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0-1 子供兵

 6月29日。

 タイトルの不具合を直し、末尾に「今回のアイテム」を追加しました。

 僕の記憶の中は暗い。

 僕に幼児の頃の記憶はない。おそらく、その後の生活との断絶により忘れ去ってしまったのだろう。だから、僕の記憶は鉄と炎に満ちた暗い森の中しかない。


「おい、そこの。銃を持ってこい」

「弾込め、はじめ」

「飯ぃぃぃ? そんなもの、自分の才覚で手に入れろ」


 僕が住まされていたのは、まぁ、よく言えば軍事キャンプ。まつろわぬもの、とか何とか名前を付けられた中央に対する抵抗勢力の拠点の拠点の一つだった。

 抵抗勢力といっても、その実態はちょっと組織化された山賊、程度のものだ。

 周辺の村を武力で威圧して、食料や将来の戦力となる子供を差し出させる。僕もそうやってどこかの村から略奪された子供兵の一人だった。


 僕が最初に人を殺したのは10歳ぐらいの時だった。

 はじめは銃だった。

 旧式の先込め式火縄銃。いつもは銃弾がもったいないと火薬と粘土を詰めて空砲を打っていた銃にその日は鉛玉が装てんされた。逃げる村人に向けて発砲した。彼は倒れた。確かめたわけではないが、多分死んだだろう。

 二人目は度胸試しと称して、大型のナイフを使わされた。

 刀身がくの字に折れ曲がった鉈の様なナイフだった。捕虜の処刑だった。

 僕の前にも別の同僚が同じ度胸試しをさせられていて、何度も何度も失敗して彼を苦しめていた。血だらけになったひげ面をよく覚えている。

 僕は彼を一撃で終わらせてあげた。


 人としての倫理とか道徳とは全く縁のない生活だったと言えるだろう。

 幸い、僕は人並み以上に手先が器用だったこともあり、途中から最前線からは離れることができた。学のある古参兵に頼み込んで読み書きを習うこともできた。あちこちの部隊に出向いて命令書を読み上げる、伝令の役割を期待された。

 だが、間もなくそんな生活にも終わりがやってきた。

 まつろわぬものは規模が大きくなりすぎ、やりすぎてしまったのだ。

 中央から討伐軍が派遣されたのだ。

 正規軍も傭兵隊も動員され、大規模な山狩りが行われた。付近の住人達は中央に味方し、軍の道案内をし抜け道を教えた。

 最新式の銃が火を噴き、強力な魔法がまつろわぬものを翻弄した。

 そこには、山賊まがいの連中では到底覆せない戦力の差があった。

 そして、僕がいた部隊の前にも死神が現れた。


 僕たちの前に現れたのは傭兵隊らしかった。

 バラバラの装備を身に着けた、しかしこちらよりはるかに練度が高いと分かるきびきびした動作の連中だった。

 こちらよりはるかに精度の高い銃が長距離から味方を一方的に狙撃する。こちらは浮足立ち、無様に背を向けたところを撃たれ、それでも後退し、どんどん追い詰められていった。

 本来なら、どこかで踏みとどまって待ち伏せし、こちらの有効射程までおびき寄せなければならなかったはずだが、対等以上の相手と戦ったことのなかった「山賊ども」にはそんな知恵はありはしなかった。

 

「ちっくしょう、なんなんだよ奴らの銃は? 何であんな遠くから弾が当たるんだ?」

「噂に聞くライフル入りの銃でしょうね。銃弾に回転を与えて弾道を安定させるという」

「そんなことは聞いてないっっ」

 せっかく教えてあげたのに怒鳴られた、理不尽だ。

「そんなことより、そろそろ行き止まりですよ。応戦の準備をしたほうがいいんじゃないですか?」


 僕は手近な物陰に入って、自分の銃に弾込めを始めた。

「どけぇっっっ」

 味方のはずの男に突き飛ばされた。銃声が聞こえる。背筋に冷たいものを感じつつ、別の遮蔽物の陰にあわてて転がり込んだ。

「ここは、俺が使う。お前にはもったいないっ」

 男が吠えているが、相手をしている余裕はない。二回目に選んだ遮蔽物は最初のものより小さい。体が完全には隠れない。それでも、文字通り必死の思いで弾込めを完了させる。

 とは言え、これはもうどうしようもないな、と現状を認識する。

 味方の人数はそれなりにいるが、大人たちは優先的に狙い撃たれて数が減っている。僕より小さい子供たちは泣いたりガタガタ震えているばかりで戦力にならない。そもそも、あいつらの銃には鉛玉は支給されていない。あれは弱者を脅かすために火薬の音を響かせるだけの楽器でしかないのだ。

 敵が降伏を勧告してくれれば大歓迎で応じるのだが、彼らにそんなつもりはなさそうだ。


 あたりの空気がざわめく感触。大気がねっとりと湿り気をおびる。

 いったい何が起こっている?

 今度は気温が急降下、結果として霧が発生する。大気の湿り気はどんどん追加され、ものすごい濃霧となる。

 これは、魔法?

 しかし、いったい何のために? これでは、相手の長距離狙撃も封じられるはず。考えられることは…

「敵が突入してきます、備えてっっ」

 僕は叫び、自分の銃を構えなおす。

 そこで気付いた。これだけの濃霧だと、火薬が湿る。完全に撃てなくなるとは思えないが、不発の確率は上がるはずだ。

 どこまでも、容赦のない…

「ウララァァァァァァッッッ」

「ラァァァァィィィィィィッッッ」

「ホワァァァァァッッッ」

 霧の向こうから、二つ三つと雄叫びが響く。おそらくは、身体強化魔法のひとつ、ウォークライだろう。

 詰んだ、な。

 こちらの敗北、皆殺し以外の未来が見えない。

「ちびども」

 僕は幼い者たちに呼びかけた。幼いとはいっても、僕が初めて人を殺した程度の年齢ではあるのだが。

 大人たちはどうでもいい。僕らを家から連れ出し、銃を持たせて手駒にしてきた連中だ。その負債を払うのは当然のこと。

「もういい、銃を捨ててどこかへ隠れていろ。見つかっても、抵抗はするな」

 非武装の子供が相手なら、敵だってわざわざ殺す手間を省くかもしれない。銃をとって戦うよりは、まだしも生き残れる可能性がある。

 僕はどうだろう?

 子供とも大人とも判定できる年齢。戦うことができて、殺した経験もある。

 ためらったが、結局僕には銃を捨てる勇気が持てなかった。逃げ隠れするより、立ち向かって戦うほうが怖くない。


「ウララァァァァァァッッッ」

 大柄な人影が霧を割って現れる。

 生身の人間から微妙に外れたシルエット、鎧を身に着けているようだ。僕の火縄銃で打ち抜けるかどうかわからない。手にした武器は、時代錯誤とも思える長剣だ。魔法で強化した腕力で振るわれたら、人体など簡単に真っ二つにされるだろう。

 霧越しだが、敵と目が合った。

 兜の奥に隠れてはいるが、意外に若い男のようだ。僕よりは少し年上だろうが。

 僕は銃口を男の顔面に向けた。

 兜をかぶっているといっても目と口の部分は開いている。身体強化魔法といえど、まさか瞳の防御力までは上昇するまい。

 引き金はひかない。

 この銃はブラフだ。

 もともと火縄銃には引き金から発射までわずかだが間が空く、移動する目標のしかも顔面などという小さな標的に対する命中弾はほとんど期待できない。もちろん、霧による不発の可能性も高い。

 だが、鎧の男は引っかかった。

 自分の顔を左腕でかばいながら突進してくる。

 ただでさえ、身体能力を強化しているのだ。その状態で自分の視界を狭めながら走れば、隙ができないはずがない。

 僕は身を低くする。男の剣が僕の上体があった空間を袈裟斬りに薙いでゆく。

 僕はそのまま自分の銃を男の足の間に突っ込んだ。

 足をもつれさせ、男は転倒。腐葉土や森の下ばえの上だ。ダメージはないだろう。しかし、動きは止まった。

 僕は前にも人の血を吸わせたことのある大型ナイフを抜いた。

 とりあえず、これで一人殺せる。


 僕はわずかにためらった。

 人を殺すこと自体は、今さらだ。別にどうということはない。

 だが、この男を殺して、それで何になる?

 負け戦には変わりがない。僕が一人殺して、そのあと僕が殺されて、それですべて終わりだ。僕一人が死んでそれで終わりにしたほうが、まだマシな位だ。

 視界の隅に盾を持った別の人影が写った。

「そっちへ行くなっっ」

 二人目はチビどもが隠れているほうへ向かっている。そう判断した僕はとっさに手にしたナイフを投げつけた。

 回転しながら飛んだナイフは当たりはしなかったが、それでも注意を引くぐらいはできたはずだ。

「こっちだぁっ」

 背中を向けて逃げ出そうとする。

 敵を殺すことより、自分が生き残ること、誰かを生き残らせることのほうが重要だ。

 しかし、僕はもう終わっていた。

 走り出した僕の足首を倒れていた鎧の男が掴み取る。

 今度は僕が転倒した。強化された握力が、僕の骨を軋ませる。

 僕に武器はもう残っていない。

「よくもやってくれたなぁ」

 男が僕の上にのしかかる。もともとの体格差だけでも、僕がはねのけるのはほぼ不可能だ。

 分厚い小手に包まれたこぶしが振り上げられる。

 きれいな顔では死ねそうにないな。

 他人事のように思った時、こぶしが振り下ろされ僕の意識を消し飛ばした。





 今回のアイテム。

 刀身がくの字に折れ曲がった大型ナイフ。

 所謂ククリとかグルカナイフとか呼ばれるもの。インドやネパールなどで現実に使用されている刃物。ククリはまだしもグルカナイフはあまりにも地球ローカルな名前なので名称の使用を遠慮した。

 作中で主人公がこれを使っている理由は特にない。略奪品の中からたまたま気に入って使っているだけである。メタ的には作者が昔遊んでいたTRPGの同名のキャラクターが使っていた武器をそのまま持たせてみたという事情がある。

 つまり彼はある意味リアル転生者なのであった。

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