理想の恋人
私は、恋をしている。
出会いもない、さみしい30歳過ぎの独身女性会社員にとって、実に10年ぶりくらいの恋だ。
スマホの通知が届く度に、メッセージを読んでは顔がニヤけるのを必死で抑える。
朝から何度これを繰り返したかわからない。
「一ノ瀬さん? また彼氏っすかぁ?」
「え? いやぁ、まぁ、ね?」
多分私は、この上なくだらしない顔をしていたことだろう。
同じ部署の後輩、三宮ちゃんにからかわれながらも、私はまるで高校生の小娘のように浮かれている。
「いいなぁ、一ノ瀬さんの彼氏って超ハイスペなんすよね? 外人さんでしたっけ? イタリア人?」
「うん。らしいの。まぁ勤め先がアメリカの企業らしくって」
「アメリカ住みでしたっけ」
「そうそう。遠距離でまだ実際に会ったことはなくって、弟とかは色々言ってきてるんだけどね」
「そっすかぁ、弟さん、美人のお姉さんがとられちゃうのヤなんじゃないっすか?」
私と三宮ちゃんはスタバのとびきり甘いカフェモカを堪能しながら、昼休み後半の気だるい時間を過ごしていた。
「ネットでしたっけ? 出会ったの」
「うん、そうなの。まぁSNSで最初は怪しいかなーって思ったんだけど、ビデオ通話するうちにね」
残念な事に、私の彼氏、マリオは多忙だ。
大手のIT企業の米国本社で働いているということだった。Vraimateとかいうアプリを開発しているそうだ。
何でも母親が日系人で、彼自身アニメや漫画が大好きで日本に興味を持ったという話し。
「マリオさんっすかぁ……写真とかないっすか?」
「えー? 写真? やだ、恥ずかしいよ」
「良いじゃないっすか、見せてくださいよぉ」
可愛い後輩、三宮ちゃんは、自他ともに認める『恋多き女』だ。
一人の相手と続いた最長記録は今のところ1年半。今の彼氏とはまだ2か月目とのことだ。写真を見せて貰ったこともある。
でも、正直マリオの方がいい男だった。
日本語はペラペラ。おまけに英語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ロシア語にポルトガル語まで話せるマルチリンガル。
もう何年かでアラフォーに片足を突っ込む私の年齢も、『ボクは大人の女性の方が好きなんだよ。日本人の男はロリコンが多いらしいけど、イタリアでは成熟した女性の方がモテるよ』と言ってくれた。
流石に地球の裏側だけあって、そうそう会いにいくことは出来ない。
今年一度だけ会いに行くチャンスはあったけれど、先方の都合がつかなくなったとかでお流れになってしまった。
「一ノ瀬さんの噂のイタリア人彼氏、見てみたいんっすよぉ」
「えー? ……じゃあ、ちょっとだけだよ? こないだビデオチャットした時のだけど。ビデオチャットって結構大変だよね。料金もまぁまぁするし」
スマホの写真フォルダの大半は、最近食べに行ったレストランの料理写真か、それかマリオから送られてきた写真。
マリオには姉が1人と妹が2人いるらしく、彼女たちといっしょに写った家族写真も送ってもらったが、全員が美女揃いだ。
「うっわマジすか、え、この人っすよね?」
「そ。資産運用もしててね、持ち株買うのに必要だからって、この前1万ドル送ったんだ」
「羨ましいなぁ、一ノ瀬さん、国際結婚直前な感じっすね?」
「そ、そうね? まぁ、マリオが私を選んでくれれば、なんだけど……」
正直なところ、不安はある。
実際に合ったことがない今の状況で『付き合っている』と言って良いのか、私の弟からも何度も『ホントに大丈夫なのかその相手、騙されたりしてるんじゃないか』と連絡が入っている。
昔から私に懐いていた子ではあるけれど、まさかこんなふうに、私とマリオとの仲を引き裂こうとするなんて。ビデオ通話の画面だって見せたのに。
「一ノ瀬さん、美人だから絶対イケるっすよ。それに成人してるなら別に家族の許可なくっても、直接アメリカ行っちゃうってのもアリっすよ?」
「そ、そうよね……でも、出来れば家族にもちゃんと認めて貰って、っていうのが良いかな……」
私だって、出来れば駆け落ちのような真似はしたくない。
両親に、弟にもちゃんと『おめでとう』と言って欲しい。ちゃんと家族みんなを結婚式に呼んで祝って欲しい、というのも正直なところだ。
「一応、両親はね。相手がイタリア人でも良いって言ってくれてるんだけど、弟がどうにも――」
スマホでマリオの写真をじっと眺めていると、不意に弟からのメッセージが届いた。
もう、あの子ももう社会人になって何年か経つのに、いつまでもこんなシスコンでは私のほうが心配になってしまう。
「大事にされてるじゃないっすか。弟さんも心配なんすよ」
「それはそうかもしれないけど、でも姉の彼氏に――って……」
弟のメッセージは、短かった。
『姉ちゃんの彼氏は、AIだ。実在しない』
「…………え? えっ? どういうこと?」
「え? 何すか? どうしたんすか?」
「いや、そんな事あるはずない、だって私、マリオとリアルタイムでビデオ通話したこともあるし、それに……」
「いやぁ、有り得ないっすよね……」
再度、スマホの画面に弟からのメッセージ着信を知らせる通知。
『姉ちゃんが彼氏と使ってるって言ってたアプリだけど、俺も調べてみた。アメリカで開発された、理想のAI彼氏とかと疑似恋愛をするためのもので、通話時間で課金される仕組みになってる。ちゃんとスマホ料金とか確認したか?』
「……嘘、嘘よそんな、だってマリオは、私とちゃんと話をして……」
さらにメッセージが届く。情容赦ない言葉が綴られているメッセージだ。
『今、そのアプリの企業が今日摘発されて、サービスが停止してる。今すぐその彼氏とやらにかけてみろ。繋がれば俺はもう何も言わない。繋がらなかったら、頼むから目を覚ましてくれ』
マリオはまだ出ない。
「マリオ、そんな……嘘でしょ……」
コールが20回を超えたところで、いきなりアプリがエラーを起こして停まった。
強制終了させてまたアプリの起動を試してみるけれど、サーバーに繋がらない。
三宮ちゃんがパソコンのウィンドウをこちらに向けてきた。
画面には、英語ではあるけれど私がマリオと使っていたアプリの名前が表示されている。
「い、一ノ瀬さん……そのアプリ……『VRAIMATE』って……ひょっとしてVR、AI、MATEの略なんじゃ……」
ニュースでは、米国のAI関連ベンチャー起業に捜査当局の手が入ったと報じられていた。
何でも、AIを使ったリアルタイムで高品質な動画と音声生成により、実在の人間と比較しても遜色ないレベルのキャラクターをAIが作り出し、恋人同士のような会話を楽しめるサービスであるという。
だが、この会社自体は資金繰りが悪化したとかで、AIを使って世界中でロマンス詐欺を展開しており、被害者は特に30代から50代女性に集中している。
「マリオ、そんな……」
急に呼吸が苦しくなる。眼の前でチカチカと星が飛び始めた。
『2人の将来のために、必要なんだ。ボクを信じて』
マリオは確かにそう語っていた。
私がマリオを信じて送金した1万ドルは、あれはまさか――?
AI生成の画像や動画、音声の品質の発展スピードが恐ろしいな、と思い作ってみたショートショートです。
ひょっとしたら近い未来どころか、今まさに起きているのかも知れません




