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この感覚は、何度やっても満足感が得られることはない。
草原を狼のように走る足。
空気は緊張で張りつめている。
攻撃を何度も喰らって瀕死の状況だ。
相手はドラゴン。空を駆け、天空から炎を吐き、大地を火だるまにする史上最強の魔物。
彼らは攻撃・防御・速度・頭脳。その全てが魔物中では群を抜いている。
そんな中でも、覇王と呼ばれる竜の王がいる。
朝靄の激しい草原を駆け、天宮 竜一は、前回の狩りで完成させた絶風竜の蒼天槍を構えた。
スキルスロットから、レベル350で覚えられる『スカイ・ドルフレイム』を選択する。
『ドラタ! そっちに行ったぞ!』
仲間からの声で、集中力を高める。
瞳を鋭くさせ、足は地面と融合するかのように重く踏み、呼吸音を消す。
やがて、心臓の音だけが竜一の耳をつつく。
霧がまるで視界をブロックしているかのような状況でも、竜一ことドラタは狙いを外さない槍投げという極めて珍しい一撃必殺スキルを扱う人間だ。
その期待やプライドを失わない為にも、竜一は日々、この世界に入り込んでいた。
瞬間、霧が晴れたかと思えば、目標の竜王こと覇王が現れる。
竜一は一度細めた瞳を、大きく開いた。
視界全体に広がる、覇王の顔面。いや、顎か。
これはゲームではない、そう思わせるかのような恐怖や怒りに満ちた顔をしていた。
朝靄のかかる草原に、爆発したかのような音が響く。
多くの人間は、ドラタが狩りに成功したのだと感じたのだろう。
だが、それは違う。
ドラタは、覇王の岩のようにゴツゴツとした手で殴られて吹き飛ばされていたのだ。
『ドラタッ!』
誰かが竜一の名を呼んでいる。
誰もが、超一流狩人の死を前に絶望し始めようとしていた。
だが、竜一は笑う。
宙に浮いたまま、竜一は絶風の蒼天槍を構えた。
狙いは、ドラタを殴り上昇した覇王。
霧がかかって視界は悪い。だが、ドラタこと竜一には関係がない。
相手の移動速度や、行動パターンを考えるならば、次の攻撃パターンは一つしかないと考えていた。
それは超上空から放たれる、破滅の青光り。名を『覇王の蒼炎』。
ドラタは地面に落ちる前に、絶風の蒼天槍を頂上――――太陽があると思われる位置に放った。
「……これで終わりだ、覇王!」
スキルスロットにはレベル500から使用可能になる、防御力貫通一撃必殺スキル『ランス・オブ・カイン』が使われた後がある。
ドラタの放った槍は朝靄を晴らす。
多くの人間が、朝靄の晴れた草原にて立ち尽くす。
絶望から一転。彼らの顔には、希望の色が見えた。
何せ、伝説の男――――ドラタは生きていてかつ、本来見ることのできない最強スキルを見れたのだから。
絶風の蒼天槍が青く光り、霧を完全に消す。
太陽を背面に、大地に青い炎を吐きだそうとしていた覇王が狼狽える。
ドラタは指鉄砲を作り、つぶやいた。
「……終わりの始まり。それは君達が築き上げてきた覇王という名の威厳が崩れる時だ」
瞬間、ドラタの放った『ランス・オブ・カイン』が覇王の喉を穿ち、その姿はゆっくりとデータの塵となって消える。
草原にいた人間達は歓声を上げ、ドラタを迎えた。
『すげぇぞドラタさん! 覇王を実質二分で倒しやがった!』
『どんな化け物だよ! レベル何まであるんですか!?』
『槍投擲なんてスキルで、ここまで行けるんですか!?』
多くの質問が飛び交う中、ドラタは首を横に振る。
『みなさん、早速覇王の素材を入手しましょう。そしたら、今度は皆さんが狩られる側ではなく狩る側になるんですから』
『そうだよ! ドラタさんがせっかく倒したんだから、早く素材入手しないと!』
『急げ急げ~!』
VRMMO。それは現実と同じように仮想世界――――つまりゲームの世界を現実と同じように遊ぶことができる新しいジャンル。
このゲームはキル・ドラゴン・オンライン。多くの魔物を倒し、ひたすら自らの装備やスキルを鍛え、次々と現れるであろうモンスターに対抗するという趣旨だ。
その中でも天宮 竜一は高校一年生にしてトップクラスの実力者。竜殺しの御三家とも言われていた。
終わりの始まり。それは最強と呼ばれた竜達が、次々と二つ名を与えられるのだが、攻略されてしまえば、そこからは若輩へと変わりゆくことを意味する。
そして、現に覇王とまで呼ばれていた竜も、あと数週間後には完全徹底攻略されそこらへんのゴミモンスターと変わらないくらいにまでランクが落ちるのだ。
大勢の人間が覇王の素材を剥ぎ取る中、竜一の元へとメールが届く。
『竜殺シノ男ヨ。オマエニ不幸ヲクレテヤル』
いたずらメールかと思った竜一。
トップクラスにもなれば、ひがみや嫉妬の類は多い。
だが、こんなあからさまなメールは初めてであった。
どれもこれも、死ねや、消えろなどと罵るだけ。
これは明らかに何かを予兆させたものだった。
『スグニ殺ス。安心シロ、覇王ノ名ハ剥奪サレナイ』
二度目のメール。
すぐに竜一は覇王の死体へと目線を向ける。
そこには、多くの人間が死体から素材を剥ぎ取る凄惨な光景しかなかった。
だが、ある異変に気が付く。
覇王の素材を剥ぎ取ろうとした、ある一人のプレイヤーが突然消えだしたのだ。まるでワープでもしたかのように。
さらに、それが次々と起こる。
『な、なんだ……!?』
覇王の素材を採取していた者達が次々と消えていく。
ほとんどが知らないプレイヤーだからといって、消えていくのは気持ち悪い。
竜一は、この異常な光景を前にし、一人のプレイヤーがいるのを確認した。
『プレイヤー名:ドラコ』
それは天宮 竜一の実の妹のプレイヤー名だ。
すぐに、この場から離れるように叫ぶ。
『瑠美ッ! 逃げろッ!』
『え?』
振り返るドラコ。
ドラタのお下がりを女性装備に変えて着こなす彼女は、何も知らない顔をして振り返る。
だが、次の瞬間、ドラコの姿は消えた。
『――――――――――ッ!?』
悪い夢。
そうかもと思った。
そうとしか思えなかった。
いやな汗が出始める。
そんな中、竜一のもとへメールが届いた。
『コレハ呪イダ。竜ヲ殺シ続ケルオマエ達ヘノ報復ダ。苦シメ、ソシテ泣キ叫ベッ! オマエガシタコトハ、全リュウゾクガユルサナイ』
『た、たかがゲームで……こんなっ!?』
気が付けば、覇王の死体は消えていた。
人々の姿も。
そして、朝靄の晴れた草原にはドラタただ一人。
オフラインになったのか。そういう考えもある、と自分では考えることにしていた。
だが、次の瞬間、青い炎がドラタの全身を襲う。
VRMMOだからか、痛みや熱さはない。
背後に目線を配る。
そこには傷がふさがった覇王の姿があった。
竜一は、奥歯を噛み締め、草原の中、ライフゲージやスキルスロットを気にせず、草原で戦いぬいた。
気が付けば、意識はなかった。