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銃と魔法と機械ヲタ(未完)  作者: 井上欣久
第一章 旅の始まり
8/27

1-2 意地

 7月1日。今回のトピック、追加しました。

 昼の休憩の時間は実はかなりあわただしい。

 簡単に腹ごしらえして厠を使い、各車両の点検を行う。

 通常の馬車とは規格外に大きな乗り物だけに、ここで異常が発見されることは珍しくないようだ。昨日の昼休憩では車体をジャッキで持ち上げて部品の交換をしていた。

 長期の旅に備えて1号車は部品製作用の鍛冶車両まで引いている。

 自前での部品の調達だけでなく、辺鄙な村に立ち寄った際には日用品の修理なども請け負っているそうだが。


 そして僕が何をしているかというと、妙にアルコール臭のする女医さんにつかまっていた。

 この匂い、消毒用だよね。飲んでるわけじゃないよね。

 足首の湿布を取り換えてもらい、乱暴に触診される。「乱暴な触診」のほうが主目的に思えるのは僕の被害妄想だろうか?

「今日は無理していないようね」

「大丈夫です、セルセト様。私がしっかり見張っています」

「ご苦労様。…ラシャちゃん、あなたも本当に苦労するわね」

 苦労するのは僕のほうではないだろうか?

「どうですか? まともに動けるようになるのにどのぐらいかかりそうですか?」

「そんな事、私に解るわけないでしょう」

 いや、あなた医者でしょう?

「僕がきちんと自重すると仮定した上では?」

「そこは仮定でなく約束しなさい。一般的な平民が安静にしていればひと月からひと月半といった所ね。あなたは魔力持ちでしょう、それより短くしたかったら自力でどうにかしなさい」

「回復魔法なんてつかえたことはありませんけど…」

「そうですよ、お医者さんなら治療用の魔法ぐらいないんですか?」

 女医さんは僕とラシャちゃんを怪訝そうに見つめた。

 僕たちはそんなにおかしなことを言っただろうか?

「そういえば、あなたたちの魔法は独学、なのよね」

「独学というか、気が付いたら使えるようになっていただけです」

「私もそんな感じです」

「つまり魔法を感覚的にしか理解していないわけね。いいでしょう、少し教えておきましょう」


 セルセトとかいう女医さんは居住まいを正した。

 どこか遠くを見るような目つきで言葉を紡ぐ。

「まず、魔法による回復だけど、魔力持ちなら自分の身体を無意識にでも回復させる場合が多いわ。本来なら完治まで一週間かかる傷が三日で直るとか、そのぐらいならね」

「文字通り、魔法のように、治ったりはしないわけですね」

「即死しない限り、負傷を一瞬で治して戦い続ける豪傑。なんて人もたまにはいるらしいけどね」

 あのクルナフもそんな感じだったな。

 あいつの場合は単なる回復にはとどまらなかったわけだが。

「で、ラシャちゃんご所望の私の回復魔法だけど…、一応はあります。だけど使えません」

 ?

「魔法というものは基本的な性質として、他人にはかけづらいの。魔力をほとんど持っていない相手ならともかく、実用レベルの魔法が使える人にはまず無効化されるわね」

 そういえばクルナフも、僕に認識阻害の魔法が聞かないのが当然、みたいなことを言っていたな。あれはそういう意味だったのか。ようやく話が見えた。

「もちろん例外はあるわよ。魔法をかける側、かけられる側の間によっぽどの実力差があったり、強い信頼関係がありさえすれば何とかなる場合もある。でもね、ハルゾ君。あなた、私のことを信用してないでしょう」

「否定はしません」

 信用どころか、負傷箇所を無防備にさらけ出すなど身震いするほどいやだ。

 これは相手がだれであっても変わらない。治療を受けている間も、いつでもナイフを抜いて相手の首をかき切れるように身構えていた。

 女医さんはおそらく筋肉の緊張からそのあたりのことを読み取ったのだろう。

 彼女は気を悪くした様子もなく続けた。

「付け加えるなら、この無効化は本人だけでなく本人が自分のものだと思っているものにも有効よ。だから戦闘中に敵が持っている武器に魔法をかけをかけたりはできないし、走行中の魔導車に魔法をかけようとしたら操縦手や同乗しているメンバー全員分の無効化を突破しなければならない」

「防御側が複数になることもあるのですか…」

「そうよ」

 セルセト女医はなぜかにっこりと微笑んだ。

「だからね、ハルゾ君に魔法をかけようと思ったら、ハルゾ君とラシャちゃん二人分の護りを突破しなければならないの。これはちょっと難しいでしょう」

 僕の意思は無視されるわけですね。

 真っ赤になってうつむいている女の子は、とりあえず見なかったことにします。




「授業は終わったか、セルセトよ」

 いきなりかけられた野太い声。

 声をかけてきたのは簡単に言えば、ご老体の筋肉ダルマ。

 背は低い。下手をすれば小柄な僕より低いぐらいだが、筋肉の量は比較にならない。体重は僕の2倍近いのではないだろうか? 見事な顎鬚をたくわえ、腰から大量の工具をぶら下げている。

 この人の名はメルケラン、魔導車の整備の責任者をやっているお偉いさんだ。

 

 睨まれると厄介そうだ。

 僕は一応頭を下げておいた。

「終わったなら、この小僧、借りてゆくぞ」

 え、僕?

「いいけど、ラシャちゃん、ついて行ってしっかり見張っていてね」

「ハイです」

「女子供は来なくていい」

「いいえメルケラン師、言わせてもらいますが彼はまだ怪我人です。足に負担をかける作業は禁止、殴り合いも禁止、殴らせるのも禁止です」

 二つ目と三つ目の禁止事項はいったい何ですか?

 この人は相当の危険人物?

 というか、この筋肉の塊と殴り合いなんて、絶対にやるつもりはない。これと格闘戦をやるならナイフを持って急所を狙わなければダメージが通らないだろう。

「儂のことを危ない奴のように言うな。殴らせるなんて、そうそう何時もはやらせんわ」

 いや、その言葉だけで危険人物認定させていただきます。

「話し合いだけならこの子が付いて行っても問題ないでしょう。…ラシャちゃん、この人は見かけほど怖い人じゃないから安心していいわよ」

「知っています。メルケラン様、先日はどうもありがとうございました」

「何かあったの?」

 僕の知らないうちにこの筋肉ダルマと知り合う機会なんてあったのだろうか?

 僕の疑問に筋肉は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「儂らに子供たちを守らせたのはお前じゃろうが」

 ?

 僕が視線で問うと、ラシャちゃんは補足説明した。

「あの夜、ハルゾ兄様に誘導していただいた家の中にメルケラン様たちがいたのです」

「おかげで儂らは子守をする破目になった。儂が戦場に出ていれば、南の妖怪とやらごとき、木っ端微塵にしてくれたものを」

「そうだったのですか。それは、ありがとうございました」

 僕は今度は本気で頭を下げた。


「少し歩くぞ」

 僕らは手を振る女医さんに見送られ、その場を離れた。

 僕は両手で杖を突きながらの移動なので、そんなに遠くまではいけないが。

「小僧、ずいぶんとわしらの作業に興味があるようだな」

「はい」

「昨日の車軸の交換作業、事細かに観察しておったろう」

「あれは勉強になりました」

「気に入らんな、小僧」

 筋肉ダルマの声がいきなり凄みをおびた。

 眼光鋭く睨みつけられる。

 両手で杖を突いたまま戦うにはどうすればよい?

 さすがにこの杖に武器を仕込んだりはしていない。そんな暇はなかった。

「そのすかした態度、それは仮面だろう。本音で応対せぬか」

「僕が本音で話すと、いらぬトラブルを呼び込むもので」

 まさか、筋肉ダルマ殿、と呼びかける訳にもいかない。

「構わぬ。トラブルを起こしてみよ」

「では遠慮なく。…というか、そうやって本音で殴り合いをやりたがっているのですか、あなたは?」

「男と男が解りあうには良い手段だ」

「僕はごめんです。相手を殺さないのを前提にした素手の勝負なんて、勝ち目がない。急所を蹴り上げたり、目を抉り出したりできれば少しは違いますが」

「お前にそれを許可すれば、わしと戦ってくれるか?」

「僕のほうは別にかまいませんよ」

 頭の中で勝ちパターンをいくつか構築する。

 こちらだけ反則許可なら、もう一段階上の反則をするのが一番だ。具体的にはナイフを抜く。

 殺さないのを前提にするなら狙うのはあの見事な髭。大事に手入れしている様子のあるあの髭を切断すれば、多大な精神的ダメージが期待できる。

「ダ、メ、で、す」

 金髪の般若が降臨した。

 可愛い顔を別の意味で真っ赤にして僕たちの間に立ちふさがる。

「喧嘩しちゃダメです。お医者様に言われたことをもう忘れたのですか」

 メっと怒られた。

 一言もない。


 筋肉喧嘩馬鹿も憮然としていた。

「ところで小僧。貴様、自分を何者だと思っている?」

「どういう意味でしょう?」

「貴様はな、ろくに字も読めない無学な瘦せっぽちの小僧だ。自分のことを大したものだと思い込んでいるかもしれんが、貴様に価値などない」

「そうかもしれませんね」

 彼から見ればそうだろう、客観的にそう納得できる。

「貴様にはプライドというものがないのか?」

「僕はあなたが思っているより、もう少し傲慢なんです。あなたが僕についてどう評価しようとどうでもいい。僕は僕自身の基準で僕の価値を感じていればそれでよい」

「自分の価値を証明できねば、社会では生きていけぬぞ」

「機会があれば証明しますよ」

「証明できなければ?」

「あなた方が僕を要らないというなら、好きなように放り出せばよい。僕は僕で勝手にするだけです」

「本当に腐れきった傲慢な小僧よ。では、機会をやろう」

 筋肉が僕に指を突きつける。

「貴様は細工物が得意らしいな。何でもよい、何か完成品を作ってわしのところに持ってこい。貴様の価値はそれで判断してやる」

 僕の価値を勝手に判断するとか、どっちが傲慢ですか。

 何かを作るのは好きだから、別にかまわないが。

「期日はいつまでです?」

「貴様が今一番造りたいものが完成するぐらいでよい」

「それだと、一年ぐらい待ってもらうことになりますが」

「魔導車でも一台丸々造るつもりか?」

 いや、それしか無いから。

「そんなに待てるか。では、三日にしろ。今夜には我々は何とか言う村につく。そこで丸一日は商売する予定だ。必要なものがあったらそこで購入しろ」

「僕はお金を持っていません」

「南の妖怪とやらを打ち取ったチームにいただろう。バードラに言えば大将首獲得の報奨金を出してくれるはずだ。それを使え」

 僕って意外にお金持ち?


「あと、一つお願いがあります。あなた方の使っている道具を貸していただきたい」

「何をだ?」

「名前は知りません。魔導車の動力を利用した道具です」

 筋肉ダルマは目を見開いた。

「見たのか? 貴様は2号の動力車には乗ったことがないはずだが」

「見たのは各車両に使われている部品です。真円形の車軸。真円形の孔。どちらを見ても正確に丸いものが多すぎる。丸い部品を得る一番の方法はそのものを回転させることです。これを得るために車輪を回転させて移動する魔導車の力を利用していないとしたら、あなた方はよっぽどの愚か者という事になる」

「小賢しい小僧だ」

 メルケランとやらは小さく鼻を鳴らした。

「予備の旋盤を3号車に運ばせる。取り付け方はダンスバンに聞け。それでよいな」

「はい」

「わしらにここまでやらせるのだ、それなりのものは見せてもらうぞ」

「見せられなければ、僕自身の基準による評価も下がりますから」

「どこまでも傲慢な奴だ」

 バチバチと火花を散らす視殺戦。

 金髪の女の子がオロオロしているが、これは喧嘩じゃないからね。

 見逃して。





 今回のトピック。

 旋盤。

 魔導車を走らせられる技術力があれば当然回転式機械工具も作れるわけで、そういった機械はいろいろあります。都まで行けば頑張れば産業革命ぐらいは起こせるはず。

 ただし化石燃料の採掘量が少ないため蒸気機関は使用されていません。

5月27日。タイトルのみ変更しました。

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