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軌道エレベーター

 船に揺られること数時間。一行は軌道エレベーターのアース・ポートについた。中央の巨大な浮体からは四本の細いケーブルが伸び、それは空の上まで続いていた。その周辺には居住用浮体、港、そして何台かの原子力タグボートが停泊していた。

 船を下りた新兵たちは今度は待たされることなく、クライマー発着場に通された。近くに行くと、細く見えていたケーブルは、幅が十メートルの巨大なリボンであることが分かった。

 リボンを前後から挟み込むように二つの円筒形のクライマーが設置されていた。

 ルイスはリボンを目でたどっていった。最初の数百メートルは、窓のないビルの前面を見ていると思えばなんとか常識で理解できる風景だった。だが、頂上を探そうと視線を上に向けると、そこには、どこまでも続く続く非日常的な光景があった。

 ケーブルは遠くに行くほど青くなり、空の色に溶け込んでいった。はるか頭上には、宇宙への熱放射の結果冷却されたケーブルの周りで、雲が発生していた。ずっとその光景を見ているとやがて脳がそれを鉛直方向の眺めだと認識することを拒否し、危うく転びそうに成った。

 軌道エレベーターは地球が使用可能な中で最も効率のいい輸送手段だった。LEOや静止軌道やもとより、地球の回転を利用して砲丸投げの様に宇宙船を投げる事で、月や火星に行くこともできた。

 新兵たちはソフト・タイプの簡易宇宙服に着替えた後、手荷物検査を受けてクルーザーに乗った。途中、ポテトチップスを宇宙に密輸しようとした新兵が見つかったことを除けば、特に問題なく、搭乗は終わった。

 クライマーはそれ自体五階建てのビルほどの大きさが有り、内部は三層に分かれていた。訓練生たちの席はその最上階層の与圧部に用意されていた。下には、非与圧部、推進モジュールと続いていた。

 クライマーの車輪が回転を始めるとと、新兵たちは地球上のエレベータが加速を開始するときおなじみの、体が重たくなる感覚を感じた。ただし、今回はその感覚が二分ほど続いた。クライマーの窓からはアース・ポートが小さくなっていき、空が徐々に暗くなっていくのが見えた。

 クライマーは大気圏を抜け出し、高度四百メートルで停止した。この高度では、まだ地球重力は地上の九十パーセントは残っており、宇宙に来たという実感はあまりわかなかった。

 機器の最終点検を行った後、クライマーは九十度回転して真下に向いていた噴射口を西に向けた。座席もそれに合わせて九十度回転し、新兵たちは船首に顔を向けた。

 準備が整うとクライマーはケーブルから切り離された。自由落下が始まり、船内から重力が消えた。予め忠告を受けていたにも関わらず、初めて経験する新兵の中からは小さな悲鳴が漏れた。

 一つの宇宙船として機能し始めたクライマーは、推進モジュールを使って毎秒七千六百メートルにまで加速した。相変わらず自由落下は続いていたが、その軌道は地面と交わること無く、つねに地平線の向こう側へとつづいていた。




 加速終了後、新兵たちは、宇宙酔いで吐いたり、水分多寡と勘違いした脳の命令に従って排尿したりしながら、無重力に体を慣らしていった。

 基地がエレベーターの近くを通過するタイミングに合わせて出発したため、軌道速度に到達してすぐ、目的地である宇宙基地、フォートレス9を肉眼で確認できるように成った。しかし、そこからが長かった。相対速度を下げつつ距離を縮めていくため、距離が縮めば縮むほど、同じ距離を進むのに多くの時間がかかるようになっていった。

 目の前に基地が見えているのに、なかなかドッキングできないという非常にじれったい光景だが、ルイスはいつものこととあきらめ、この時間を使って基地の姿を観察することにした。

 今、宇宙船はフォートレス9に後方から接近していた。最も手前にはドッキングポートが見えた。そから奥に向かって、回転している重力区画、左右に広がる太陽パネル、建設途中のトラス構造が順に並んでいた。トラス構造の完成している部分には、計六機のS-2軌道制圧機が繋がれていた。

 重力区画は二本のアームで構成されている。一本のアームは縦に並んだ二つの円筒形モジュールと、その先端に接続された一つの膨張式モジュールで構成されている。遠近感が掴みづらかったが、ドッキングポートのハッチサイズから推測すると、円筒形、膨張式モジュールともに高さは二十メートルほどありそうだった。だとすれば、アーム一本は十二階建てのビルに相当する大きさが有る。

 太陽パネルは、その重力区画と比較してもはるかに巨大だった。ルイスは、発電した電力の大部分は噴射剤である水素の冷却に使用しているのだろうと、推測した。

 基地の中で最も遠くにあるトラス構造は宇宙船から見て十字に伸びていた。左右に伸びるトラスはすでに完成しており、六個の液体水素タンクとそれと対になったドッキングポートが設置されていた。上下に伸びるトラスはまだ建設中であり、巨大な長方形の覆いに隠されていた。

 突然、ルイスの耳に声が届いた。

「あの覆いは何のためにあるのかしら?」

 ルイスは声のした方向を見た。前の席に座っている、トルスタヤの声だった。最初は隣に座っているバードに話しかけたのかと思ったが、彼女は何も答えなかった。

 トルスタヤと目が合った。ルイスは先程の問いが自分に向けられたものだと気づいた。

「デブリ対策ですよ」

「あの厚さの膜でデブリが防げるんですか?」

「外からのデブリを防ぐわけでは有りません。作業中に落としたネジや工具が宇宙に漂いでるのを防ぐためのものです」

「ああ、なるほど。ありがとうございます」

 トルスタヤは視線を窓に戻した。

 その時、船内にアナウンスが行われた。

「まもなくドッキングです。衝撃に備えてください」

 ルイスは姿勢を正した。合成音声のカウントダウンの後、船体に軽い振動が走り、ドッキング完了のアナウンスが流れた。

 新兵たちは、下士官の支持に従い、順に基地の中に移動していった。重力区画を素通りし、基地を前方から後方へ貫く通路を進み、トラス構造の部分までやってきた。一番機から三番機に乗るものは右の、四番機から六番機に乗るものは左の通路に入った。五番機に乗るルイス・クイケン・ペアは左に曲がった。

 トラス構造の中に通された通路は、這ってようやく通れるほどの太さだった。とはいえ、無重力状態であるため、進むのにさして苦労はなかった。頭のなかで座標系を少し変えさえすれば、垂直の通路を登っていると思うことも可能であり、そう考えれば閉塞感もあまり感じなかった。

 通路の脇にある5と書かれたハッチを開た。

 そこにはシミュレーションで何度も見た、S-2の操縦席が有った。

「感慨深いものがあるな」

 そう言いながらクイケンはさらに奥に進んでいった。ルイスも続く。

 操縦席の奥には対辺長が四メートルほどの六角柱の空間が有った。いくつかの区切りによって、食堂(多目的室)、トイレ、二つの個室、倉庫に分けられていた。

 中央にあるのは食堂でその他の部屋はすべて、食堂に接続する形で配置されていた。食堂は船内で最も大きな空間だが、それでも、折りたたみ机と、二人の成人男性なんとか横並びで座れる程度の空間しか無かった。ただし、食事の時間が重なることはないため、一人で利用することを思えば極端に狭いわけでもない。

 二人はトイレと倉庫の内部を一通り確認した後、それぞれの個室に荷物をつめはじめた。個室といっても、少し大きめのロッカー程度の大きさしか無い。扉の裏側には睡眠時体を固定するための寝袋、奥の壁にはマジックテープとゴムバンドが帯状に貼られた棚が有った。ルイスは手荷物を解き、私物を棚に並べていった。地球上でマジックテープを貼っておいたため、作業はスムーズに進んだ。

 奥の壁の寝袋に入った時顔の正面に来る部分には、十七インチほどのディスプレイがひっかかっていた。事前の連絡によれば民生品のタブレットPCのはずだが、今は起動させている時間が無い。ルイスはリュックを壁に固定した後、扉を閉めた。

 横を見ると、クイケンが漂いだした私物を慌てて捕まえているのが見えた。

「何か有ったの?」

「いや、特に何がってわけじゃないんだが、荷物がうまく収まらなくてな」

「ある程度コツが有るんだよ。後で手伝うから今は操縦席に戻ろう」

「了解」

 二人はパイロット・スーツに着替えた後、操縦席に戻った。直後に通信機から声が流れる。

「この基地を預かるバルトだ。宇宙空間での教育を引き継ぐ。これから先はシミュレーションとは違い、命を落とす可能性がある。気を引き締めていけ」

「イエス・サー」

 新兵たちは通信機越しに声を揃えて言った。


 軌道エレベーターの描写はブラッドリー・C・エドワーズ、フィリップ・リーガン著『宇宙旅行はエレベーターで』および、佐藤実著『宇宙エレベーターの物理学』を参考にしました。

 本文中でフロートという言葉と浮体という言葉が混在していますが、どちらの言葉も同じものを意味しています。メガ・フロートを巨大浮体と表現すると光景をイメージしづらくなるよう感じたため、その前後の部分だけフロートという表現を使いました。


2014/05/14 全体的な文章表現の見直しと修正

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