パーティー
宿舎に戻る途中、ルイスとクイケンは、スキナーから話しかけられた。
「航宇隊メンバーの親睦を深めるためパーティーを計画しています。無事開催することができたら、ぜひ参加してください」
クイケンは首をかしげた。
「パーティー? 外出許可はおりないだろう?」
「教官を説得し、基地内でやる予定です。アルコールは期待しないでください」
「あの教官が許可を出すかな?」
「今は、宇宙軍をどのような規則で運営していくか手探りの段階ですし、うまく理屈をこねれば許可されると思いますよ。宇宙に出たらお互い顔を見て話す機会が失われるし、地上に居るうちに仲間意識を強めておくべき、とかね。人の心理を予測するのは得意なので、説得は私に任せて下さい」
「ふーん」
クイケンは興味なさげに答えた。
「ちなみにあちらのお二人は乗り気です。パーティーをするなら必ず参加すると言っていました」
スキナーは女性二人を手で示しながら言った。
クイケンは力強く言った。
「パーティー開催のためなら、どんな協力も惜しまない! 遠慮せずに言ってくれ!」
半分は冗談だが、半分は本気だった。
そして、一ヶ月後、本当にパーティーが開催されることと成った。
パーティーは訓練終了後、施設の食堂の一部を使って開催された。教官は最初の五分間だけ顔を出した。彼は去り際に
「決してハメを外し過ぎるな」
と釘を刺していった。
監視の目が亡くなった直後、男たちは一斉に女性ペアに群がった。物静かなバードは正直迷惑そうだった。トルスタヤは彼女をかばいながら男たちの相手をしていた。
女性ペアの所に行かなかったルイスは、隅のほうで談笑していたアジア系と中東系のペアに話しかけた。
「あなた方はムーン・レースには参加しないんですか?」
アジア系の男が尋ね返した。
「ムーン・レース?」
ルイスはトルスタヤ・バード・ペアとその周りの男達を指さした。
アジア系の男性が笑った。
「ハハハ、なるほど、うまい例えですね」
中東系の男性はルイスに事情を説明してくれた。
「私達は二人とも既婚者です。あなたもですか?」
「私は独身です。ただ、シャイなだけですよ。ここに座っても?」
ルイスは二人の許可をもらったあと、空いていた椅子に座った。座りながら二人の名前を必死に思い出していた。そんなルイスの内面を察したかの様に、アジア系の男性が自己紹介をした。
「私はスズキ、コパイロットです。彼はエセンベル」
「ルイスです。これまであまり話す機会がなかったですが、これを機会に親睦を深められれば幸いです。スズキさんは……、日本人ですか?」
「ええ、そうです。今はアメリカに帰化しているので、正確には日系アメリカ人ですが」
「エセンベルさんは……」
エセンベルが答えた。
「トルコ出身です。今も国籍はトルコですよ」
「そうですか。日本とトルコというと不思議な組み合わせですね」
スズキが頷いた。
「そうですね、地理的に遠いですし。私も日本でトルコの人と話したことは一回しかありません」
エセンベルが言った。
「初耳だな。その一回はどういう状況で話したんだ」
スズキは真面目な表情を崩さずに言った。
「アダルト・ショップで店員に英語が通じず困っていたトルコ人カップルを、私が案内した。あれかな、実はトルコの人たちってエロいのかな?」
「どう考えても、そのアダルト・ショップを作った日本人の方が、エロい!」
三人で笑っていると、クイケンが戻ってきた。
エセンベルが言った。
「月面着陸は失敗でしたか?」
クイケンは一瞬戸惑ったものの、すぐにその意味を察した。
「私は女性が嫌がるようなことをしない。着陸には失敗しましたが、これは”栄光ある失敗”です」
スズキが笑いながら言った。
「さすがですね。私も見習いたい」
エセンベルはクイケンに席を進めた。
クイケンが戻ってきたため、ルイスは以前から思っていた疑問を彼にぶつけてみることにした。
「クイケンは大学まで行って原子物理学を学んだんだよね」
「ああ」
「どういう経緯で、そこから宇宙軍に来たの?」
クイケンは頭を掻いた。
「経緯と言われてもねえ。まあ、不況が一番の原因かな。ロケットメイカーへの就職を目指していたが、月の独立運動のせいで、民間宇宙開発自体が下火に成った。とりあえず就職をってことで軌道エレベーター管理局の警備隊に入った。その後組織再編で宇宙軍に組み入れられたわけだ」
ルイスはさらに尋ねた。
「とりあえずの就職先で、なぜ警備隊を?」
「お前は面接官か? そういうお前はどうなんだ。なぜ輸送船の運転手が軍に?」
「僕?」
ルイスは少しの間目線を上に向けて、話を整理した。
「僕も不況が理由かな。最初に働いたのはデブリ掃除の仕事です。しかし、自動化によって仕事を失ってしまいました。次に始めたが輸送船の操縦です。これは割りと長く続いたんですが、法規制で会社が潰れてしまい、職場のつてで宇宙軍に入りました」
スズキが尋ねた。
「法規制というのは軌道汚染対策法?」
「そうです。会社も一年くらい粘っていたんですが、コスト増加に耐え切れなかったようです」
彼ら宇宙軍は月軍と戦うための組織だった。月と地球は今では冷戦状態だが、二年前に一度だけ、月が軍事行動を取ったことが有った。月はマスドライバーを使い地球の静止軌道と地球低軌道(LEO)に大量の岩石をばらまいた。それは軌道汚染作戦と呼ばれた。
地上への直接の被害はなかったが、インフラである人工衛星の大部分が失われた。地球はすぐに対策をとった。一つ目はレーザー衛星によるデブリの箕帚作戦。この時開発されたレーザー技術は今のS-2軌道制圧機のベースと成るものだった。
レーザー衛星の活躍により、大型のデブリは大部分が一掃された。だが一センチ以下の小型のデブリは依然大量に軌道を漂っていた。そこで軌道汚染対策法により、衛星打ち上げに規制がかけられ、対デブリ用の強化を施した衛星以外は打ち上げが禁止された。未対策の衛星を打ち上げると、デブリで破壊され、さらなるデブリを引き起こす危険が有ったためだ。
軌道汚染対策法は衛星開発と打ち上げのコストを増加させた。人々は高高度気球などの代替装置で急場をしのいだ。宇宙開発は下火になり、多くの企業が倒産した。
スズキが言った。
「では、実戦で彼らと戦えば、一種の復讐になりますね」
ルイスは首を横に降った。
「失業の恨みで人を殺そうとは思いませんよ」
あらかじめ用意してあったかのように、滑らかな口調だった。
エセンベルが私からも質問いいですかと確認した上で言った。
「ルイスさんはずっと宇宙の仕事を続けてきたと聞きいています。今年で何年目ですか?」
エセンベルは、最初のシミュレーションで撃墜を成功させた二ペアのうちの一つがルイスたちであることを知っていた。そして、自分が彼らの様な運転が出来るように成るまでにどれくらい時間がかかるか知りたかった。
「十年くらいですね」
ルイスの言葉にクイケンは疑問を感じた。
「まて、お前今年で二十五歳だろう。十年だと、十五歳から宇宙に居たことに成るぞ」
「あ!」
ルイスは目に見えて焦っていた。宇宙での仕事は放射線被曝の可能性が高いため、二十歳未満の年齢での就労は法律で禁止されていた。
「えっと……、ごめん勘違いだよ。ホントは五年くらい」
「……そうか」
クイケンはルイスの態度に違和感を感じたが、それ以上の追求はしなかった。
2014/05/14 全体的な文章表現の見直しと修正