20
「ちょっと! 離しなさい!」
ドラタが逃げろと言ってからすぐ、アリアはメルルを抱きかかえて逃げていた。
荒れる街の中を駆け抜け、アリアは目的地である避難所を目指している。
その途中、メルルが文句を言っていたのだが、アリアの頭の中にはドラタのことしかなかった。
彼が何故、竜を殺そうとしているのかは謎だ。だが、彼なりの理由があるのだろうと感じている。
「ドラキー……」
名を呼び、彼の健闘を祈るばかりだ。
きっと、あのハンターはかなり強い。ドラキーはアリアを巻き込むのは嫌だから逃がしたのだろう。
またしても、自分の弱さが人に迷惑をかけていると感じた。
「はぁ……。あなた、なんで泣いてるの?」
「え?」
アリアは気がつけば、涙を溢している。ポロポロと、大地に降り注ぐ雪のように流れていた。
メルルを降ろし、急いで涙を拭く。
「な、泣いてなどいないぞ!」
「…………」
涙を拭いても、溢れてくる。無理に笑顔を作っても、アリアの涙は止まらない。
そんなアリアを半目で見つめ、メルルは溜息を吐いた。
「……私様には、あなたが何故泣いてるのかなど、わかりませんが、きっと私様と同じ気持ちなのでしょう?」
「え?」
神妙な面持ちだったメルルはアリアに微笑む。
「安心してください。私様はホワイト・バハムート。あなた達の生活を守る使命を持った神に近しき生物。悔し涙にしろ、悲し涙にしろ、人々の笑顔を守るのが私様の仕事ですわ」
「メルル……様……」
アリアはいつの間にか、両膝を着いてメルルを見上げていた。
まな板のような胸を自ら叩き、メルルは断言する。
「私様達はアレクストゥに住む者達を、守る使命がありますわ。もちろん、それは私様のペットであるあの男にも、私様と同じ使命がありますわ。だから、ここは私様とあの男を信じてもらえませんか?」
「だ、だが、ドラキーはメルル様を連れて逃げろと!」
ドラキーは確かにメルルを連れて逃げろと言ったのだ。だから、ここまでアリアはメルルを連れて逃げてきた。
だが、アリアの発言に対して、メルルはクスリと笑い、答える。
「まさか、あなたは私様とあの男、どっちの命令の方が大事かわかっていますわよね?」
「え、あっ……」
アリアの首筋に手をあて、囁くメルル。
その言葉はまるで脅しているかのようだ。
アリアは首を縦に振る。
「わかればよろしい。では、戻りましょうか。そろそろあの男もボロ雑巾になっているでしょうし」
メルルの視線の先。
そこには、無数の爆撃があった。
ドラキーことドラタと、ダブル・アーツの戦闘が過激化していることが予想できる。
アリアとメルルは来た道を戻り始めた。
◆
「―――――――――俺は負けたのか?」
暗くなる画面。いや、視界とも言うべきか。
ライフゲージやスキルゲージが左上に存在しているが、ライフゲージは空でスキルゲージは残り一割を残している。
完全なる敗北を前に、ドラタは笑った。
いや、そもそも笑うことができるのだろうか。
今、肉体はない。
「……あなた、諦めるの?」
メルルの声が響いた。
この女はいつも、絶妙なタイミングで声をかけてくる。
いつまで経っても鬱陶しい女だ。
「死んだんだ。これ以上何をしろって言うんだ」
「バカね。死んだのは、竜殺しとしてのあなたでしょ?」
「はぁ?」
ドラタは首を傾げて見た。
だが、身体を扱っている感触はない。
「あなたは私様のペット。竜殺しの人間が、私様のペットな筈ないわよね」
「何が言いたい」
「あなたは、あなた。竜殺しをいい加減に卒業して、私様の正統なペットになりなさいと言っているのよ」
「正統なペット?」
正統なペットとは何なのだろうか。
ドラタは相変わらずのメルルに溜息を吐きたくなった。
「正統なペット。つまり、それは真の竜騎士になることよ。今までのあなた、いやあなた達は竜が成長するまで見守り、竜が成竜となれば、晴れて竜騎士は卒業できるの。でも真の竜騎士は違うわ」
「何が違う」
「真の竜騎士は、主に全てを尽くすと契約することよ。もちろん、私様の力を使うこともできるし、あなたの力を私様も使うことができる。そして、永遠にあなたは私様のペットとなるの」
「最悪だな」
そんなの絶対に嫌だと思ったドラタ。
「では、生きることも諦めるの?」
「……何が言いたいんだ」
「私様と契約すれば、私様の生命力を半分だけ譲渡することができるわ。そうすれば、あなたの望みは潰えないわ。ゴルドスの為、アリアの為、街の為、そして妹の為に、まだ諦めるのは早くないかしら」
妹の言葉にドラタは反応した。
「な、なんで、お前が瑠奈の事を……!」
「今、あなたに聞いていないわ。今聞いてるのは、諦めるか、諦めないか」
そのとき、ドラタは即答する。
「諦めるわけねぇーだろ!」
「ふふ、そういうと思ったわ」
微笑んだメルルの声が響いた。
その瞬間、ドラタの空だったライフゲージは半分まで上昇し、スキルゲージも六割になるまで回復する。
視界が晴れた。
そこには、メルルとアリアの後ろ姿が。
ドラタは立ち上がった。
「……まさか、一生奴隷にするとか言うなよ?」
手元には槍ではなく、一本でも重い長剣が両手に一つずつ。
格好は、さっきと比べると随分脆い。
だが、さっきよりも力は湧いてくる。
「奴隷で済めばいいわね」
「冗談じゃないって」
ドラタ――――――――いやドラキーは立ち上がった。
アリアが道を開け、ドラキーとメルルは立ち並んだ。
その先には、ダブル・アーツの二人がいる。
「まさか、本当にあんたがドラタだったとはね」
「だから何だ。俺は俺だ」
「弱い装備をしてたって、手加減はしないから」
弓を構えるミナ。
「正直驚いたよ。だけど、あんたを殺せば、僕達は正真正銘の竜殺しだ。一撃で仕留める」
光の矢を構えたミト。
勝負は一発で決めると言っているのだろう。
ドラタはニヤリと笑い、剣を二人に向けて構える。
「やれるもんならやってみろ。さっきの俺は強かった。だけど、今の俺達はもっと強い!」
「行くわよ、ドラキー。私様達の力を見せてあげるわよ! リンク・ゾーンッ!」
高らかに叫んだメルル。
そのとき、ドラキーとメルルの身体を青い光が包み込む。
ドラキー、メルルのライフゲージは、枠を超えた。
スキルゲージは無限モード。
そして、新たなスキルがドラタに追加された。
「……なんなの、その光はァァァァッ!」
そのとき、ドラキーとメルルに向かって矢が放たれる。
光線の如く走る太い矢。
続き、ミトも矢を放った。
「避けろ! ドラキーッ!」
アリアの叫び声が響く。
その瞬間に爆音が轟いた。
砂煙が舞い、ドラキーとメルルの姿は消えかのようにも見える。
ドラキーとメルルは殺された。一瞬、そう考えたアリアだったが、二人は煙の中から現れる。
「く、来るなァァァァァッ!」
ミナとミトの二人はスキルを放ったおかげで、硬直していた。
ミナが絶叫し、ミトは混乱している。
多分、ドラキーとメルルが無傷なのか原因不明だからだろう。
駆けるドラキーは腹を締め、宙に浮いた。
「ダブル・アーツッ! 俺はお前達を許しはしないッ! これは、俺を何回も瀕死に追い込んだ分だッ!」
ドラキーの剣はミナの身体を斜めに斬り裂く。
血がデータとなって飛び散る。
ミナの身体は仰け反り、今にも倒れそうだ。
「これは、副団長を悲しませた分だ!」
続き、ドラキーはミナの心臓を貫く。
ミナは血を吐くかの如く噎せた。
活動において、重要なコア部分である心臓は、プレイヤーとしてのミナには痛いほど、大きいダメージだ。
震える両手で、胸に刺さった刃を握る。
弓が落ち、カランカランと音がした。
ゆっくりと顔を上げ、ミナは鬼のような形相でドラキーを睨んだ。
「……あ、あんた、私のコアを……ッ!」
「まだ、終わってないぞ」
ドラキーが呟くと、刃が青く光る。
全身の光が刃に収束された。
その時、ドラキーは叫んだ。
「マグナブル・ブレイカーッ!」
一本の刀から、巨大光線が放たれる。
すぐ後方にいた硬直中のミトの身体を真っ正面から穿つ。
「かッはッ!?」
光が保存樹木の如く太く、勢いはレーザーにも負けない。
徐々に範囲を増して行くスキル。
ゼロ距離から受けたミナの身体は徐々に消え去って行く。
「これが、恩人のゴルドスの仇だ」
「お、ぼえて……な、さいっ」
ミナの身体はデータの藻屑となり、宙に消えた。
「ぼ、僕がまだ残っているッ!」
硬直時間が解け、まだ動けるミトが弓矢を構える。
その瞬間、メルルが掌を掲げた。
「あなたの敗北よ、ハンター」
「黙れッ!」
メルルとミト、同時に攻撃が放たれる。
「メガ・フレアッ!」
まるで車同時を擦らせたような轟音が響く。
だが、威力はメルルの方が上だ。
苦痛の表情を浮かべるミト。
「諦めなさい。あなたでは、竜の王である覇王の、さらに格上の私様には勝てなくてよ」
「黙れ黙れ黙れッ! 僕は……僕は、ハンターの頂点に立つと、ミナと約束したんだァァァァァッ!」
「な!?」
その時、最後の気力を絞ったのか、メガ・フレアをミトが押し返した。
相殺される二人の攻撃。
技の激突が終わり、ドラキーが二人の間に立つ。
「頂点? お前の頂点は人を殺すことでなれる、安っぽい夢なのか?」
間に入ったドラキーはミトに問いかけた。
「ああ。約束したんだ! 僕達は、母さんを助ける為に、キル・ドラゴン・オンラインで頂点に立ち、プレイヤー・キリリング・カップで優勝して、治療費を稼ぐんだッ!」
プレイヤー・キリリング・カップ。それは、年に一度開かれるプレイヤー同士の熱い戦いの大会だ。
ミトとミナ。二人がドラタを倒すことにこだわっていたのは、そこだった。
その大会では、優勝者と一般人をかけ離す為に、優勝者に賞金約1000万円ほど与え、課金最強プレイヤーへと昇格させる狙いがある。
親の為に、ミトとミナはダブル・アーツとなり、この竜を殺す戦いに参加していたのだ。
全てを理解したドラキーは、首を頷かせた。
「なるほど。そりゃあ立派な夢だ」
「死んでくれるのか?」
「生憎だが、見ず知らずの母親の為に死んでやる道理はない。俺は、この世界で生きている。お前らはゲームだと思っているかもしれないが、俺達は事情があって、この世界での死亡は、現実世界での死を意味するプレイヤーとなった」
ドラキーは刀を構える。
「そして、最初からこの世界で生まれた者達もいる。それはお前達が殺したゴルドスや、ここにいるアリアやメルルもそうだ。俺はこの世界にいる人、全員を救いたい。妹も俺と同じプレイヤーだ。俺が死ねば、お前の大事な母親は救えるかもしれない。だが、俺が死ねば俺の妹がどこかで野垂れ死ぬかもしれない。だから、俺は死ねない」
ふぅと溜息を吐き、ドラキーはミトを睨みつけた。
ミトも冷静に戻り、ドラキーを睨みつける。
「……決着をつけるしかないんですね」
「そうだ。お前が俺を殺して、お前の母親が救えるのか。それとも、俺がお前を倒して、俺はこの世界で生き永らえるのか。これは、戦って決めるしかない。そうだろ? お前だって俺達を逃すほど、お人好しではないだろう」
「ええ。そうです。ミナが倒された今、僕は姉の仇も一緒に、そして母親の為に戦うしかない」
「なら、始めよう」
お互いの足が地面を蹴った。
「「終わりの始まりをッ!」」




