第3話:朝の風景
「疾風、そろそろ起きないと遅刻よ。」
階下から聞こえて来る母親の声。起きなければいけないのは分っている。分ってはいるが眠いものは眠い。それでも、起きようとは努力しているのだが、瞼を上げることができないのだ。
コンコン。
遠慮がちにドアをノックする音が聞こえると、一人の少女がドアから顔を出した。
「疾風、遅刻するよ。」
声を掛けては見るが、布団の中の疾風に変化は無い。
少女は、ため息をつくと部屋に入り、部屋のカーテンを全開にする。この部屋の窓は東向きにあり、この時間は目を開けるのが辛くなるほどに光が注がれるのだ。
「ううっ、まぶしい・・・・・」
そう言うと頭がすっぽり隠れるまで布団を被り、疾風はまた眠りの世界へと戻ろうと試みるのだった。
その様子を見た少女は、制服の袖を捲くり上げると、布団を勢いよくはがす。
「いいかげんにして。今日は、卒業式なのよ。」
「うあっ?・・・・・はよ。」
「はよ、じゃないよ。疾風、時計見なよ」
「・・・・・・時計?」
疾風は、枕元にある時計を目線の先まで持ち上げると、大きく目を見開いた。
「・・・・・・八時!?」
「あたし、先に行くね」
「えっ、待てよ。雪!・・・・痛てーーーーーっ」
慌てて立ち上がろうとした、疾風は、足元にあった、本の角を思い切り乗り上げ激痛に襲われる。
「バカ」
雪は、そう言い残すと廊下に置いたままのカバンを手に取り、階下へと向かって行った。
あまりの激痛に、疾風は、床を手で思い切り叩き、積んであった本の山が第二波として疾風を襲う。
「げーーーーーーーっ」
そんな疾風をよそに玄関からは、雪の「いってきます」という声が聞こえてきた。
「待ってくれよ」
疾風は布団から飛び起き、かけてあった学ランに身をつつみカバンを手に取り洗面所へと駆け込み急いで身支度を整え、雪を追いかけた。
自宅から学校までの道を半分まで行った所で疾風は、雪に追いついた。
「まっ、待てよ。雪」
「ちゃんと起きないからでしょ?」
雪は、疾風の双子の妹である。身長は、150半ばでストレートの黒髪を背中まで伸ばした和風の愛らしい少女である。
「ちょっと、最後の日くらいボタンを閉めなさい」
そう言って、雪は疾風の制服を直し始める。
藤堂 疾風は、170にとどいたばかりの体格に、肩につくかつかないかの長さの髪を無造作に紐で縛った少年である。
この双子のやり取りはこの村では有名で、しっかりものの妹とやんちゃな兄として誰もが知る存在だ。
この日は、2人の中学の卒業式だった。この村の人間にとって中学を卒業するというのは大きな人生の転換期でもある。それ故に晴れがましい日こそ、きちんとしたかったのにと雪は思うのだった。
何故、まだ15歳という若さで人生の初の山場を迎えるかというとそれは彼らの特殊な事情によるものが大きい。
そして、疾風にとってこの日は大事な、いや出来るなら避けたかった運命の始まりの日になるのだった。
主人公登場となりました。少しばかりやんちゃな少年の予定です。