0-3 苦労人
7月1日。今回のアイテム、追加。
俺の名はダンスバン。実は家名もあるんだが蒼き風の中ではただのダンスバンで済ませている。
蒼き風っていうのは一般でいう旅一座の一つだ。知ってるだろう、最新式の魔導車で皇国中を回って商売や芸を披露するのが俺たちだ。
こっちは一般には知られていないが、旅一座っていうのは実は皇国の中枢とつながっている。中央からの通達を地方の隅々まで公示したり、逆に地方の情報を中央にもっていったりするのが裏の役目だ。完全に独立採算で運営されているので、半官半民ってところかね。
中央の威光が通じないような奥地まで行くので日ごろから武装しているし、貴族の団員も多いので身元がしっかりしているってことで今回の様な傭兵まがいの仕事を頼まれることもあるわけだ。
に、しても今日はハードな一日だった。
朝から山狩りを行い、昼前から戦闘開始。ろくに飯を食う暇もなく敵を追い詰め、賊どもの主だった連中を殺害。拉致されていた子供たちを救出して本陣を置いた山間の寒村に戻ってきた今ではすっかり日が傾いている。
残党どもの夜襲に備えて兵たちが篝火の準備をしているところだ。
ここでは俺も士官待遇なので敬礼を返さなければならない。…めんどくさい。
俺は救出した子供たちとハルゾという名前になった小僧を空き家になっていた民家の一つに放り込み、見張りを置いてもらった。
「夕食は支給させる。その足じゃあ動けないとは思うが、あまり出歩くな」
「ご心配なく、この村で動き回る勇気はありませんよ」
「なぜ?」
「僕の顔を覚えている人もいるでしょうから」
この村からの略奪に参加したことがあるわけだ。その時どんなことがあったのか尋ねるのが怖い。こいつなら平然と人を殺していそうでもあるし、トラブルを起こさずにそつなく略奪を完了していそうでもある。
ハルゾの周りに子供たちが群がっている。思いがけずいいお兄ちゃんぶりだ。年かさの女の子が手拭いを濡らしてきて俺が殴った頬に押し当てているあたり、仲の良い兄弟に見える。
「チビちゃんたちもこの家から出ないようにな。行って良いのは厠までだ。わかったな」
「はい」
うん、良いお返事だ。
その場を離れて、俺は今日中にやらなければいけないことを頭の中で列挙する。
ハードな一日だった、と過去形で語るのはまだ早いかもしれない。
若者頭なんて役職を受けなければよかったと思うのはこんな時だ。軍隊でいう士官としてふるまわなければならないのは敬礼だけではないんだよな。
ハルゾたちの食事の用意は放っておいてもエリナあたりがやりそうだが、確認の必要はある。
今日の戦闘で負傷した奴らが俺の下に二人いる。ま、そのうち一人は戦闘開始前に勝手に足をくじいたバカだから適当に蹴飛ばしておけばよいかもしれないが、もう一人のジョグは肩を銃で打ち抜かれているので見舞ってやらねばならない。
返り血と泥で汚れた装備品は、夜なべして手入れするようだな。
あとは、ハルゾたちの見張りはやはりこちらからも出すべきだろうな。管理を正規軍側にゆだねすぎると、あちら側に奪われかねない。子供たちを故郷に帰すっていう仕事を奪われるだけなら別にかまわないが、保護児童としてではなく戦利品として扱われて人買いに売られたりしたら気の毒だ。
…勝ち組になれたって喜ぶのかもしれないが。
「ダン、いたいた」
「エリナか。ちょうどいいところに」
エリナの呼び声に我に返った。どうやらお互いに用があるようだ。
「ん、何?」
「ちびちゃんたちの夕食の支度を頼む。別に携行食料のあまりでも構わないが」
「私がそんな手抜きをするわけないじゃない、とっくに下ごしらえに入ってるよ。明日にはあの子たちの解放記念に甘いお菓子もつける」
「予算の無駄、砂糖とかはちみつとか、高級品は使用禁止だ」
「私がお祝いしたいだけだから、そのぐらい自分で払うよ」
そうなんだ。こいつは得意の料理スキルを駆使して町や村に立ち寄るたびに手の込んだ高級お菓子を売りさばき、半端でない利益を上げているんだ。うちの一座が立ち寄った時しか食べられないという希少価値がお菓子の値段を押し上げている。
俺が自分の美貌と美声で金を稼ごうとしても、おひねり程度のこずかい銭しか手に入らないというのに… 若者頭という役職があっても、俺の経済力は一座の中では下のほうという現実がある。まったく、汗が目から流れだすぜ。
「そっちの用は?」
「そうだった、団長が報告に来いって」
「了解した」
連れ立って歩き出すと、金満乙女は小首をかしげて俺を見た。
「そういえばさ、ちょっと気になったんだけど、ハル君って本当に男の子?」
「なぜそんな事を?」
「だって、顔は女の子で通りそうなレベルだし、体つきも小柄、何より名前を言いたがらなかったのが大きいわね。本名をしゃべったら女の子とばれちゃうからじゃないかしら」
そう言われると、何だかそんな気がしてきた。
しかし、担いでいても甘い体臭にドギマギした、とかは無かったな。
「考えすぎだろう。担ぎあげた感触でいうなら、小柄ながら骨格はガッチリしてた。あれは男だろう」
「骨格、ね。ダンってばあの子の骨組みを論じられるほどあの子の身体を堪能したわけね」
いや、だから男だと言ってるだろう。
「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、腐、腐、腐…」
その腐れきった含み笑い、どうにかしろ。
バードラ団長の居場所はこの村の村長宅の一室だった。
「ダンスバン」
「エリナ」
「「入ります」」
部屋の中にいたのは団長のほかに魔導鍛冶のメルケラン師、そして医者のセルセト女史だった。
メルケラン師は俺の知る限りずっと前から「俺はもう歳だ、引退する」と言い続けているご老体だ。しかしながら、その筋肉は今でもグウゥッと盛り上がっていて、持久力はともかく瞬間的な筋力では今の俺でもかないそうにない。ちなみに、俺に身体強化魔法ウォークライを教えてくれた師匠でもある。
セルセト女史はお歳のことはちょっと表現できないお年ごろ。いかにも「頼れる女医さん」といった外見だ。辺境の地を巡る仕事上、彼女が頼りにされる場面は多い。
いずれも一座の中枢ともいえる方々だ。
「まだ気を抜くには早いが、状況はほぼ終了している。軍隊言葉は使わなくていい」
「助かります、親父さん」
俺は肩の力を抜いて、そしてテーブルの上にグラスが五つ並べられているのを見てにやりとした。酒瓶は、と探すと既に団長の手の中だ。
「怪我人が何人か出たとはいえ、軍事作戦を一人の死者も出さずに終了できたのだ。これは祝うに値する出来事だ」
「賛成です」
「まだ事後処理も残っているし、明日の仕事に差し支えてもいかんから一杯だけだがな」
エリナが酒瓶を奪い取り、器用にグラスに注いでゆく。
そして、乾杯。
「飲みながらで良い。いちおう報告を聞こうか」
「留守部隊のほうは特に問題はないぞ。ぐずっておった2号車も今は完璧じゃ。問題があるとすれば、帰りの荷が軽すぎることかのう。この村にはろくな産物がない」
「負傷者2名はいずれも命の危険はなし。しばらくは軽い仕事しかさせられないけどね」
「あ、診てほしい患者がもう一人います」
「誰? 助けてきた子?」
「そう、ダンが強化付きのこぶしで殴った子が一人いるの」
「…重傷確定ね」
セルセト女史がため息をつく。そう言いながら酒を手放さないのは医者としてどうなのかと思う。ま、一刻を争う怪我でないのは解りきっているが。
「さて、問題はその子供たちだ。実はな、先ほどこの村の村長から相談を受けた。賊どもを征伐した戦利品を分配してほしいとのことだ。具体的には救出した子供たちを売った代金の分け前をよこせという事だな」
「ちょっと、それって」
俺の頭に血が上った。口をパクパクさせるばかりでそこから先は言葉が出てこない。それは俺だってあの子たちが戦利品扱いされるのを予想していなかったわけじゃないが、まさか、村人が、とは。
「それってひどすぎない? この村から拉致された子供だっているんでしょう?」
エリナの追及に団長は渋い顔でうなずいた。
「厳密にいえば助けた子たちにこのあたりの出身者はいない。だが、村長が言うには同じことだそうだ。どうせ口減らしは必要だ、と。このあたりの村ではみんな同じ、拉致された子供が戻ってきてもすぐにまたどこかへ売り飛ばすだけだそうだ。わざわざ生まれ故郷の村に戻すなど、時間と労力の無駄遣いだと言い切ったよ」
「酒など持ち出した本当の理由はそれか。だがな、バードラ。わしらとて世の中の不幸のすべてを根絶することなどできんぞ。わしらはこの地に巣食う賊どもを退治しこの地の不幸のいくばくかを取り除いた。それでいいではないか。この土地の貧困の問題はこの土地に住まう者たちが解決せねばならぬ問題だ。領主ですらないわしらが口を出せることではない」
こんな事など数限りなく経験しているのだろうメルケラン師の言葉は重い。
「それでも、だ。せめて自分の手が届く範囲だけでも、我々が保護した子供たちだけでも不幸にはしたくない」
「同感です」
「私も」
「ま、しょうがないわね。バードラは言い出したら聞かんし」
酔っ払い女医は勝手に二杯目を自分のグラスに注いでいる。止めたほうがよいだろうか? 俺の危機感地能力が余計な手出しを禁じている。
「それだと、子供たちを大きな町まで連れて行って引き取り先を探す、って方針でよいのかしら?」
「概ねはそのつもりだ。何人かはうちで引き取ろうかと思うが」
「そうね、包丁の使い方を知ってる子がいれば、一人ぐらいは私が面倒を見るわ。ダンはどう?」
気が付くと、エリナと団長が意味ありげに俺を見ている。いったい、何を期待している?
「あいつですか? 集団にはなじまない人物、という印象を受けましたが」
「なに、うちの優秀な若者頭を地に這わせた男だ。即戦力だろう」
団長、それが言いたかったのですか? 俺を弄って楽しいですか?
「ハルゾ君に関しては、ダンとメルケラン師にも面倒を見てもらいます」
はいはい決定ですか。しかし、ドヤ顔が師のほうにも向いているのはなぜ?
「おや、こちらにも飛び火するのかね」
「しますね。ひょっとしたら師の夢がかなう日がようやくやって来たかも知れません」
「わしの夢? …その男、わしを引退させられるだけの逸材なのか?」
「可能性はある、と私は思っています」
目配せを受けて、エリナがハンカチに包まれた細長いものをテーブルに置く。
「これは、彼が制作して子供たちに送ったというナイフです」
「ふむ、ナイフか。初歩的な金属加工ぐらいはすでに習得しているという事か」
「どうでしょう。賊どもに製鉄技術があったかどうかは不明です」
「では、骨製のナイフ? それとも、石を打ち欠いて作った石刃か? どちらにせよ、その男の器用さぐらいは解りますな」
舞台の上の手品師のしぐさで団長はハンカチをほどく。
現れたものを俺は一瞬理解できなかった。それがナイフの形をしていることは認識したが、そのことの異常さにまでは考えが及ばない。
「切れ味は良さそうやね」
酔っ払いの論評は横に置いておく。
メルケラン師は持っていたグラスを落としかけていた。
「なんですか、それは。それの素材はどう見ても石。だが、その形は石刃のものではない。石刃はそんな滑らかな形に作ることはできない。なんで、なんで石でできたナイフが金属を加工したナイフと同じ形をしているのだ? 素材の性質も製法も全く違うものが同じ形になるなど、あり得ない」
そこにあったのは文字通り「石製のナイフ」としか表現できないものだった。
石であって石でないもの、もしかすると…
「ひょっとして、これ、陶器?」
「違うわい」
俺の思い付きは一睨みで否定された。
「見た目通り、単純に石を加工して作ったのでしょうね。石や、おそらく他の物も自由自在に加工する力。その一端を私たちはすでに見せられているはず」
「あいつと戦った時、そんな力は見なかったぞ」
「もっと後、あの子は自分を縛っていた縄をもろく劣化させてちぎったわ。あの魔法が、石にも使えるとしたら?」
もっと言えば、俺の首に魔法をかけてちぎってしまったりもあり得るか? 辺境のマイナーな魔法や自己流のオリジナル魔法の使い手はその性質や限界がわからないから対応に困る。
ぞっとしている俺とは逆にメルケラン師は笑い出した。
「面白い、面白いぞ、その男。手にしたものの硬さや丈夫さを変化させて自在な加工を可能にするか。磨き上げれば名工の指、いや神の手と呼べるぐらいになるやもしれん。そいつは掘り出し物だ。絶対に逃がしてはならんぞ。…ン、なんだ?」
その時だった。外から何か大きな音が響いてきた。何かが倒れたような、崩れ落ちたようなそんな轟音。
続いて、銃声。
2発目、3発目も。
「敵襲?」
しまった、陣地に帰ってきてからほとんど丸腰だ。
「借ります」
俺は室内を見回して、団長の銃となぜか置かれていた大型のナイフを手に取った。柄のところからくの字に折れ曲がったそのナイフには鞘がなかったのでベルトに挟んだ。
とってもハードな長い長い一日の総仕上げが始まった。
今回のアイテム。
石製のナイフ。
ハルゾが自分の魔法の訓練と称して量産し、子供たちに配布したもの。素材を生かすという観点が完全に抜け落ちた製法のため切れ味はペーパーナイフ程度。横から衝撃を受けると簡単に折れるという難点もある。
とは言え、そんなものでもあるのと無いのでは大違いな為、子供たちには大いに感謝されたようである。