第3章:鮮血に染まる街、それはなかったことに
穏やかな日常の裏で、静かに迫る異変。
これまで順調に進んでいたユウマたちの冒険が、突如として血と炎に包まれます。
今回の章では、初めて「時を戻す」という能力が本格的に描かれます。
それは圧倒的な力であると同時に、決して無傷ではいられない力――。
物語はここから、真の意味で“時を操る”ことの代償へと進み始めます。
いつもの香ばしいパンの匂い。
活気ある露店の呼び声と、子どもたちの笑い声。
あれから二日。俺たちは盗賊から荷馬車の積み荷を取り返し、街へと戻ってきた。
リナが笑いながら果物を選び、ガルドがそれを荷袋に放り込む。
そんな二人を、ミーナが「早くギルドへ行こうよ」と急かす。
俺はその様子を見ながら、心のどこかが温かくなるのを感じていた。
貴族の荷馬車を守った一件は、すでに街の噂になっていた。
盗賊とは思えない戦力を打ち破った新人冒険者――。
そして、俺には「神速の剣士ユウマ」という二つ名まで付けられていた。
本当は、止まった時間の中で動いているだけなんだが、
他人から見れば、恐ろしく速く動いているように見えるのだろう。
「なんか……平和だな」
「当たり前でしょ? 冒険者が平和を守るんだから」
リナが微笑んだ。
「お兄ちゃん、神速のユウマでしょ?」
街の子どもたちが駆け寄ってくる。
「おう、そうだぞ。お兄ちゃんは強いんだぞ。ぼうず、名前は?」
「ボクはマイク、こっちは弟のボブ! お兄ちゃん、ボクにも剣を教えてよ!」
俺は鞘をつけたままの剣を抜き、とりゃとりゃと適当にポーズを取った。
リナが笑い、ミーナは吹き出しそうになっている。
「おい、そろそろ行くぞー!」
ガルドに急かされ、俺たちはギルドへ向かった。
子どもたちは「またねー!」と手を振る。
――この時はまだ、あの平和が永遠に続くと思っていた。
***
「あら、おかえりなさい。あなたたち、街中の噂になってるわよ」
ギルドに着くと、受付嬢のアリサさんが微笑みながら報酬袋を差し出した。
「あぁ、なんとか今回は危なかったが、どうにかやり遂げたよ」
「ところで、これに見覚えはないかしら?」
ミーナが取り出したのは、酸でボロボロになったペンダント。
黒い円環に、三つの赤い線が絡む銀の装飾。
――あの盗賊が身につけていたものだ。
そして、俺がこの世界に来て最初に出会った盗賊も、同じ紋章をつけていた。
アリサさんはおそるおそる手に取り、まじまじと眺めた。
「さぁ……どこかで見たような気もするけど。これを、どこで?」
そう言った次の瞬間――
ドォォンッ!!
空を裂くような爆音が街を震わせた。
建物が揺れ、窓ガラスが砕け散る。
人々の歓声が悲鳴へと変わっていく。
「……なんだ!?」
ガルドが勢いよく外へ飛び出し、視線を走らせる。
遠くで煙が上がり、兵士たちが街へ雪崩れ込んでくる。
その鎧には、見覚えのある紋章――黒い円環に三本の赤い線。
「あのときの盗賊……!」
「まさか、奴らが軍だったのか!?」
リナが呪符を握りしめ、俺を振り向く。
「ユウマ! あなたは市民の避難を!!」
「……いや、俺も行く!」
街は地獄と化した。
建物は炎に包まれ、逃げ惑う人々の悲鳴が響き渡る。
街の入口へ近づくにつれて、目を疑う光景が広がっていた。
二頭の軍馬に引かせた二輪の馬車――戦車のようなものが、群衆めがけて突っ込もうとしている。
「こいつは……隣国の侵略か」
ガルドが固唾を呑み、剣を構える。
戦車がこちらへ突っ込んできた。
「くそっ……時よ、止まれ!」
世界が凍りついた。
炎は空中で止まり、槍の先が宙に浮く。
すべての音が消え、ただ心臓の鼓動だけが響く。
俺は戦車の兵士を引きずり下ろし、落馬させた状態で時を動かした。
「時よ、動き出せ!」
兵士は訳も分からぬまま地面を転がり、乗り手を失った戦車は暴走。
――そして、その瞬間。
兵士は何が起こったのかわからず地面を転がり、乗り手を失った戦車は暴走した。
そして――悲劇は起きた。
「うわぁーっ! お兄ちゃん!!!」
背後から子どもの叫び声が響く。
駆け寄ると、そこには血まみれの兄マイクを抱きしめるボブの姿があった。
「助けて……神速のお兄さん……」
最後の力で伸ばされたマイクの手。だが、その下半身は――もうなかった。
その光景を目にした瞬間、俺は込み上げる吐き気を抑えきれず、嘔吐した。
「……そうか。時よ、戻れ」
俺には、時を巻き戻す力がある。今こそ、その時だ。
世界がゆっくりと、まるで動画を逆再生するように後退していく。
崩れた建物が元通りになり、倒れた人々が立ち上がる。
――だが、その“音”が消える瞬間が不快だった。
少年の体は元に戻り、兄弟は後ろ向きに走り始める。
そこへ暴走した戦車が突っ込んでくる。ここだ。
「――時よ、止まれ!」
一時停止。
子どもたちの位置をわずかにずらす。これで大丈夫なはずだ。
息を飲み、時を動かす。
凄まじい轟音とともに、戦車は子どもたちの脇を逸れて家屋へ突っ込んだ。
「おい、お前たち、こっちへ逃げろ!」
――だが、それで終わりではなかった。
「ユウマ……さん……」
背後から弱々しい声が聞こえた。
振り向くと、ギルドの扉にもたれかかるアリサがいた。胸から血を流し、蒼白な顔。
駆け寄り、ギルドの中を見て、息を呑む。
カウンターの前は血の海だった。
ギルドに残った冒険者たちはすでに息絶え、壁という壁が真っ赤に染まっている。
鼻をつく鉄臭さに、喉が焼けた。
――そしてそこに、短剣を持った覆面の男たちが三人、立っていた。
「お前が……神速のユウマか?」
言葉が終わるより早く、三人の暗殺者が床を蹴った。
刃が鼻先に届く、その瞬間――。
「……止まれ」
時が凍った。
静止した世界の中で、俺は三人をゆっくりと見回した。
「こいつらも……あの軍の仲間か」
奥へ進むと、裏口の扉が開いていることに気づいた。
外には、さらに二人の暗殺者が突入しようとしていた。
――時を、戻す。
アリサはカウンターへと戻り、辺り一面の血痕が消えていく。
暗殺者たちは裏口へと引き返した。
だが、胸の動悸は収まらなかった。
消えそうになった命の感触、アリサの瞳、そして鼻腔に焼き付いた血の匂い。
それは時を戻しても消えない。
「……扉から侵入したのは、最初の爆発の後か」
そこまで戻して、時を進める。
「ここに神速のユウマがいるのか?」
「かなりの手練れだと聞いているが?」
「いくら早業でも、これだけの人数は相手にできねぇだろ」
「そろそろだ、行くぞ……」
「お前ら、何をしている?」
背後から声をかける。暗殺者たちが振り向く瞬間――時を止めた。
時を止めつつ、次々と剣を突き立てていく。
「ぐぁ……なんだ……?」
暗殺者から見れば、まるで瞬間移動のように見えただろう。
瞬く間に裏路地は血に染まった。
「はぁ、はぁ……」
これで終わりではない
もう一度ギルドの中へ戻り、再度駆け出すガルドと共に大通りへ出る。
「こいつは……隣国の侵略か」
俺はうなずき、再び時を止めて戦車の兵を落とす。
逃げる子どもたちの位置をずらす。
敵はまだいた。板金鎧に身を固めた騎士、法衣を纏った魔法使い。
「ユウマ、大丈夫か? 無理すんじゃねぇぞ!」
「そうよ、ユウマ。まずは生き残ることを第一にね!」
ガルドとミーナがかばうように俺の前に立つ。
だが、そうも言っていられなかった。
炎と雷撃で視界が眩む。冒険者たちが倒れるたび、時を戻して先手を打つ。
幾度目かの死と再生の果て――敵軍は異変に気づき、撤退を始めた。
「撤退だ! 一時撤退しろー!」
彼らは混乱していた。
兵士の死傷者はおびただしいのに、冒険者は誰一人倒れていない。
半壊した大通りで、俺はへたり込んだ。
「神速のお兄ちゃん、大丈夫?」
心配そうな眼差しで見つめてくるのは、マイクとボブ。
その顔を見た瞬間、全身の力が抜けた。
***
夜。俺たちを含め、冒険者たちは領主の屋敷に呼ばれた。
「誠に見事な戦いぶりであった。そなたらの尽力により、市民の被害は最小限に抑えられた」
白い髭を蓄えた六十過ぎの老人――領主が、冒険者たちを称える。
「だが領主さんよ、あれで終わりとは思えねぇぜ」
「そうね。突然、引き返していったように見えたわ」
ガルドとミーナの言葉に、場がざわつく。
「そなたはガルドと言ったか。先の盗賊たちの件も聞いておるぞ」
「おうよ。侵略なのは間違いねぇが、どうも解せねぇ」
「そうじゃな……なぜこんなことが起こったのか」
領主によると、この街は国境付近にあるものの、戦略的な価値はほとんどない。
ゆえに衛兵も少なく、街を実質的に守っていたのはギルド所属の冒険者たちだった。
援軍の要請は王都へ送られた。
その間、街の防衛を任された俺たちは準備に追われる。
松明の灯りが照らす夜。
倒れた敵兵の遺体を片づけ、壊れた城壁に土嚢を詰める。
肉体労働は夜更けまで続いた。
「ユウマ、疲れたら休んだ方がいいよ」
土嚢を一袋ずつ運ぶ俺を見て、リナが気遣う。
彼女は三つ、四つ抱えて平然としていた。
「あら、ユウマ。背中、怪我してるよ」
「えっ?」
「ほら、見せて」
気づかなかったが、背中にズキッとした痛みがあった。
戦車から飛び降りた時に打ったのかもしれない。
時を戻しても、自分の傷は治らないのか――。
「あぁ、もし傷も治っていたら……その時の記憶もなくなってしまう、ってことか」
「これでよしっと」
リナが傷口に札を貼ると、スゥっと痛みが消えた。
「どうしたの? みんな助かってよかったでしょ? これが終わったら、ゆっくり休みましょ」
「あ、あぁ……そうなんだけど……」
まだ脳裏に焼き付いていた。
マイクの断末魔、アリサの最期、そして血に染まったギルド。
――けれど、それはもう、この世界では“なかったこと”になっている。
リナに説明することなど、できなかった。
【第3章・完】
お読みいただきありがとうございます。
第3章では、ユウマが「力の裏に潜む痛み」と直面する初めての瞬間を描きました。
どんなに時間を巻き戻しても、消えないものがある――。
その小さな違和感が、次章以降で彼の心をゆっくりと蝕んでいきます。
次回、第4章では「選択」がテーマになります。
どちらかしか救えないという現実に、ユウマがどんな決断を下すのか。
ぜひ続きも読んでいただけたら嬉しいです。




