0-6 終着
7月1日。今回のトピック、追加しました。
南陣地の妖怪クルナフが変じた怪物はついに倒れた。
僕はもう立ち上がる気力もなかったが、足を投げ出したまま上体だけ起こした。
「終わったか」
ダンスバンが長剣を片手に御者台から降りてくる。
カインさんが銃を構えて後に続き、エリナさんと今まで見なかったもう一人が車の中から顔をのぞかせている。
「確かに死んでいるようだが、念のためだ」
人間ならば心臓のあるあたりに長剣を突き立てる。
反応はない。
ここにあるのは完全に死体だ。
まだです。ハルゾ兄様、まだ終わっていません。
今話しかけてきたのは誰だ?
いや、誰が話しかけてきたのかは考えるまでもなく分かるが、どこから話している?
立派なお家の中で胡麻塩頭のおじさまに守っていただいています。それと…、兄様のことを案じていたら、なぜか見えるようになりました。声も…届いていますか?
なぜかラシャちゃんが赤面している気配があるが、とりあえず後回しにする。
「終わっていないとは、なぜだ?」
力が消えていません。小さくなって隠れていますが、怪物のおなかのあたりです。
「どうした?」
「どうやら、まだ終わりではないようです。怪物の腹を切り開いていただけますか?」
「了解した」
長剣が一閃。
小さな押し殺した悲鳴が、僕の耳にもはっきりと聞こえた。もちろん、怪物の腹から。
「こんなところに隠れていやがったか」
ダンスバンは腹の中に手を突っ込んで中にいたものを引っ張り出した。
血まみれの裸の小人。南陣地の妖怪、クルナフの本体だ。
「こ、こら、離せ。貴様も取り込むぞ」
「やってみろよ。お前は大した魔法使いだが、隠れていたってことはそろそろ魔力が切れてたんだろう。逃がしはしないよ」
「わかった、では、降伏する。降伏するから命だけは助けてくれ」
「降伏か…」
カインさんが近づいて銃口を直接突きつける。ダンスバンはそうなって初めて手を離した。何やら考え込んでいる。
「まさか降伏を受け入れるつもりですか? たとえ、今は魔力が尽きているとしても、力が回復したらこの男は確実に逃げ出しますよ。そのための能力は十分すぎるほど持っています。そして、ひとたび自由になったならこの場にいるメンバーに復讐しようとすることも間違いありません。今、ここで始末するべきです」
「そうは言うけどね、ハル君。私たちは降伏した相手は殺してはいけないの。規則でそう決まっているのよ」
「いや、エリナ。降伏には武装解除という条件もあったはずだ。この男の武装解除は完了しているか?」
「ここまで暗くなかったら乙女には直視できないぐらい解除されてるけど、魔力切れの魔法使いに関する規則はあったかな」
「たとえその規則があったとしても、魔力が本当に切れているかどうかは本人以外は断言できない。また、魔法を封じるお手軽な方法も存在しない。よって俺はこの者の武装解除が不完全であると判断する」
「了解しました」
「本来ならこの者の処遇は団長にゆだねるべきだが、武装解除が不完全な者の護送は危険を伴う。また、そのようなものを重要人物に会わせるわけにもいかない。よって、蒼き風若者頭の権により妖怪クルナフの射殺を命令する」
クルナフは逃げ出そうと反応したが、引き金を引くだけで済むカインさんのほうがずっと早かった。南陣地の妖怪は今度こそ完全に死亡した。
それにしても、カインさんが持っている銃は僕が使っていた火縄銃と違って、引き金とほぼ同時に弾が出るんだな。興味深い。
「村で暴れまわっていた怪物は最後まで抵抗したので俺が射殺した、そう報告しとくぜ」
「無用だ。若者頭の判断で処刑で良い」
「ヘイヘイ、相変わらずお堅いことで」
お堅いっていうより面倒くさいね。
「撤収準備だ。クルナフといったか、その小人の遺体は死体袋に入れて持って帰る。でかいほうは今は放置だ。ハルゾ、歩けるか」
「無理です。もう片足で立つのもつらい」
「無茶しやがって…」
闇の向こうからパラパラと大人数の足音が近づいてきた。
統一された装備で重武装した一団だ。あれだけの人数で一斉射撃をすれば怪物着ぐるみのクルナフが相手でもかなりのダメージを与えられただろう。
もう遅いが。
「討伐軍12番小隊、ラクファルト・バラド・セキムであります。状況はすでに終了という事でよろしいでしょうか?」
「蒼き風若者頭ダンスバンです。南の妖怪クルナフおよび彼の創り出した怪物は討伐しました。クルナフの遺体は回収しますが怪物の身体は動かせません。さすがにもうよみがえることはないと思いますが、見張りをお願いしたい」
「了解しました、警戒ラインを作ります」
小隊長殿は僕のほうを一瞥した。
汚いものを見るような眼だ。というか、実際汚いよな。着ているものはボロだし、汚れまくっているし、最後に血まで浴びたし…
「ところで、あの少年は?」
「今この場にいるのは全員、うちの3号車の乗員です」
「そう、なのですか?」
「彼は幼少のころからまつろわぬ者共の一員として戦わされてきましたが、かねてよりその立場に疑問を持ち、我々の討伐を期にいち早く同じ立場の子供たちを連れて脱出してきました。その功により、彼は我々蒼き風の一員として迎えられることがすでに決定しております」
それ誰のこと?
はいはい、対外的な説明というやつですか。
しかし、蒼き風の一員っていつの間に決定したんだ? そんな話、僕は聞いたこともないのだが。
「了解しました。では、そのように処理します」
「よろしく頼む。…ほら、ハルゾ、帰るぞ」
僕は手荷物のように持ち上げられた。あの怪物と力比べする人から見れば僕の体重なんてないも同然か。
蒼き風のほかのメンバーは僕を見てニコニコしている。どうやら今の話は彼らには通達済みだったらしい。そういえば、カインさんは最初から僕の名前を知っていたな…
「一つ聞いておきたいのですが」
「なんだ」
「蒼き風に入ったら、この変な車のことを調べられますか?」
「こいつはな、魔導車っていうんだ。こいつの動かし方は団員全員の必修事項だ。お前には整備のほうも期待されている」
なぜだろう、ニヤニヤが止まらない。
「では、カインさんたちが使っている銃は?」
「元込め式ライフル銃、火鼠五式。支給品だ。本当なら最新の連発銃がほしいところなんだが、許可が下りなくてな」
では、そちらもいじり放題?
それってなんて天国。
支給品を弄ったらまずいだろう、というツッコミがどこからか入った気がするが無視する。
そういう事なら蒼き風に入っても全く問題ない。
「現金な奴だ」
僕は今度は魔導車の中に運び込まれた。雑然とした居住スペースからクッションが探し出されて、足に負担がかからないように寝かされる。
他人に世話をされるなんておかしな気分だ。
そういえば誰かに「帰るぞ」なんて言われたことも、記憶している限りでは初めてかも。そもそも、僕には帰ると表現できる場所なんてなかったし。
良かったですね。兄様。
ラシャちゃん、まだいたのか。魔法を使いっぱなしだと、疲れるぞ。
ごめんなさい。もうやめます。でも、最後に一つだけ。
兄様、居場所の獲得おめでとうございます。
ありがとう。
居場所っていうほど上等な物じゃないし、いつまで続くかもわからないけどね。
ラシャちゃんがクスクス笑っている気配を感じる。やがてそれは消えた。
僕は誰にも聞かれないように口の中だけでそっとつぶやいた。
「ただいま」
今回のトピック。
皇国の軍制。
現在のところ、皇国の軍には士官と兵の違いはありますが大尉とか少佐とか近代的な階級制度は出来上がっていません。士官同士が出会ったとき上下関係を決めるのは1に仕事内容(一軍の司令官は小隊長より上)、2に部隊同士の力関係(近衛師団は地方駐留の軍より格上)、3に貴族としての家格となります。
作中ダンスバンと討伐軍小隊長の会話がありますが、この時ダンスバンが上官として扱われているのは旅一座(正式名称、特殊旅行戦団)が団員全員を魔法使用可能なメンバーで固めた一種の精鋭部隊として認められているためです。万が一第12小隊側も同様な編成だった場合は家名を名乗っていないダンスバンは平民扱いになり相手側を上官として扱わなければなりません。
かなりざっくりとした不合理な部分の多い制度ですが、最近は大きな戦がないのでこの程度の組織でも機能しているようです。