだ。
「悪いですね。うちの娘が、お客様に変な話をしてしまって」
「いえ、構わないです。ですけど、ここで竜を連れている人って結構いるんですか?」
質問をすると、男は驚いたのか、目を見開いた。
「何を言うかと思えば、当然じゃありませんか。竜様は生活を豊かにしてくださる神様も同然!」
「そ、そうなんですか……」
「ですが、ここ最近よからぬ輩が増えてましてな」
「え?」
明るかった男の顔が急に暗くなる。クエストでも発生するのかと思ったドラキーはネトゲ中毒なのだろう。
「……どうも、竜様を狩る連中がいるようなのです」
「は、はぁ……」
「ハンターと呼ばれる奴らなんですけど、あいつらは本当にどうしようもないんです。竜様のありがたみがわからないのでしょう」
「ぴぃ」
男の話に首を頷ける小竜。その姿に再びイラっとしたドラキーだが、ここでは何も仕返しできないなと思い、我慢した。
その話を終えると、男は自分の名前を名乗る。
「申し遅れました。私の名前はゴードン・アルバート。ここの店長です。さっきのは娘のサリサです。ゆっくりして行ってください」
「あ、俺は……」
「大丈夫です。お客様に名前は聞けませんよ」
そう行ってゴードンは立ち去った。
立ち去るのは、いいんだけどグラタンどうした!?
ドラキーと小竜は、これから数時間待つことになった。
ようやく腹も満たし、ドラキーが会計をしようとした時。
長いことグラタンが提供されなくて、言うタイミングを逃したドラキーは、ゴードンにもサリサにも放置されていたのだ。そのことを言ったら飯代を半分にまけてくれた。
それはいいのだが。
「おい、どういうことなんだよ!」
スキンヘッドの男がサリサに絡んできていた。どうも、怒っているようなのだが、理由は多分出てくるのが遅いとか、そんな感じの理由だろう。
グラタンしか食べてないが、味自体に不満は全くなかった。
ドラキーは会計が終わった直後で、無視しても良かったのだが、サリサやゴードンが困っているのを見ていると、少し仲良くなった手前、無視するのも酷いんじゃないかと考え始めてしまったのだ。
あまりトラブルを好まないドラキーだったのだが、肩に乗るホワイトバハムートに視線を移すと、スキンヘッドをじーっと睨んでいるのである。
このままでは、ドラキーの主が絡み始めるのも時間の問題だなと思い、スキンヘッドの話を聞くことにした。
「ちょっと、何が不満だったんだ」
スキンヘッドの肩を掴み、ドラキーはとりあえずなだめることにする。
だが、スキンヘッドは怒りが頂点に達しているのか、豆電球のようにツルツルした頭部に青筋が浮かんでいた。
「あ? 何だテメェ!」
「何があったのかを聞くから、少し静かにしないか?」
「何があっただと? テメェは変だとは思わねーのか!」
この店自体に対してのクレームなのか。スキンヘッドは妙なことを口走らせた。
「他の店にはあるのに、なんでこの店だけお子様ランチがねーんだよ!」
「……は?」
「ぴぃ?」
「もう一度言ってやろうか! おかしいと思わねーか? お子様ランチがない店なんてよぉ!」
心配して損した。ドラキーはバカらしくて溜息をハァッと深く吐く。クレーマーか何かだと思ったのが損だったなと思った。
こんな奴に構うなんてバカらしい。そう考えたドラキーは、店を出ようとする。
「待てよ、なんだ今のアホらしい奴に会ってしまったなみたいな顔はよぉ! バカにしてんのか?」
「いや、だってどう見ても、あんた子供じゃないだろ。なのにお子様ランチがないからって怒るのは、どうなんだ?」
「いいじゃねーか! 見た目はともかく中身が子供なら頼んだっていいじゃねーか!」
「はぁ、あほらし」
「ぴ」
スキンヘッドのくせに、どうやらお子様ランチマニアだったようだ。
かなり、めんどくさい奴に出くわしてしまった。
「あほらしぃだと!? テメェ、男は普通何歳でも子供って言うじゃねーか! テメェは自分が大人だとか思ってんのかよ!」
「思ってないが、あんたよりは充分大人だと思うぞ」
「チッ! 埒があかねぇ! 表へ出ろ!」
「ぴぴっ!」
なんでだろうか。なんでこんなことになったのだろう。あと、ホワイトバハムートは、なぜか、やってやれ! みたいな事を言ってる気がする。
外に出ると、夕日が街の外を照らしていた。ここらへんの地域は暖かい風が吹く。
ドラキーとスキンヘッドの男は対峙する。
「一度でも、倒れた方の負けだ! お子様ランチをバカにしたテメェを殴り飛ばしてやる!」
「……めんどくさ」
すっと拳を構えてスキンヘッドの男を見据えるドラキー。ホワイトバハムートは、ドラキーの髪の中に隠れる。
スキンヘッドは、メニューウィンドゥを呼び起こし、何かをタッチするとそこから鉄製の斧が現れた。
片手で軽々と斧を持ち上げる。大きさは男性にしては小柄なドラキーと同等くらいだ。刃の部分は年季が入り、少し錆びた箇所がある。
右肩に持ち上げると、スキンヘッドはドラキーを睨みつけた。
「精々死なないように頑張りなッ!」
颯爽と大地を蹴ったスキンヘッド。地面を踏みしめる音が鈍い。
速度は遅いのは予想通りだ。
だが、まさかたかが喧嘩で武器が出てくるとは思わなかった。ゆえにドラキーは。
「ちょ、武器は反則じゃないか!?」
狼狽えていた。それも当然で、相手は刃物を所持していて、ドラキーは何も持っていない。
「武器も持ってねーのか。そんな奴にお子様ランチを侮辱される筋合いはねぇッ!」
「クソっ!」
斧を振るうスキンヘッド。速度は遅い。
何万頭もの竜を狩ってきたドラキーには、とても遅く亀の動きにしか見えないのだ。だが、問題は速度じゃない。
ドラキーは何度か斧を避けつつも、メニューウィンドウを広げた。
このままじゃ、本当に殺される。そう思ったのだろう、一度見た所有物一覧に武器がないかもう一度確認を始める。
だが、そこには気になるアイテムがあった。
『戦闘チュートリアル』
それは、キル・ドラゴン・オンライン同様チュートリアルのときに出現し、開封したアイテムだ。中に何が入っているのか不明だが、一先ずドラキーはアイテムを使用することに決めた。
開封すれば、そこには、色々な事が書かれている。
『この世界では、前ゲームで使用していた武器が使用可能です』
その一文字を見て、すぐにドラキーは歓喜した。
だが、その後の文字にはドラキーを恐怖のどん底に落とすかのような説明がかかれている。
『ですが、竜を前世界で多く狩られた者は、それだけ大量のマイナスが伴います』
ドラキーは斧を避ける中、その文字に恐怖した。
『多くの竜を狩られた者に与えられるマイナス。ステータス数値のマイナス、所有武器の封印、レベルアップした際のボーナス大幅減少、スキルの初期化』
つまり、この世界では前の世界――――キル・ドラゴン・オンラインで強ければ強かった者ほど、マイナスされるのだ。ドラキーは全世界でも一位の絶対強者である。
ゆえに、ドラキーの手元にはアイテムがなかったのだ。
さらにステータスはレベルを上げても塵ほどしかステータスボーナスを貰えないし、スキルもないし、アイテムもない。
簡単に言うならば、この世界に連れてこられたキル・ドラゴン・オンラインのプレイヤーの中で、ドラキーは――――最弱なのだ。