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宇宙への旅

 四ヶ月のシミュレーション訓練を終え、ついに宇宙に上る時が来た。訓練所で過ごす最後の夜、新兵たちはアダルト・データの交換に勤しんでいた。

「くそ、もう空き容量がない。まだカードは残ってたかな」

 鞄の中からホログラフィック・メモリを探すクイケンをルイスは呆れた顔で見つめた。

「五十ペタバイトもあれば十分でしょ」

「厳選できてないから、実際に使えるのは一部だけだ。よし有った!」

 クイケンは新しいメモリを差し込むと、再びコピーを開始した。遅々として進まないプログレスバーを見ながら、クイケンがぼやいた

「機密のためネット接続不可はまだ分かる。しかし、だったら軍のデータベース内にアダルト・データも入れておいてほしいよな。資格や教養本じゃなく」

「各国の税金で、アダルト動画や画像を収集するわけには行かないでしょ」

「いやいや、大事なことだよ、これは」

 くだらない話をしていると、部屋のドアがノックされた。

 ルイスが返事をすると、ドアが開き、いつになく真剣な顔をしたスズキが入ってきた。

「少し、用があるんだがいいかな」

 ルイスは頷いた。スズキは相変わらず真面目な顔で言った。

「アダルト・データをコピーさせてほしいんだが」

 ルイスは全身の力が抜けていくのを感じた。

「そういう話題を真面目な顔でするのはやめてもらえませんか?」

 スズキは答えた。

「何を言ってるんだ。大事なことだよ。これは」

 クイケンが彼に無言で手を差し出し、二人は固い握手を交わした。

 ルイスは、予め打ち合わせでもしていたんだろうかと思いながら、データコピー用のケーブルをもう一本用意した。

「スズキさんはたしか既婚者ですよね?」

「ちゃんと妻の写真も持っているぞ。ハードコピーで」

 的外れな言い訳をしながら、スズキはデータのコピーを行い、礼を言って部屋を出て行った。




 翌日、新兵たちは軍用機に乗り北アメリカ大陸を発った。五時間ほど空を旅した後、一行は太平洋上のメガフロートに到着した。

 ここから先は飛行禁止区域のため船で移動する。フロートがあまりに大きいため、飛行場から港までの移動には車が必要だった。港につくと、案内を務めていた下士官は、待機を命じて一旦その場を離れた。

 港には何代もの軍艦が停泊していた。多くは各国から買い取ってきた旧式の輸送船だが、その中に一隻目を引く潜水艦があった。

 新兵の一人が言った。

「あれはニューヨーク級じゃないのか?」

 彼が指差す先には、海面から突き出されたトリムつきのマストが見えた。桟橋や他の船の影になって見づらいが、マストの下にはニューヨーク級の盛り上がった背中とその最大の特徴である楕円形のミサイル発射口が見えた。

 船体のほとんどが海中にあるため大きさを実感しづらいが、海面の奥に見える黒い影をたどっていくと、全長二百四十メートルの史上最大の潜水艦が、確かにそこに沈んでいた。

 待機中のため、私語を発する者は少なかったが、皆の目線はその船に釘付けになった。 ニューヨーク級の姿を直接目撃できる機会は少ない。機械だけに関して言えば、ニューヨーク級はその設計寿命が尽きるまでの六十年間一度の燃料補給も必要としなかった。寄港する事があるとすれば、それは五ヶ月ごとの人員交代のためであり、それも陸ではなくメガフロート上で行われる。

 あまりに巨大な船体ゆえ、陸上の港に停泊することは不可能だった。

 やがて、下士官が戻ってきて、新兵たちは船に乗船した。彼らにあてがわれた部屋はゆうに三十人は入れるであろう広い部屋だった。恐らく災害時に避難民を運ぶための部屋だろうと、ルイスは予想した。窓はなく、荷物や家具なども置かれておらず、六人の新兵とその手荷物だけではひどく殺風景に見えた。

 しばらく後、船のエンジンの振動と僅かな加速が始まった。下士官は到着は三時間後だと言って部屋を出て行った。

 それを待っていたかのように、クイケンが口を開いた。

「あんな物は正直無駄だと思う」

「あんなもの?」

「ニューヨーク級原子力潜水艦だよ。あれが仕事をすることが有るとすればそれは人類が滅亡するときだけだ」

 納得のいっていないルイスにクイケンは説明を始めた。

「月との戦争は、突き詰めれば核兵器の打ち合いだ。敵の核弾頭を防ぎ、自分の核弾頭を相手の頭上に落とした方が勝つ。実際に落とさなくとも敵の防衛設備を剥ぎとって、ミサイルを都市に突きつければそれでチェックメイトだ。相手にいうことを聞かせられる。とはいえ、お互い負けるのは嫌だから、いろいろ手は打ってある。それがミサイル防衛システムだ。何千機もの偵察衛星が星の周りの囲み、核ミサイルの接近を監視している。もし、敵がミサイルを撃ってきた時は、迎撃ミサイルやレーザー攻撃衛星が弾頭を破壊する」

 ルイスはクイケンの言葉を遮った。

「そこまで基本的なことから説明する必要はないよ。その防衛システムを破壊するためにこうやって訓練を受けているわけだしね」

「まあそう言うな、別に馬鹿にしているわけじゃない。常識だと勝手に思い込んでる部分で認識を共有できていなくて、何時間もムダにするのは嫌だからな」

 クイケンは、とは言え長すぎる前置きだったなと言った後、話を続けた。

「ニューヨーク級潜水艦があそこまで大型化したのは、月まで核弾頭を飛ばすためだ。実際のとこ、二十五メートルのロケットをつむためにかなり無理をしている。斜め向きに積んだり、背中を盛り上げたりな。地上基地が破壊されても反撃能力を失わないために必要だというが、それはつまり軌道上の防衛設備がすべて無効化されて、軌道エレベーターも宇宙船打ち上げ施設も潰されて、地下サイロやら地下トンネルだとかがすべてダメに成った時に初めて使うってことだろ。それは地球滅亡の同義じゃないか。その状況でミサイルが撃ち落とされず月に届くとは思わないし、仮に届いたとしたそれは人類が滅亡する時だ。あれは人類が地上で戦ってた頃の思想の遺物だよ」

 ルイスは核の冬が訪れた地球で、海面から黒雲に向かって昇っていく地対月ミサイルを幻視した。そしてすぐに、現実にそのような光景は起きようが無いとに気づいた。核ミサイルの雨が降ってから空が黒雲で覆われるまで数ヶ月はかかるだろう。実際のミサイル発射は、いつもと変わらない地球の空に向かって行われるはずだ。ただしその姿を見る人間は何処にも居ないだろうが。


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