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作戦会議

「雄ちゃん? わあ、雄ちゃんだあ。久しぶり、元気だった?」

 雄一郎をみとめた誠の妹晴美が明るい声を出した。

「ああ、この通りだ。ハーちゃんも大変だったろう? でもこうして生きてまた逢えた。先ずはそれを喜ぼう」

「この人が世界チャンピオンの?」

「そうそう、あ……あんたは逢ったことなかったっけ?」

「ああ、俺が農園を留守にしている時にいらしたとは聞いていたけどね。初めまして、伊藤です」

 雄一郎は伊藤が差し出す右手をがっちりと握り返した。

 お腹を冷やさないための気遣いだろう。これでもか、といわんばかりに着込んだ晴美は、こんな状況でも悲壮感一つ滲ませていない。母は強し、か……雄一郎は改めて女性の逞しさに畏敬の念を抱いた。薄暗いシェルターの中、一人一人に挨拶をして回り全員がトコログリアの接種を済ませていることを確認する。誠と晴美夫婦、近所に住んでいた木下という会社員一家の5名がこのシェルターで暮らす8人ということになる。もう一回り小さいという正のところには農園スタッフだった4人が居るのだろう。

「奴等はここの存在を知っているのか?」

「いや、農園は大掛かりな工事だったから広く知れ渡ってたみたいだけど、ここと正んちのは俺とスタッフの手造りみたいなもんだからな。知られてないと思う」

「そうか」

 雄一郎は木下一家に視線を転じて言った。

「申し訳ありませんがこれから少々慌ただしくなります。皆さんの身に危険が及ぶといけません。片がつくまでシェルターを引越していただきたいと思います」

「鈴木さん――でしたね? 何が起きるのか教えてもらえませんか? 我々で力になれることがあれば……」

 そう訊ねたのは家長である木下秀典だ。

「あのシェルターを取り戻すつもりです。ご存知の様に相手は銃を持っています。木下さんの御家族はお婆ちゃんと奥さんとお嬢さんが女性で息子さんは高校生ですよね? お気持ちは嬉しいのですが力になっていただけることはないと思われます」

 やんわりと、だが毅然として否定する雄一郎の言葉に木下は黙り込む。すると一番奥に座っていた息子の智が立ち上がった。

「俺は高校で柔道部の主将を務めていました。お役に立てると思います。一緒に戦わせて下さい」

「俺達が失敗したら君の家族は誰が守るんだ? 相手は俺達と浅からぬ因縁がある奴等なんだ。ここは任せておいてくれないか」

「そうよ、いくらインターハイチャンピオンだからって相手は銃を持ってるのよ」

 そう諭したのは姉の純子だった。智は何か言いたそうに口を開きかけるが、反駁は認めないといった雄一郎の強い眼差しに、唇を噛んで押し黙った。

「そういう訳ですから早速移動をお願いします。シェルターを取り返したらすぐに迎えに行かせます。それまでは窮屈かも知れませんが辛抱していて下さい」

「君も行くんだ」

 雄一郎は晴美にも移動を促した。

「嫌よ! 雄ちゃん達が戦おうとしてるのにあたしだけボンヤリ待っているだけだなんて」

 眦を決して異を唱える晴美に、雄一郎は解いて聞かすように話す。

「子供はいつだって未来への希望だと伊都淵さんが言っていた。俺達が直面している困難から救ってくれるのはその子かも知れないんだぞ。頼むから言うことを訊いてくれ」

 尚も潤んだ瞳に抗議の色を浮かべる晴美だったが、伊藤の説得もあってようやく重い腰を上げた。

 木下一家と晴美が伊藤の案内でシェルターを出てゆくと、雄一郎は正が出してきたシェルターの見取り図をじっくり眺める。

「出入口はここだけか?」

「ああ、予算の関係もあってな」

 状況次第では突入もある。足を踏み入れたことのないシェルターだ、図面だけでも完璧に頭に入れておく必要があった。疑問点を逐一誠に訪ねながら、時間をかけてイメージを構築して行く。

「山の下、西半分がシェルターになってる訳か……確かにこれなら大掛かりな工事だったろうな」

 所教授の地下ラボと比べても7~8倍の広さはある。美代子たちが移動してきたとしても窮屈さを感じることはないだろう。

「ああ、街の建設屋で見積もりを取ったら2000万かかるって言われたんだ。農園のスタッフ総出で手伝う条件で少しは安くしてもらえたけどな。貯金は全部はたいちまったよ」

「発電設備は?」

「カジさんにバイナリ地熱発電の図面を送ってもらっていたから、その通りのものが作ってある。それは俺とスタッフだけで作ったんだぞ」

 誇らしげに胸を張るがそれを奪われてしまった事実を思い出し誠は肩を落とす。

「他の連中に、さっきの話はしないでいいのか?」

「無事シェルターを取り戻したらお前から話してくれ。食料も不安なこの状況で身重のハーちゃんにそんな事は話せない。木下さん一家だって同様だ。気づかなかったか? あの奥さんはもう限界に近い」

 雄一郎が話している間、終始ぶつぶつ囁いていた木下秀典の妻を思い浮かべ誠が腕を組む。

「そうかも知れないな、分かった」

「ここは母屋のあったところだな? いつか山田を落としてやった穴と玄関の中間辺りか……」

「出入口の跳ね上げ戸は中からしか開かない構造になっている。もしそれを開くことが出来ても引き下げ式の階段が蓋をしているんだ。奴等が開かない限り入れないぞ。どうするつもりなんだ?」

「入れなきゃ出てこさせればいい。なあに相手はたった四人だ。銃を持ってる奴等さえなんとかすれば――」

 そこへ農園スタッフを連れた伊藤が戻ってきた。目が釣り上がって憤懣やる方なしといった表情をしている。誠が訊ねた。

「何だその顔は? 後の二人はどうした?」

「石井と内田の野郎、寝返りやがった。発電設備の管理が出来る人間も必要なはずだから山田に売り込んでくると言って出てったらしく……あっちのシェルターはもう二日前に食料がなくなっていたそうです、なあ」

 同意を求められ伊藤の背後に立っていた農園スタッフの二人が頷く。

「あの恩知らずどもめ――」

 歯噛みの音が聞こえてきそうな顔で誠が唸った。

「誰だって生きるか死ぬかの瀬戸際ともなれば本性をあらわすってもんさ。となると5対6か……数的有利はなくなったって訳だな。木下さんに移ってもらった場所もここも知られている可能性がある。のんびりしてはいられない、通気口はどこにある?」

 雄一郎は見取り図をとんとんと指先で叩いて誠の注意を喚起した。

「裏手だよ、学校のあった側だ。でもシェルターのメインルームまで15mは離れている。それにダクトは30cm四方だ。通り抜けることなんか出来ないぞ」

「ダイハードじゃあるまいしそんな真似はしないさ。大勢を相手にする時はどうしろって言われてた?」

 日常生活では何の役にも立たそうにないトリビアを滔々と語った農園オーナーの在りし日を誠は思い出した。

「先ずは敵を分断しろ」

「そうだ。奴等は見張りも立たせていないんだろう? あっちが動きを見せる前に仕掛けをこしらえてくる。橇にタンデム用のワイヤーがある。誠と伊藤君はこういうものを作っておいてくれ」

 図面の端に雄一郎が書いたものを覗き込み、誠は「了解、任せとけ」と胸を叩いた。

「そっちの二人は俺に手を貸してくれないか? ええと……」

 農園スタッフは榊と井上と名乗った。どちらも野良仕事で鍛えられたいい体つきをしている。

「伝説の農園一期生、世界フェザー級チャンピオンの鈴木さんのお手伝いが出来るのは光栄です。あいつ等に一泡吹かせてやりましょう」

 榊と井上は一歩前に踏み出した。


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