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贈る日々へ  作者: 緋月
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そして

『あなたは叶えたい事がありますか?』


「…別に」


『それは何故?』


「…別に理由なんて無い」


『あなたは何がしたい?』


「何もしたくない、我は───私は何も無い」




ここはしがない街の一角にあるとある路地。

東京都内ほど煌びやかでもなく地方の田舎町ほどゆっくりとした時間に包まれていない、平均的な住みやすい場所にある、とあるビルを目指し我は歩く。

先程仕事が無事に終わり、我が住む場所へ帰る最中なのだが、ふと思う事がある。

人は本当に自分勝手で傲慢である、と。

我の仕事柄いろんな人間と出会っているのだが、誰一人としてその例に洩れない。

当たり前の事なのだと思うのだけれど、ここまでのものとは想像していなかった。

誰もが荒唐無稽な妄想で他者を蔑ろにし、誰もが絵空事な空想を他者に押し付ける。

自分だけが絶対であり、自分だけが有利であり、自分だけが正解にしようとする。

己の都合しか考えず己の利益しか望まず己の欲望だけに忠実に動く。

シンプルな行動原理ではあるのだが、シンプルすぎて正直に言ってしまえば気持ち悪い。自由という名の魔物は、効果があればあるほど牙を剥く───人の道を外れる。

《人の道》を既に外れている我が言えた事ではないし、何を持って《人の道》なのかも定かではないけれど…

その道を外れた産物が《我》であることは変わりない。

そんな不毛な考えを抱きながら歩いている我の視界に目的の場所が映る。

我が寝床にしているビルがボロボロの外装を露わにしてそびえ立っている。

綺麗でも汚くても何でも良いと感じつつ、そのビルへと足を運ぶ。そしてその中にある、とある部屋へと入っていく。

するとアナログ時計のカチカチと動く秒針に揺られながら、暇を満喫している人物が視界に入り込んでくる。

十畳ぐらいの決して広くない空間に、テレビや冷蔵庫、机やら棚やらが詰め込まれているため生活感が凄まじい。

その中でボケっとソファの端に座り、物思いに耽っている人物を横目に、我も同じくソファの反対側に座る。

この男はその有り余った時間を有効活用するべきにも関わらず、ダラダラと一人の世界にドップリ沈んでいるんだからタチが悪い。

我が仕事から帰ってきたにも関わらず挨拶すら無い始末だ…どうしてくれようか?

ジーっと目線を向けても相手は気付かず、話し掛けてもその言葉は相手に届かず宙を舞い消えていく…本当に何様なんだ、この男は!

気に食わない…我を無視するなんて絶対にあってはいけないはずなのに!!!

こうなったら気付くまで話し掛けてやる…我のしつこさを舐めるなよ…

「…今日は良い天気だね」

「………」

「…お昼寝したくなってきたなぁ」

「………」

我の超絶面白トークを無視するなんて…しょうがない、奥の手を見せてやろう。

その名も『相手の内容に合わせよう作戦』だ!!!…ふふふっ、完璧すぎる。

相手の考えている事を予想し、呟いている事に質問を投げかける。すると、相手は無意識に反応するという流れ…やはり我は天才か!?

………よしっ!

「………」

「………」

「………」

「………」

「…のために此処にいる。」


きたあああああ!!!この時を待っていたのだ!…くらえっ!!!


「…何のためだって?」

「うおぉっ!!!」


隣で座っていた男は体をビクッと反応させ、ようやく我の存在に気付いた。遅いわ、本当に…オコだよ!?

そんな訳で、我を無視した戦犯にチクチクとスパイスの効いた対応をしてストレスの解消に勤める。

この男は何故か我に敬語で接しているが良い心掛けである。我との立場を弁えているのはなかなか賢い。この神聖なる我を敬うのは当然であり凡人の義務である。超絶な我は───


「ほらっ、飯出来ましたよ!余り物で作ったんで大した料理じゃないですけど」


ふふふっ、この従順なる駄犬はようやく我への貢ぎ物を用意したか。遅いは遅いが、まぁ今回は許してやろう。

「早く来ないと全部食べちゃいますよー?」

「…まっ、待てぃ!!!」

「『待てぃ』って…時代劇好きなんですか?」

「…ふふふっ、時代劇は素晴らしい」

「例えば?」

「…あのバシュって感じが堪らない。特にアレのソレが凄くてココのシャキーンな場面がドキューンで───」

「もういいです。あなたが時代劇を知らない事が証明されたんで…」

「…し、知ってるもん!」

「はっはー、そうですね。知ってる知ってる」

「…ぐぬぬ」

「『ぐぬぬ』って、その表現って現代にまだあったんですね…」

「…わ、我を崇めよ!」

「急に意味不明な発言しないで下さい」

「…我に従え、我を敬え、我を奉れ」

「強めなお薬出しておきますね?」

「…我に媚びろ!」

「媚びるだけで良いんだ!?」

この男は…我との立場を本当に理解しているのか!?失礼な駄犬だ!

「…態度はアレだが、料理は美味しいんだからね、勘違いしないでよね」

「はぁ…ありがとうです」

しまった…ツンデレ風に暴言を吐いてやろうと思っていたが、なんか普通に褒めてしまった。なんたる不覚…

「そういえば俺が此処へ来てそろそろ一年になりますけど、なんか相変わらずのダラダラですよね?」

「…もう一年になるんだ。へぇー(急に話変えやがって)」

「悪意ある反応ありがとです。俺からしたら思う事が色々ある一年でしたね」

「…そう」

「あなたは一年前から変わらないですね…その物事に関心が無いような無表情で、何を考えているのか分からない返答…」

「…何か問題ある?」

「いえ、別に」

失礼な男だ、全く…礼儀ってものを知らないのだろうか?我が傷付いたらどうするんだ?

「まぁ個人的には色々と話があるんですが、それはまた後で。とりあえず食べ終わったら、食器とかちゃんと洗っておいて下さいね?」

「…我に皿洗いをされる気か、小僧よ?」


「甘えんな」




このふざけた男が此処へ来て一年。

我が此処へ来て、どれだけ経ったのであろうか?

記憶の引き出しには記録は残されていない。

気付いたら此処にいて、気付いたらこの仕事をしていた。

ふざけた男は何かしらの理由で、自ら此処へ来たらしいのだが…


我───私は何故此処にいるのだろうか?


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