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模擬戦(後編)

 スキナーは、熱圏の底に出現した、長いジェットの帯を見ていた。その映像は、偵察衛星から二つのマイクロサットを中継し、レーザー通信で送られてきた映像だった。

「ルイス・クイケン機は再加速を始めた。最終的に高度百キロまで落ちてたよ。なかなか勇気があるね。もし、極地方を飛んでいれば、オーロラを輪くぐり出来ただろう」

 クラメールは事務的な口調を崩さなかった。

「予想軌道は?」

 スキナーは仮想スクリーン上に天頂方向からみた地球を写し出した。ルイス・クイケン機の軌道を表す破線は、楕円を描いてスキナーたちの後ろで彼らの軌道に接した後、地球を一周して再び元の大気圏内に戻っていた。

「多分、頂点付近でもう一度噴射して、相対速度を合わせてくるだろう」

「その瞬間は観察できるか?」

「月と、偵察衛星の二箇所から観察できる」

「よし、今度こそ仕留めるぞ」

 スキナーは少し困った表情を浮かべた。

「私としては撤退を進めたいね。噴射剤が心もとない」

 クラメールは言った。

「持ってきた噴射剤の十パーセントを残しておけばいいんだろ?」

「軌道傾斜角が五度で、LEOからまっすぐ出発できる時はね。いざ戦闘になれば、どんな軌道を取るか分からないし、噴射剤の消費も予想できない。ここは撤退すべきだと思う。敵宇宙船に損害を与えて、自機を無事に基地に戻したらならそれで勝ちだよ」

 クラメールは首を横に降った。

「手傷は負わせたが修理可能なレベルだ。この程度の損害では意味が無い。敵が弱っている今こそ撃墜のチャンスだ」

「同乗している身としては、任務遂行より生還を優先してほしいね」

「心配するな。生還なんてケチなことは言わず、凱旋させてやる」

 スキナーはため息をついた。

「そこまで言うんじゃしょうがないか。スパイ衛星を再配置して、敵予想軌道の遠地点付近を監視させる。これで、衛星の噴射剤はゼロだ。次の会敵が終わったら、勝っても負けても引き分けでも撤退だよ」

「ああ、次の戦いで終わらせる」

 ルイスたちの船が噴射を終えたため、画面の光点はぼやけていき、徐々にヒートマップへと変わっていった。

 クラメールとスキナーの二人は遠地点での再噴射を待った。しかし、予想していた遠地点到達時間を過ぎても、ロケットの噴射は観測できなかった。

 クラメールが言った。

「見逃したか?」

「可能性は低いが……。念のため、確認してみよう」

 スキナーは船のセンサーログを引っ張りだした。軸を変えながらプロットやソートを繰り返して、違和感を感じる物体を探す。

「ん!」

「どうした?」

「この衛星、軌道変更が少しおかしいな」

 スキナーは自分たちの後ろを少し低い軌道で飛んでいる衛星を指さした。

「たしかに、軌道修正の回数がやけに多いな、だが熱核ロケットではない。ただの軍事衛星では?」

「軍事衛星にしては動きが重たすぎる。まるで、S-2がスラスターだけで無理やり軌道修正している様に見えないか」

「……確かにそうだな」

 スキナーはこの衛星の現在の軌道と位置を確認してみた。

「まずいな。あと三十秒で射程範囲に入る」

「なに!」

「確証はないが、ひとまずレーザー・フィンをこいつに向けておこう」

「ああ。大した時間稼ぎにはならないだろうが、減速して相対速度も合わせておくぞ」

 レーザーフィンは十数秒かけて回転し、不審な動きをしている衛星をロックオンした。同時に、船を回転させ。船首を軌道後方、衛星の方へ向ける。その状態で熱核ロケットをふかし、軌道を衛星の高さに下げた。

 衛星は軌道を変えず、そのまま射程範囲に突入してきた。

 事前のプログラムに従い、レーザーは発射された。反射波を元に、目標の三次元画像が生成される。それを見た二人は同時に叫んだ。

「デコイ!」

 その瞬間、自機の自動防衛装置が作動した。スキナーは機体後方を振り返った。

 ワイヤーフレーム表示された船体の終端。ロケットノズルにレーザーの至近距離被弾を表す赤い点が表示されていた。減速のためロケット噴射口のカバーを開いていたことが仇になった。回避運動をとる間もなく、ノズルとその脇にあるパイプに穴が開いた。船内に噴射剤漏れの警告音とメッセージが流れる。

 スキナーは落ち着いた手つきで、エンジンへの噴射剤パイプを閉鎖した。

「メインエンジン損傷。帰還は不可能だ。降伏を行う」

 クラメールは叫んだ。

「まて、まだレーザーは動かせる! せめて相打ちに!」

「それは無理だね」

 スキナーは通信機を操作しながら言った。

「さっき、デコイが軌道を変更した。衝突コースだ。今から、デコイをレーザーで破壊しても慣性飛行でこっちにぶつかってくる。メインロケットを破壊された以上、こちらに回避手段はない。生き残るには降伏して、彼らに衛星のデコイの軌道を変えてもらうしか無いよ。まあそもそも、二十秒かけてレーザー・フィンが百八十度回転するのを、彼らが黙って見てるとも思えないけど」

 クラメールは歯ぎしりした後、小さく諦めのため息をついた。

「……降伏だ」




 模擬戦を終えたルイスとクイケンは、待機室に向かった。そこではクラメールとスキナーが待っていた。ルイスの顔をみるなり、スキナーが言った。

「お見事です。非常に学びの多い戦いでした。よろしければ、ニ、三質問させて頂いてもいいですか?」

 ルイスは少し困惑しながら頷いた。

「私に答えられることでしたら。どうぞ」

 スキナーは感謝の言葉を述べた後で尋ねた。

「我々はあなた方の予想軌道をずっと追跡していました。しかし、貴方がたを見失い、次に発見した時は我々の軌道前方に居た。一体どんなトリックを使ったんです?」

 ルイスは満足気な表情を浮かべた。

「スキナーの目を欺けて誇らしいですよ。まず、私たちは、スパイ衛星で監視されている、という前提で大気圏内の噴射を行いました。しかし、それはフェイントです。直後に減速をかけ、低い軌道に移りました」

スキナーは首をかしげる。

「しかし、減速の噴射は確認できませんでした。先程も言ったように、我々は予想軌道をずっと監視していたんですよ」

「噴射は行っていません」

 スキナーは困惑の表情を浮かべた。ルイスはさらにヒントを出した。

「大気圏のある惑星でしか出来ない軌道変更方法が有ります」

 スキナーは気づいた。

「大気制動!」

「そうです。幸いS-2には巨大なレーザーフィンが有ります。大気圏内で角度を調節すれば、ブレーキングや揚力発生、操舵が可能です。軌道予測システムはある程度大気抵抗を考慮してくれますが、単純に断面積と速度に比例する形で抵抗力を計算しています。大気制動の結果までは予想できません」

 スキナーは驚きを隠せなかった。

「S-2は大気圏外専用機ですよ! 一歩間違えればレーザーフィンが折れて姿勢制御を失っていたはずです。まさか、あの短時間で制御プログラムを作ったんですか?」

 スキナーはクイケンを見た。クイケンは首を横に振ってルイスを見た。

 スキナーとクラメールもルイスを見る。

 皆から注目されたルイスは、少し少し困惑しながら答えた。

「まあ、制御は私が勘でなんとなく調節しました。それほど難しいことではないですよ」

 スキナーは絶句した。

 クラメールが口を開いた。

「難しいことだよ、それは」

 さらに続けて言った。

「俺からも聞きたいことが有る。お前の作戦は噴射の瞬間を見られていることを前提にしたものだが、なぜそう確信を持てた? スパイ衛星の位置を掴んでいたのか?」

 ルイスは首を横に降った。

「直接確認したわけでは有りません。それも、ただの勘……、と言うと少しいいすぎですね。一応根拠はあります。戦いの間、なんとなく違和感が有ったんです。まるで誘導されているような。もし、あの位置に私が行くと分かっていたのなら、監視の目も用意されていたはずです」

 ルイスはスキナーを見ながら言った。

「宇宙船の軌道は物理法則によってかなりの制約を受けています。だから、地上の戦いに比べればずっと予測しやすい。唯一の不確定要素は人の判断です。こればかりは予測できません。普通なら」

 スキナーはルイスの視線に気づき少し笑った。

「ええ“普通なら”無理ですね」

 その表情と言葉から、ルイスは確信した。

「わざと情報を流して、我々の行動を誘導しましたね」

「全てというわけではないですが、いくつかの行動はそうです。相手が見えない部分をどう想像で補うかは予想できません。しかし、こちらから情報を流せば、その不確定要素は無くなります。後は敵が、その情報を元に、勝つための最も合理的な手段を選択したらどうなるか、と考えれば、敵の取るであろう手を絞り込むことができます」

 クイケンが言った。

「自分の位置をばらしたとこから、俺達が大気に脚を突っ込んで逃げ出すとこまで全部予想していたってことか」

「全てでは有りません。私達は最初の会敵で、あなた方を落とすつもりでした。スパイ衛星はあなた方が逃げ出した時の保険です。まあ、予定とは違いましたがあの衛星が役に立ったことは確かです。あなた方の役にね」




 トーナメント方式で十五回模擬戦が行われたが、この五番機と二番機の戦いほど高度な戦いは他になかった。

 シミュレーションとはいえS-2で大気制動をやったということで、ルイスは開発チームからも注目された。そして、医療班からも。

「脳に異常?」

 教官のミラー大尉は資料に目を落としたまま尋ねた。

「はい。ただ、悪い意味では有りませんが」

 軍医は資料の中にある脳のMRI画像を指さした。

「彼の体性感覚野と空間認識を司る領域は常人の二倍から三倍の大きさが有ります」

「つまり? 結論を言ってくれ」

「仮想物体操作テストの結果も踏まえて考えると、彼は三.五次元のレベルで空間を認識していると考えられます」

 ミラー大尉は目を見開いた。

「三.五次元!?」

「三次元プラス時間です。一般的な人間はおよそ二.五次元と言われています。奥行方向はあまり正確に認識できていません。視差を再現するだけで奥行きが有ると錯覚してしまうのもそのためです。恐らく、彼は宇宙空間の物体配置とその未来の軌道をほぼ正確に頭のなかに思い浮かべられるでしょう。大気圏内でプログラムからの補佐なしの軌道制御を行えたのもそのお陰です」

 宇宙船操縦経験の有る、ミラー大尉はその凄さがよく理解できた。

「そんな事がありうるのか?」

「前例がないわけでは有りません。およそ十三歳ぐらいから宇宙船を操縦していた人間で同じような能力を持っている人物が発見されています」

「その歳で宇宙活動は労働法違反だろう。ゲームでもしていたのか?」

「前例というのは地球人の話では有りません。その人物について、これ以上詳しい話を私の口からすることは出来ません。もし、どうしても知りたいとおっしゃるのなら正式な書類を用意して、上から申請を通してください」

 ミラー大尉は首を横に振った。

「分かった。余計な好奇心を持つのは止めよう。下がってくれ」

「彼への追加テスト、よろしくお願いします」

「了解した」

 ミラー大尉は部隊メンバーの身元調査結果を引っ張りだした。ルイスの場合、十五歳から二十歳までの区間が『一人旅』となっていた。調査部はこの空白期間について調べていたが、プライバシーに関するという理由で詳細は秘密になっていた。ただ、書類には「いくつかの脱法行為は有ったが、思想、適正に悪影響を与えるものではない」と記述されていた。

「いくつかの脱法行為ねえ。ドラックぐらいかと思っていたが違法就業か。一体何を焦って、そんなに早く宇宙に行きたかったのかね」


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