1-3 少女
更新が遅れて申し訳ありません。
次の話はなるべく早く投稿したいと思います。
今回の点検ではどの車両にも異常は発見されなかった。
走行を再開した魔導車は行程を順調に消化、まだ日が高いうちに目的地の村にやって来た。
村自体が街道を挟み込むように作られている。村のでは入口にゲートはあったが昼間は開け放たれる習慣のようだ。
あの扇村に比べると規模としては大差ないが、こちらの家にはあばら家と呼べるものは少ない。どの家も手の込んだしっかりした造りになっている。
「小金村、とあります」
ラシャちゃんが看板を読んだ。
「小金って、ここの村の人は謙虚なのかな?」
「いえ、稲作を主体にする村には『金』の文字を使うことが多いそうなので、その為ではないでしょうか」
ラシャちゃんは時々ひどく物知りだ。
三台の魔導車は村を東西に貫く街道を走り、村の中央の広場を当然のように占領した。
僕は無意識のうちに、ダンスバンたちが銃を構える姿を想像した。
銃をとって魔導車の周辺を警戒、銃口を村人たちに向けるだろうと。
村人たちは息をひそめて家の中に閉じこもり、よそ者たちが通り過ぎるのを今か今かと待つだろうと。
実際には最初に停車した3号車からは僕の知らない弦楽器が陽気な調べを奏で始めた。小太鼓の拍子がそれに追従する。
蒼き風のメンバーは警戒する様子もなく車から降りる。手に持っているのは武器ではなく木や竹の棒や布の束、天幕の設置を始めるようだ。
村人たちは魔導車をよけて広場からいったん退去した。これまた恐れる様子もなく戻ってくる。
村の有力者らしい老人が、バードラ団長と話している。一般の村人たちが団員たちと口々に挨拶をかわし、魔導車に近づきすぎた子供が怒られている。
どちらを向いても笑顔、そして笑い声。
車から降りた僕はそれを唖然と見まわしていた。
「こんな楽しそうな村、はじめて見た」
僕は嘆息する。
僕が訪れること自体が平和を乱す行為だったので当たり前だが。
「村が笑っていますね」
ラシャちゃんは目立ちたくないのか自分の金髪を気にしている。僕は日よけの帽子を見つけてかぶせてあげた。ちょっとぶかぶかだが、大きな問題はないだろう。
「ありがとうございます。兄様はこの村まで来たことはなかったのですか? 兄様なら歩いてでも来れない距離ではないと思いますけど」
「それは、ね」
僕は言いよどんだ。これはあんまり言いたくない。
純真な瞳で見上げられて降参する。ま、見栄を張るほどの事でもないか。
「平地にいると不安になるんだ」
「はい?」
「山から下りると遮蔽物が無いじゃないか。狙撃手の射線に全身をさらしたまま一日中歩き続けるなんて、僕には耐えられない」
「そうなんですか…」
さすがのラシャちゃんも呆れて言葉を見つけられない様子。
「一度だけね、夜に歩いて平地の村に行ってみたことはあるんだ」
「その結果はなんだか予想がついてしまいます。夜陰に乗じて近づいてくる人を見かけたら、誰だって警戒します」
「そう、撃たれたよ」
ため息をつかれてしまった。
「兄様って何でもできるように見えるけど…」
「失望したかい?」
「いいえ、むしろホッとしました」
「?」
なぜそこでホッとしたなどという言葉が出てきたのか、訳が解らない。
ラシャちゃんが僕に近づいて来たのは、僕がまつろわぬ者の大人たちより格段に無害で、それでいてそれなりの力を持っていたためだろう。
僕は自分の身が危うくならない範囲でなら子供たちのことを守っていたしね。
その僕に近づいてより大きな保護を引き出そうとするのは、生存戦略として間違っていない。
その程度のしたたかさがなければ、あの場所で僕に次ぐ年齢になるまで生き残り続けることは不可能だっただろう。
しかし、どう考えても「僕が思ったより無能だった」ことが彼女に有利に働くとは思えない。
ま、いいか。
他人の考えていることがすべて理解できると思うほど僕はうぬぼれていない。
ラシャちゃんが僕を捨てる気がないのなら、それで十分だ。
彼女と一緒にいるのは楽しいし、彼女を助けたり望みをかなえてあげるのは僕にとっても大きな喜びとなる。
そして何より、彼女が別の男に媚を売っているところなんて、絶対に見たいとは思わないからね。
私の名前はラシャ。12歳の金髪の美少女です。
本当はもう少し長い名前があるのですが…。え? 貴族としての家名があるのかって? いえいえ、そんなものではありません。あるのは種ぞ… ダメダメ、これはまだ秘密です。美少女には秘密が多いものなのです。
私のことを「美少女とは言えない」って言ってた誰かさんはいましたが、そんなことは忘れましょう。
まつろわぬ者につかまっている間は顔も髪も命と体を守るために汚せるだけ汚していました。そんな状態での外見評価なんてあてになるはずがありません。ないったら無いんです。
発育不良とかどこかがまったいらとか、そういう言葉も禁句です。
それは、飢えに苦しめられていた結果であって、きちんとご飯を食べられる今となってはもう関係ないのです。私はこれから出るところは出た、華麗なる美女に育っていく予定なのです。
まだ手遅れではないのです。
それにしても、お兄様には困ったものです。
お兄様は基本何でもできます。
銃を撃たせてもナイフでの格闘戦でも、そこらの大人では相手になりません。
一番得意な細工物に至っては、その道何十年のベテランでもかなわないような見事な工芸品を作り上げます。
ほとんど文盲である、というのは確かに弱点ですが、書物など見る機会もない暮らしをしていたのですからそれは致し方ないことでしょう。お兄様ならその程度のハンデはすぐにも克服なさるはずです。お兄様はそれだけの能力を確かにお持ちですから。
ですが、お兄様には大きな問題もおありです。
お兄様には人の心が解らない。
別に冷血漢ではありません。
解らないといっても、人の些細な動作から何を意図しているのか察することはおできになります。
実際、先ほど私のために帽子をとってくださったことは、とっても嬉しかったですし…
でも、お兄様には私の「好き」という感情がお分かりにならないようです。
他人から好意を向けられても気づかない。
他人から悪意を向けられても、それが実際の被害となって表れるまでは悪意だと分からないようです。
それでいて私から助けを求められると嬉しそうにするのです。時々、お兄様はマゾなんじゃないかと思うことがあります。マゾでないまでも、将来悪い女の人に引っかかって騙される素質は十分です。
私がしっかり見張っていなければ。
誰ですか、私がその悪い女だと思ったのは。
「お兄様、これからどうしますか?」
「そうだね。まとまった時間があればやってみたいことはいくらでもあるけど」
「例えば?」
「魔法関係の修行とかね。自己回復魔法はここまでの道すがら何度か試してみたけど、目に見えてわかるほどの効果はないみたいだ」
兄様が足首に魔力を集めていたのは私も気づいていました。どうやらうまくはいかなかったようです。
「自分でやってみるとあのクルナフの偉大さが良く分かるね。生きた肉体のコントロールなんて、いったいどうやってやればいいのか…」
「あの妖怪を尊敬しているのですか?」
「魔法の能力だけはね。もう死んじゃった、というか自分で殺した相手だし、いつまでも憎んでいても仕方がない」
正論かもしれませんが、普通はそこまで簡単には割り切れませんよ。
「回復魔法を身に着けられれば何よりですが、今はそれよりメルケラン師との約束のほうが緊急の課題では?」
「それも考えてはいるけど、使わせてもらえる旋盤とかいう道具の能力が解らなければそちらも限界があってね」
兄様は3号動力車と鍛冶車両の両方に目をやります。
3号車からは陽気な音楽が流れてきます。屋根の銃座で小太鼓をたたいているのはカインさんでしょうか? ダンスバンさんは御者台、運転席で楽器を手にしている様子。張りのある歌声まで聞こえてきました。あの人は歌い手としても一流のようです。美形なのは伊達ではない、といった所でしょうか?
鍛冶車両には早くも壊れた農機具が持ち込まれています。すでに修理の依頼を受け付けているようです。メルケラン師もしばらくは手が空かないでしょう。
「そうなると、あとの問題はお金ですね」
「あの筋肉ダルマ…」
私が睨みつけると兄様はしぶしぶ言い直しました。
「メルケランとやらが言っていたクルナフ撃破の報奨金だね。バードラ団長も今は忙しいだろうし、それも夕食時で良いんじゃないかな。ダンスバンたちと山分けのようだし、そっちに話を通しておく必要はあるけど」
「そうですね」
「クルナフの死んだふりを見破れたのはラシャちゃんのおかげだから、そのあたりもしっかり請求しないとね」
私のことは別に問題ありません。どうせ兄様の財布は私の財布も同然ですから。
そういえば、兄様は財布なんて持っているのでしょうか? 持っているはずありませんね。明日の買物は財布を買うところからはじめなくてはならないようです。
なんだか、だんだん不安になってきました。
「兄様、つかぬ事をお伺いしますが、お金って何か本当にご存知ですか?」
「品物や仕事と交換できるもの、だろう」
良かった、お金という概念ぐらいはご存知のようです。
「略奪の時にたまに見かけた、どんなものかは知っている」
「では、買い物をした経験は?」
「…楽しみだ」
今「ない」という言葉を省略しましたね。
いえ、私だって近所までお使いに行った経験とか、両親が値段の交渉をしているのを隣で見ていた経験ぐらいしかありませんが。
でも、今解りました。
兄様は将来悪い女に騙される前に、この村で有り金を残らずむしりとられます。これはもう確定事項といってよいです。
「ハルゾ兄様、一つ忠告しますが、買い物に行かれる時には私か誰か信頼できる人と一緒に行ってください。初めての買物を一人でやるのは無謀です」
「高いものを買わされたりかい? 大丈夫だよ。ラシャは心配性だな」
その自信の根拠を知りたいです。
「初めての経験でミスがあるのは想定内。この蒼き風にいれば食事や着るもの寝る場所の心配はいらないからね。仮にお金を全部失っても大きな問題にはならないよ」
失敗が前提ですか。
訂正します。自信のそんな根拠は知りたくもなかったです。
私が兄様にとって有益な存在だと実感できるのは悪い気分ではありませんが、兄様は思った以上に手のかかる男のようです。