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『愛のない白い結婚ですので業務報告は日報で提出してください』と言い放った王太子妃、六年分の残業代を請求して実家に帰る。〜前世が過労死秘書だった私、今さら愛を囁かれても定時は過ぎました〜

掲載日:2026/03/28

「愛のない結婚だ。白い結婚を貫く。お前はただの飾りだと思え」


その宣言を聞いた瞬間、私の脳内に響いたのは悲鳴ではなく、歓喜のファンファーレでした。

前世、ブラック企業の過労死秘書だった私にとって、それは「最高にホワイトな雇用条件」の提示だったのです。


事務処理能力を極めた転生令嬢の、サクッと爽快な退職(離婚)劇。

どうぞ、定時までお付き合いください。

 一、雇用契約の締結日


「愛のない結婚だ。白い結婚を貫く。お前はただの飾りだと思え」


 シャンデリアが冷たく光る初夜の寝室。

 王太子アルフレッドが、外套も脱がずに言い放った。


 彼の腕には、いかにも守護欲をそそる病弱そうな幼馴染がぶら下がっている。

 見せつけるような抱擁。

 氷のような視線。


 だが、私の胸を占めていたのは悲しみではない。

 純粋な、魂の震えだ。


(……よっしゃああ! 最高の労働条件じゃないの!)


 私は前世、ブラック企業の過労死秘書だった。

 睡眠時間は三時間、上司の機嫌一つで休日が消える地獄の連鎖。

 それに比べれば、王太子の愛などという不確定要素は、業務上のノイズでしかない。


 私はドレスの隠しポケットから、特製の革表紙手帳を取り出した。

「承知いたしました。では、業務規定の確認に移行します」


「……は?」

 アルフレッドが眉を寄せた。


 私は構わず、魔導万年筆を走らせる。

「白い結婚、つまり夜の公務は免除。私の役割は『飾り』、すなわち王宮の事務代行と予算管理。居住権と食費の保証。これでお間違いありませんか?」


「ああ、そうだ。お前のような可愛げのない女、事務机とでも思って扱う」


「ありがとうございます。至高の褒め言葉です」


 私は深々と頭を下げた。

 定時退社、完全週休二日制。

 ホワイトな異世界生活が、今ここから始まる。


 二、美しすぎる決算書と、文官たちの発狂


 六年後。

 王宮の政務棟には、異様な熱気が立ち込めていた。


「出たぞ……。シルヴィア様の『四半期収支報告書』だ!」


 若手文官たちが、配られた書類を手に震えている。

 そこには、前世の表計算ソフトを魔法で再現した、究極のグラフが並んでいた。


 無駄な装飾を削ぎ落とし、本質だけを炙り出す数字の羅列。

 かつては数ヶ月かかっていた予算編成が、彼女の手にかかれば数日で片付く。


「見てくれ、このセルの整列を。一ミリの狂いもない魔導インクの配置。ああ、数字が、数字が私に愛を囁いている……!」


 一人の文官が、あまりの美しさに涙を流して膝をついた。

 もはやそれは事務作業ではなく、一種の芸術アートだった。


 シルヴィアは、特製の魔導万年筆を指先で回す。

 インクの乾く速度、ペン先の滑り、筆圧による魔力伝達。

 全てが事務を加速させるために最適化されている。


 彼女の瞳は、領収書のわずかな魔力残渣を見逃さない。

「側妃様のドレス代、これは『外交費』ではなく『娯楽費』で計上してください。あと、この三枚の會食領収書。筆跡が同じです。経費の水増しは、コンプライアンス違反ですよ」


「ひっ、申し訳ございません!」


 不正を働く貴族たちが、彼女の「数字の暴力」の前に次々と沈んでいく。

 彼女にとって王宮は、守るべき家庭ではなく、管理すべき「巨大な不良債権」に過ぎなかった。


 三、さよなら王宮、請求書は置いていきます


「シルヴィア! お前という女は、どこまで強欲なんだ!」


 夜会の最中、アルフレッドが怒鳴り声を上げた。

 傍らには、宝石をジャラジャラと着飾った幼馴染の側妃。


「側妃に贈るはずの離宮の予算を削るとは何事だ! 愛のないお前には、もう耐えられん。今すぐ離婚だ、出て行け!」


 会場が静まり返る。

 貴族たちの視線が、冷徹な事務妃へと注がれた。


 シルヴィアは、飲みかけのグラスを静かに置いた。

「判明しました。これにて雇用関係(婚姻)の終了ですね」


「……何?」


 彼女は足元に置いていたアタッシュケースを開いた。

 中から出てきたのは、辞書のように分厚い書類の束。


「こちらは、六年間におよぶ『王太子業務代行』の請求明細です。アルフレッド様、貴方がサボって側妃様と遊んでいる間に、私が処理した公務は三万件を超えます」


 彼女は書類の一枚を、王太子の鼻先に突きつけた。

「基本給、深夜残業手当、休日出勤手当、そして精神的苦痛への慰謝料。合計で、王国の年間国家予算の約五割となります」


「なっ……ふざけるな! そんな額、払えるわけが――近衛兵! この不敬な女を捕らえよ!」


 アルフレッドが激昂し、剣を抜きかけたその時。


「……おやめください、殿下。これ以上の暴挙は、我が国の信用格付けを『債務不履行デフォルト』に叩き落とすだけです」


 宰相を筆頭に、文官たちが一斉に王太子の前に立ちはだかった。

 彼らの手には、ペン。それは剣よりも鋭く、王国の予算という心臓部を握る武器だった。


「払えない場合は、貴方の個人資産の差し押さえ、および王位継承権の売却による補填となります。既に法律顧問と監査役の承認は得ております」


 シルヴィアの背後に、彼女を崇拝する文官たちがズラリと並んだ。

 彼らの目は、数字の真理に目覚めた狂信者のそれだった。


「さあ、こちらの魔印を押してください。判を押した瞬間、私は退職(離婚)いたします。定時を五分過ぎています。早くしないと、さらに深夜割増がつきますわよ?」


 アルフレッドの手が、恐怖でガタガタと震え出した。


 四、私の定時は、私が決める


 三ヶ月後。

 シルヴィアは、実家の領地にある小さなオフィスで、淹れたての紅茶を楽しんでいた。


 窓の外には、彼女のアドバイスで劇的に収益を上げた農村が広がっている。

 隣国からは「うちの国の国家予算も見てほしい」と、美形の賢王から熱烈なスカウト(求婚含む)の手紙が毎日届く。


 そこへ、ボロボロになった使い魔が飛んできた。

 元夫からの、泣き言が綴られた手紙だ。


『シルヴィア、戻ってきてくれ! 王宮が書類の山で埋まって、誰も予算が組めないんだ! 側妃も金がないと知った途端に逃げ出した! すまなかった、愛している、だから――』


 シルヴィアは手紙を一瞥し、シュレッダー代わりに火魔法で燃やした。

 隣で控えていた秘書が、静かに微笑む。


「お嬢様、いかがなさいますか?」


「あいにく、本日の受付時間は終了しました」


 シルヴィアは魔導万年筆を置き、ゆっくりと背伸びをした。

「明日は有給休暇を取るわ。隣国の城下町に、最近噂に聞く『とんかつ』という絶品料理を出す店があるそうですの。二度揚げの咆哮、ぜひ聞きに行かなくては」


 夕日に染まるオフィスに、定時を告げる鐘の音が、サクサクと心地よく響き渡った。


(完)

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

事務的に、かつ容赦なく残業代を請求するシルヴィアの姿で、少しでもスカッとしていただけたなら幸いです。


彼女がこの後、隣国で食べるという噂の「とんかつ」。



実は、そんな「食」への執念が世界を変える(?)もう一つの物語がこちらにございます。


▼あわせて読みたい:食欲と二度揚げの咆哮

『【新紙幣】北里先生一枚で、大好物のとんかつが食えない絶望から、私は異世界で揚げ鍋を握ることにした。〜二度揚げの咆哮、和芥子の洗礼〜』


https://ncode.syosetu.com/n0389lz/


さらに、シルヴィアが使っていた「論理の力」や「世界の理」。

その根源に迫る、少しシリアスで熱い本格ファンタジーも連載中です。


▼著者の本気:世界の理を剥ぎ取る物語 『理の剥離者』


https://ncode.syosetu.com/n5065lx/


「サクサク」な短編の次は、じっくりと「理」を味わう長編はいかがでしょうか?

面白いと思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価【★★★★★】やブクマをいただけると、執筆の事務処理速度が3倍になります!

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― 新着の感想 ―
何でこの手の手紙には心にも思ってない「愛してる」が入ってるんでしょうね。相手が読めば虫唾が走ること間違いなしな文言を入れる理由が分からないです気持ち悪いですよね。
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