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0-5 共闘

 7月1日。今回のトピック、追加。

 僕らが入れられていたあばら家は轟音とともに崩壊した。

 僕は吹き上がる埃をかわしてバックステップ、足首の痛みはこの際我慢する。

 ラシャちゃんがほかの子供たちを連れて駆け寄ってくる。全員が固まっていたほうがよい、かどうかは微妙な線だが迷子になられるよりはマシか。

 南陣地の妖怪をあれだけで倒せた自信はない。石造りの建物ならよかったのだが、現実には木造の上屋根も低い。もうちょっと手の込んだ建物なら風に耐えるために屋根の上に石が置かれていたりもするのだが、この村のあばら家にはそんなこともなかった。


「殺す、殺す、殺す、殺すぅぅっ、殺すぅぅぅっっ」


 埃の中、がれきの下から呪詛の様な声。

 やっぱり生きている。怒らせるだけのダメージは与えたようだが。

 屋根板をぶち破って出てくるかと思ったが違った。

 クルナフは蛇のような姿に変化してがれきの下をすり抜けてきた。歩哨に立っていた兵士をそのまま一飲みにする。

 陣地のあちこちから歩哨に立っていた兵たちが集まってくる。

 散発的に銃声が響く。

 命中しない。というか、流れ弾がこっちに飛んできそうだ。

「逃げるよ」

 子供たちを連れてその場を離れる。

 あんな化け物の相手は兵士たちに任せておけば良い。今は浮足立っているようだが、落ち着けば数で圧殺できるだろう。


 あ、また一人喰われた。


 とりあえず、僕らは村の中心部、なるべく大きな建物があるあたり目指した。

 こちらのほうが兵士たちの数も多いだろうし、村の外へと逃げてクルナフからではなく軍から逃げようとしていると思われても困る。


「にが、にが、にが、逃がさんぞぅぅっっ」


 発見されたようだ。

 しかし、クルナフさん、少しおかしくなってないか?

 などと他人事のように考えている場合ではなかった。妖怪は一瞬、巨人の様な人型になったかと思うと、下半身を四本足に変化させる。

 半人半馬となって突撃してきた。


「死ねぇぇぇっっっ」


 完全に僕に狙いを絞っている。がれきの下に生き埋めにされた程度で、大人げないぞ。

「僕から離れて」

 まとわりついてくるラシャちゃんを突き飛ばす。子供たちの間からま転び出て、そこで足をもつれさせてしまった。

 完全に、大ピンチ。

 たとえ喰われなかったとしても、今のクルナフの体重はおそらく僕の四倍以上。あの勢いでぶつかられるだけで致命傷になりかねない。

 蹄の響きが風をまいて迫ってきて…

 唐突に、僕の腕が引っ張られた。


 僕のすぐ横を重い馬体が通り過ぎてゆく。


 助けられた?


 僕を家の陰に引っ張り込んだのは、もう見慣れてしまったちょっと残念な感じの美形さんだった。

「ダンスバン」

「いったい何をしているんだ、お前は。今の化け物はいったいなんだ?」

「南陣地の妖怪って聞いたことがあります?」

「何?」

 今の反応なら、名前ぐらいは知っていそうだな。

「今のがそのクルナフです。変身魔法で子供たちの中に紛れ込んでいたんです。発見されて暴れだしました」

「今の四本足も変身魔法か。あれは禁じ手だぞ」

「禁じ手って、誰が禁じているのです?」

「別に罰則はない。変身魔法の効果そのものが罰則だ。具体的には、変身の前と後で同じ人間である保証がない。人間からかけ離れた姿への変身なんて、繰り返していたら人格が壊れるぞ」

 それでか…

 警戒していたが、半人半馬が戻ってくる様子がない。僕の姿を見失うのと同時に僕のことを忘れたのかもしれない。

「とにかく、お前はこの家の中に隠れていろ。奴は俺がしとめる」

「彼は人間を喰って…変身魔法の応用で体内に取り込んで巨大化しています。尋常な相手じゃないですよ」

「そこまでやってるのか、もはや人間やめてるな」

 ま、妖怪ですから。

「ラシャ、みんな、こっちへ来て。この家の中へ」

 子供たちを呼び集める。見たところ目の前の家はさっきのあばら家より数段立派だ。クルナフに襲われても少しは持ちこたえるだろう。

 だが、彼らが集まってくる動きが妖怪の目に触れないはずがない。

 僕は彼らと入れ違いに通りに飛び出した。

「あ、こら、馬鹿」

 後ろで慌てたような声がするが気にしない。奴の目を引き付けなければ子供たちは全滅する。

 通りの反対側でいったん隠れる。蹄の音が近づいてくるのを聞いて角をもう一つ曲がって身をひそめる。

 そこで銃声。

 物陰から恐る恐る覗くと、ダンスバンが半人半馬を狙撃していた。命中はしたようだ。だが、相手が大きすぎて致命傷になっていない。


 そこからは命がけの鬼ごっこだった。

 僕が姿を見せると妖怪の注意がこっちへ向く。そこへ、ダンスバンやほかの誰かが銃撃する。銃というものは連続では撃てないので、もう一度誰かが注意をひいてやらなければ狙撃手が死ぬ。だから僕が姿を見せてまた隠れる。即席の連携としてはよくできていたと思う。

 そのループを3回か4回繰り返したあたりでダンスバンが僕の横に滑り込んできた。

「このままではらちが明かん。というより、ハルゾ、お前の足が持たないだろう」

 その通りだ。痛めた足は熱を持って、もう限界に近い。痛みに耐えることはできるが、このままでは物質的限界として動けなくなりそうだ。

「だから、一気に決めるぞ、来い」

 そう言ってまたしても僕を担ぎ上げる。強力な武器でもあるのだろうか?

「僕の役目は?」

「エサだ」

 ま、それしか無いしそれしか出来ないな。


 いつの間にかすっかり暗くなっていた。

 かがり火のないところを選べば、敵に見つからずに移動するのも難しくなかった。この分なら狙撃手たちもうまく逃げ隠れできるだろう。

「どこへ行くのです?」

「もう見えてる」

 村の中央広場、そこに並んでいるのは装甲馬車? 馬を四頭立てにしてもつらいのではないかと思える大きさで、車輪が普通の馬車よりずっと太い。走行性能はかなりよさそうだが、肝心の馬をつなぐ部分がないぞ。

「エリナ、カイン、ジョグ。配置についてるか」

「もちろん」

「オッケー」

「俺は無理だって」

「泣き言は聞かん」

 ダンスバンの叫びに装甲馬車の内部から返答がある。配置ってなんのことだ?

「お前はこっちだ」

 僕は装甲馬車の上に投げあげられる。装甲、と思ったが車体の上面は幌で覆われているだけのようだ。ついでに、投げられる瞬間、僕はダンススバンの腰からあるものをすり取ったが、彼は気づかなかったようだ。…これは僕の相棒なんだから。

「よう、ハル君。俺はカインだ。よろしくな」

「よろしく」

 装甲馬車の上部から顔を出している人がいた。銃座、なのだろうか? 彼のいるところだけ装甲がある。

 ダンスバンは御者台に当たる部分に乗り込んだ。そこにはレバーやらハンドルやらが突き出ている。これを走らせるつもりだとしか思えない動きだが、牛も馬も見当たらない。ひょっとして、馬は馬車の内側で装甲に守られていたりするのか?

「エリナ、3号車緊急発進。機関最大よろしく」

「了解。3号車機関最大。ハル君、しっかりつかまっていて」

 装甲馬車の内側から唸り声のようなものが吹き上がる。牛でも馬でもなさそうだが、この中に何かがいるのは間違いなさそうだ。

 僕は近くにあった突起をしっかりと握りしめた。

「蒼き風3号車、発進する。ぶちかますぞぉぉっっ」

 掛け声とともに、本当に加速した。この動き、馬車の後輪が自分で回転しているのか?


 中を見たい。

 下から覗き込みたい。

 いったいどんな構造になっているんだ?


「おい、ハルゾ。敵を誘き出せ」

 そうでした。

 今は戦闘中でした。

 この変な馬車はただの武器。ただの武器。ただの武器。

 大事なことなので3回ほど言い聞かせました。


 僕はその場で膝立ちになった。

 変な馬車はかがり火のそばの明るいところを選んで走っている。

 この闇の向こうのどこかに奴はいる。

「おい、南陣地の妖怪、クルナフ。僕はここにいるぞ。お前の頭の上に屋根を降らせた憎い小僧がここにいるぞ」

 僕は声を張り上げた。

 まだ出てこない。

 ならばこのセリフだ。

「僕が怖いのか? 怖くないんならとっとと出てこい。このチビがっっ」


 闇の奥からすさまじい咆哮の返答があった。

 ダンスバンは車をそちらに向ける。

 かがり火の炎が躍る中へ怪物が姿を見せる。

 最後に見た時よりさらにもう一回り大きくなっている。その動きは動物的で、人としての知性を感じることはできない。

「ハル君、伏せろ」

 カインさんの言葉を受けてその場に伏せた僕の背中の上を銃弾が通り過ぎてゆく。

 2発目、3発目と銃声が続く。別に連発銃ではない。弾込めが終わった銃を次々に取り換えながら撃っているのだ。

 ひるんだ怪物に向けて、ダンスバンはこの変な馬車を突っ込ませる。

 半人半馬の怪物は人間との比較でなら巨大だったが、装甲馬車の重量はそのはるか上をいった。

 怪物は馬車を両手で受け止め、四つの蹄で踏ん張ろうとした。

 簡単に引きずられた。

 あまりの振動に僕も馬車から振り落とされかけたが、カインさんが手を伸ばして捕まえてくれた。

 馬車はこの扇村の外周にめぐらされた柵に斜めにぶつかり、怪物をこすりつける。

 怪物は悲鳴を上げた。

 肉がこすれ、骨が砕ける。怪物はぐったりと力を失う。

「エリナ、動輪止めろ」

「了解、動輪への動力カットします」

 装甲馬車の行き足が鈍る。

 もはやとどめを刺すばかり。ダンスバンは御者台に乗せられていた剣を手に取ろうとする。

 怪物の右腕がいきなり動いた。腕は蛇へと変化し、牙をむいてダンスバンを襲う。

 彼は雄叫びをあげて、それを正面から素手で迎え撃った。両の腕が蛇の両顎をガッチリとつかむ。ウォークライによって強化された肉体は、体格差をものともせずに怪物の力と拮抗した。


 僕の出番だ。

 僕はダンスバンの頭の上を片足で飛び越えた。

 怪物の肩に着地。

 右手に持つのは愛用の大型ナイフ。

 狙うのは怪物の首筋。

 前にも人間の血を吸ったことのあるこのナイフ、そういえばあの時僕に度胸試しを強要したのはクルナフだった。


 僕がどれだけ度胸を付けたか、その身で味わってもらいましょう。


 僕はナイフを逆手に持ち替え、怪物の首筋をかき切った。

 血が噴き出す。この血はいったい誰のものなのだろう?

 首の動脈を切断すれば、脳への血流が止まる。脳への血が止まった状態で、意識を保てる動物はいない。意識がなければ魔法も使うことができない。

 これで決着だ。

 怪物はその場で崩れ落ち、僕は地面の上で受け身をとって転がった。


 足がとっても痛かった。


 無理しすぎです。





 今回のトピック。

「俺は無理だって」といったジョグさん。

 昼間の戦いで肩を撃たれた人です。ちなみに、カインが銃を連射したとき彼に弾込めの終わった銃を手渡していました。

 ハルゾからは見えなかったけれど、何もしていなかったわけではありません。

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