2-1 世界の運命
世界はゆっくりと破滅に向かって進んでいるそうだ。
少なくとも、学者たちはそう言っている。
私のような凡人からすると、私が生まれる前から破滅に向かっていて死んだ後も向い続けることなど「この世はそういう物である」として納得するだけのものでしかないが。
申し遅れたが私の名はバードラ・イス・エネク。通称旅一座、正式名称特殊旅行戦団「蒼き風」の団長を務めている。
どうやら、この世界の現状を物語る役目は私に回ってきたようだ。
この世界には特に名前はない。単純に世界、または宇宙である。
君たちの所と違って「別の世界」「異世界」という概念は発達していないので当然だな。
自分で廻ったわけではないが、この世界には7つの海と5つの大陸があるそうだ。
我々が魔導車で走り回っているこの大地など、ラシアン大陸の東の隅に付属するさして大きくない島にすぎないそうだ。この神州とて相当に広いと思うのだが、それをも問題にしないとは大陸とは世界とはどれほど大きいのだろうね?
さて、学者たちの最新の研究によれば我々人類は丸い世界のほぼ反対側にあたるリリカ大陸のどこかで誕生したらしい。
そこから10000年、100000年という永い永い時間をかけて5つの大陸のすべてに広がった。
ところが、今リリカ大陸には人間は住んでいない。
人類が広がっていった足跡の後を追うように、人間のいない領域が広がっている。
リリカ大陸はとっくの昔に終了。
ラシアン大陸は危篤状態。
南北のダメリ大陸はちょうど南北の切れ目のあたりで防戦中。
長大な距離と海に守られたオスト大陸だけは無事だが、何年か前に初侵入を受けた、と騒いでいたので今頃はどうなっているかわからない。
人類をここまで追い込んでいるのは蟲だ。
どこから来たのかは不明。地獄の底から湧いて来たと言うものもいる。私としてはどこかのいかれた魔法使いが自己変身、他者変身の能力を濫用した挙句創り出してしまったという説を押す。
奴らは大別して4種類いる。
まず、女王。
集団性の蟲ならばこれがいなければ始まらないという存在。幸いなことに私はまだ会ったことがない。高い知性を持つ司令塔だという説も次世代を生み出すだけのただの工場だという説もある。蟲たちの女王に会って生き延びた人間などほとんどいないのだから情報は少なくて当然、もし出会ってしまったら自分こそが貴重な一次資料を持ち帰るという気概を持つべきだろう。
次に作業者。
ま、働きアリだ。一定の動作を繰り返すだけのまさに蟲、といった連中。戦闘に特化はしていないが噛み裂くあごや切り裂く爪を持っていることは多く油断はできない。人間よりはかなり小さいが虫けらと馬鹿にできるほど小さくも弱くもない。
こいつらの大群に遭遇した場合、それは蟲のコロニーがすでに完成し機能していることを意味する。要注意だ。
そして、戦闘者。
蜘蛛の様だったりカマキリの様だったり甲虫の様だったりと形状は様々。だが、どれもでかい。人間の二倍の体長と蟲特有の頑健さからくる耐久力は多少の攻撃などものともしない。私なら攻撃魔法で対処できるが、普通の人間には無理だ。出会ったらひとまず逃げて、銃砲撃陣地に誘い込むのが一般的な対抗策である。
成長するのに時間がかかるせいか、幸いなことに数はあまり多くない。だがそれは、蟲のコロニーが発達し戦闘者の数をそろえられてしまった場合、人間にはその土地を奪還する手段がほとんどなくなることを意味する。最優先の撃破対象だ。
最後に、最大の大敵、寄生者。
読んで字の如し。人間やほかの大型脊椎動物に寄生する蟲だ。恐ろしいことに動物の脳の中に入り込みその行動を支配する。人間を支配した場合、その記憶や知性が活用できるばかりか魔法まで使用してきた例がある。
寄生された人間は外見だけでは判別できないが、立ち振る舞いが一般的な人間とは変化するので見分けがつかないというほどのものではない。慣れた人間なら遠くから眺めただけでその相手が寄生されているかどうかを判断できるという。私はその境地には達していないが、それでも対面して話せばすぐわかる。
全員が魔法能力保持者である特殊旅行戦団が組織され民衆と交流しながら全国を回っているのは、蟲の侵略の先兵たるこの寄生者対策のためであると言って過言ではない。
実は、まつろわぬ者のクルナフも寄生者ではないかと疑惑がもたれ、その為にあの戦いに蒼き風が参戦したという事情が存在する。
「おお、ここまで話が進んだか。あとはこの神州の歴史と我らサムライについてであるな」
「その声は、小早川殿か。メタな発言はご遠慮願いたい」
「バードラ殿が世界について解説している時点で今さらでござるよ。ようやく出番があったと思えば顔見世程度で終了してしまい拙者も暇なのでござる。貴公に目通りを願った直後という縁もある事だし、ここは拙者も手伝うでござる」
「無用でござる。…って、言葉が写ってしまったではないか」
「そうそう。そうやってコミカルな面も見せておかねば、地味で模範的な指揮官として死に役で終わるでござるぞ。これも人助けでござる」
「知っているか? 何のドラマ的背景も持たない強者など、真の強敵のための引き立て役に過ぎないのだぞ」
「拙者をかませにするほどの強敵でござるか、それはぜひ立ち会ってみたいものでござるな」
蛙の面に水、か。サムライは放っておこう。
灼熱のリリカ大陸の草原において最初の蟲が発見されたのは今から500年ほど昔の事であるらしい。この時、脅威の大きさが正確に判断され、世界が全力を持って蟲たちをたたいていれば現在の人類の窮地はなかったであろうが。
「それは無理であろう。拙者でも、500年後の子孫のために世界の反対側まで行って戦うのは二の足を踏むでござる」
「それは同意する」
そんなわけで蟲と戦ったのは敵に直接攻撃された国や地方だけであった。
大半の国は作業者の大群に襲われただけで壊滅し、訓練された兵団でそれを押しとどめても戦闘者のパワーで突き崩される。それをも凌いだとしても寄生者がいる。特に寄生者についての情報が広まっていなかった頃は、その国の王族に寄生者が取りついて破滅的な命令を出すことなどもあったらしい。
何者も虫たちの進撃を阻むことはできず、その支配領域は大陸から大陸へ、野火のように広がっていった。一部の例外を除いて積極的には海を渡ろうとしなかったのが救いと言えば救いだ。
我が国に影響が出始めたのは300年ばかり経ってからのことになる。
大陸からの難民が増加してきた。
陸路をいくら逃げてもいつかは蟲に追いつかれる。そう悟った者たちが大陸の東の果てから海を越えてやって来た。
「バードラ殿は語っておられぬようだから解説するが、現在わが国の正式な国号は存在しておらぬ。地理地形的な意味で我が国を語るときは神州、政治的社会的な意味で語るときは皇国、と称するのが一般的な慣例でござる。ほかには過去の天子様の発言をくんで日出ずる国と呼ぶこともあり申す」
「小早川殿にしてはまともな発言だな」
「おほめに預かり光栄でござる」
「…」
難民の流入は皇国からすれば組織化されない大軍の侵略を受けているようなものであったという。だが、事実帰るところもない者たちを追い返すわけにもいかない。罪のないものを水際で切り捨てるなど人としての道にもとる。
結局、時のミカドは難民の受け入れを決断。
流入してきた者たちをさらに移動させ、神州の各地に分散させた。今いる神州の人間はこの時の難民と古来からの住人の混血である。
人名なども、難民たちの元の国籍は一定しておらず漢字が使えるとも限らないので、単純に音でのみ表記されることが多くなった。私の名前バードラなどは完全に難民由来の名称だな。
「そして拙者、小早川慎之助は古来より武家の家系でござる。拙者らサムライは難民たちとの一体化を避け、神州古来よりの伝統を受け継ぐ決意をしたのでござる。今の主流が魔法貴族制となっているのは残念でござるが、拙者らの剣術はそこらの魔法貴族など相手にしないでござる」
「刀で鉄を切り裂いたり、衝撃波を飛ばしたりするのは十分に魔法認定されると思うが」
「そういったものは魔法ではござらぬ。鍛えぬいたサムライの技でござる」
サムライとはこういう頑固者の集団の事だ。
神州を守る防人として、中央政府から委託され沿岸警備の任についている場合が多い。どこにも所属せずに浪人と称して剣術修行に明け暮れるものもいるが。
「拙者らとバードラ殿は同業と言っても良いであるな。海岸沿いに屋敷を構え、蟲の侵入を水際で防止するのが拙者ら。拙者らの目をかいくぐり内陸でコロニーを造ろうとする蟲を見つけ出すのが旅一座」
「われら特殊旅行戦団は政府直属だ。一緒にしないでもらおう」
「直属と言いつつ独立採算。直接に国の禄を食んでいるのはむしろ拙者らのほうでござる」
「無駄飯食いめ」
「フハハハハ、平時の武士とは古来そういう物でござるよ」
「さて、最初に予定していた内容はほぼ語り終えたようでござるな」
「確かにそのようだが、勝手に仕切らないでいただきたい」
「名残惜しいがそろそろお別れでござる。中央政府の体制など語りたいことはまだまだ多いが、なにぶん、そのあたりは作者がまだ考えていないので行かんともしがたい」
「小早川殿、心の底から忠告するがメタな発言はいい加減にしないと身を亡ぼすぞ」
「バードラ殿は心配性だな。頭髪の心配をなさったほうが良い」
「私は白髪まじりのナイスミドルと描写されている。余計な心配はしなくてよい」
「では、さらばでござる」
「うむ、2-2ですぐに会おう」




