第55話:現実
嵐をかまえた疾風は、早鐘のように打つ心臓を静めようと数回の深呼吸を繰り返す。
上野を見ると先ほどまでの苦しみは治まったようだが、その瞳には正常な光は無く白く濁った瞳へと変化していた。
このままほっておけば、上野は狂い無差別に人を襲うだろう。それが感染者が辿る末路。
東京に来てから初めて知り合った人だった。とても真面目な人々の生活を守る警察官。その人が人々を襲う。きっと感染した本人が一番嫌悪する行為。
一族の人間にも任務で感染し、狂う人間がでる。その時は側にいた者がその命を終わらせてやるそれが情けだ。感染した人間の誇りを守る為の。
一族の人間として各軍に属し任務をこなす者にとって避けては通ることが出来ない道。人の命を絶つという重い十字架を背負い扉を守ることが自分達の使命。
「はははっ。分ってはいたけど、手が震えるな。でも、俺がやらなきゃ」
短い付き合いだけれど、せめて知り合いである自分が命を絶ってやることが救いになるのならやらなければ。
再度、深呼吸し剣を握り治す。
フラリと上野が立ち上がるのが見えた。
やるしかない。せめて苦しまぬように一撃で終わらせなければ。
「やーーーーーーーーーっ」
疾風は剣を構えて声を上げながら走り、その勢いのまま剣を上野の体へと刺す。
ブスリ。
剣が人の身へ突き刺さる感触がする。
修行とは違う生身の人の感触。どうしようもない嫌悪感と共に疾風の両目からはとめどなく涙が溢れた。
「ごめん、上野さん。ごめん・・・・・・・・」
「・・・・・い・・・・・・・いい・・・・・・んだ。・・・・・・・・あり・・・・・・・・が・・・・・・と。・・・・・・・すまない・・・・・・・」
疾風が剣を引き抜くと上野の体はそのまま後ろに倒れて行った。
ドサッ。
剣を鞘に戻し上野に近づき顔を覗き込むと心なしか笑みを浮かべているように見えた。
「・・・・・・・・・これが任務だもんな」
疾風は、その場にしゃがみ込み力なく呟いた。
コトッ。
何かが落ちるような音がしたので見ると上野のポケットから黒い玉が転がっていた。
「何だよ、これ」
「触るな、疾風」
再び姿を現した薫は、疾風を制し自らその玉を手に取る。
「これは・・・・・・・。闇玉?」