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超人

「では、東北のカリスマもここで作られた天才だったという訳ですか?」

「ああ、ただ彼は私の想像を遥かに超えて進化してしまったがな」

「僕がそうならないってことは素養に問題があると?」

「そうではない、そもそも君への投与量は彼の半分程度だ。検証するn(数)が君を含め三体しかない現状では確かなことは言えんが、アレの作用には個人差があるということだ。とにかく君は上手く適応した。君が意識を失っている間、脳波はGH産生細胞に働きかけたのだろう。通常、数週間はかかる形成が一気に出来上がってしまったんだからな」

「GH産生細胞? 成長ホルモンの分泌を司る部分ですか?」

 教授が梓先生に目線を振って顎を引いた。

「やはりな……私の想像が正しければ、活性化した君の生存本能は体組織の再生に全力を注ぎ、電源供給の安定した今、知性へと働きかけている」

「そしてあなたの両手両足には人工筋肉が入っているの。伸縮率30パーセントは人体のそれと変わらず最大発生応力300MPaは理論上3tの重量を持ち上げることが可能よ。全ての四肢をトリプルレイヤー(三層構造)で形成し直すことになったあなただとキャパシティは9tといったところかしら。ネオボーンαを使った再生骨の強度限界も上がっていると思う。本来、気孔部分に成体組織を取り入れて形成が進むものだけど、あなたの場合その組織の活性化が尋常じゃないの。神経は勝手に繋がってゆくし石灰質の組成はハニカム構造になってしまっている。どうすればそんな風になるの? 平時なら切り刻んで調べたいところよ、運が良かったわね」

 梓先生が教授の後を引き取ってそう僕に告げた。冗談だろうとは思うが真顔で〝切り刻む〟などと言われるとビビってしまう。

「と、いうことはですよ? 僕は中途半端に賢いスーパーマンになっちゃったって訳ですか?」

 僕はベッドから落ちた自分が、腕一本で這い上がったシーンを思い出した。

「理論上はそうなるわね。でも両手両足を覗いた部分はあなたのオリジナルよ。そうである以上、調子に乗って骨格の限界を超えたものを持ち上げようとしたり、心肺機能の限界を超えて走り続けたりすれば命に危険が及ぶということを覚えておきなさい」

「可搬重量1tのロボットアームは全てのパーツがそれ用に作られていて、僕はそうなってないということですね」

「その通り、どうやら脳もオリジナルの域を超えて成長しつつあるようだな」

 カルテであろう。クリップボードに挟んだそれに小難しい顔で何か書き込んでいた教授が顔を上げて言った。

「かつて伊都淵――東北のカリスマは私をマッドサイエンティストと呼んだことがある。だとすれば君はスーパーマンではなく、フランケンシュタインの怪物ということになるな」

 僕はおそるおそるこめかみに手を伸ばしてみた。幸いボルトは刺さっていない。脅かしっこなしだぜ、所教授を恨めしげな目で見る。

「これを穿いておきなさい」

 梓先生が黒いレギンス状のものを差し出してきた。穿いておきなさいって言われても下の方はレースになっているではないか、明らかに女性用である。ならば男性用レギンスは存在するのかと問われれば、その答えは持っていなかったのだが。僕は手足の恩人の申し出を無下に断わる訳にも行かず一応聞き返してみた。

「何ですか? これは」

 鈴木君が持ってきたローラーブレードは発電機能があるみたいなの。そこからあなたのバッテリーまでをこれで繋げるようにしてあるわ。屋外に充電設備なんかないのよ」

「それはわかりますが、これ女性用でしょ? 前はどうするんですか」

「知らないわよ、そんなもの。勝手に穴をあけるなりすればいいでしょう」

 梓先生の頬がほんのり赤く染まった。これが意外と可愛い。せめて三十五歳までぐらいなら僕の守備範囲なんだけどなあ、と命と四肢の恩人である夫妻に抱くには不謹慎この上ない考えが頭に浮かんだ。僕の精神は浄化の余地をまだまだ多く残しているようだ。

「……橇の音が聞こえる」

 思考より早く言葉が口をついて出た。

「何も聞こえないわよ。気のせいじゃない? ねえ――」

「うむ、私も何も聞こえていない」

「見てきます」

 僕は教授夫妻の返事を待たずに階段を駆け上がり外へと飛び出した。人気のない屋外で良かった。上半身裸の上、下には女性用のレギンスを穿いた僕の姿は、幼い頃父親の膝の上で観たやや品性に欠けるお笑いタレントそのままの出で立ちだった。

 どこだ、どうやって探す? 考えるより早く僕の声帯は人類の可聴域を超える周波数を発した。氷の反響が続く。その動作を繰り返すうち、明らかに硬度の違う反響音を捉えた。目を凝らすと視界がズームされる。いやはや本当にスーパーマンになってしまったようだ。2km程先に橇のシルエットを補足した。慌てて駆け出そうとして今朝ほど電池切れで倒れたことを思い出しローラーブレードに足を通した。目一杯の力で蹴り出せばホイールはすぐにバラバラになってしまうだろう。慎重に、それでも人間の限界を遥かに超えた速度で僕は滑り出した。


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