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第2章:時よ、止まれ。俺の冒険が始まる

第1章に続く、第2章です。

異世界に来てから少し時間が経ち、悠真は仲間たちとともに冒険者として活動を始めます。

無敵の力「時を操る能力」を試しながら、初めて本格的な戦闘依頼に挑むことになります。

そして、物語の裏では静かに“何か”が動き出していました。

 街は、思ったよりも賑やかだった。

 石畳の道、レンガ造りの家、行き交う人々、香ばしいパンの匂い。

 俺は異世界らしい光景に目を奪われながら、リナたちの後を歩いていた。


「ねぇ悠真、この国に来る前って、何をしてたの?」


 軽い調子で尋ねるリナに、俺は曖昧に笑って答える。


「数字と文字ばかり見てた。戦うこととは縁がない仕事だよ」

「ふーん、でもあの盗賊のとき、すごく冷静だったじゃない」

「あぁ、止めていたからな」

「止めて?」

「あっ、いや、突然のできごとで、呆然としていたという意味だ」


 リナは一瞬不思議そうに首をかしげたが、すぐに笑って「そっか」と返した。

 街の喧騒の中、俺は心の中で苦笑した。


(本当は一人でみんな倒したんだけどな)


 リナたちの案内でギルドの冒険者登録を済ませてから、俺たちはしばらく小さな依頼をこなした。

 盗賊退治の後、時間を止める力を使えば何でもできると悟った俺に、失敗はなかった。


 例えば洞窟に巣食っているゴブリン退治。

 仲間たちと入る前に時間を止め、入念に下見をする。ゴブリンの配置や罠の位置など、あらかじめ全て把握しておくのだ。


 野犬対策の依頼では、何十匹という野犬に囲まれながらも、時を止めては剣を振り下ろす瞬間に解除を繰り返し、一匹ずつ確実に対処していった。


 誰もその仕組みを理解できず、俺は「まるで未来が見えているようだ」「目にも止まらぬ早業で剣を振るう、異国の達人のようだ」と噂されるようになっていた。


(悪くない。この力さえあれば、どんな困難も越えられる)

 俺は確信していた。


 剣の腕も少しばかり上達した。

 時を操れると言ってもサラリーマンだった俺は、モンスターと戦うどころか、重い剣を振り回すのもままならなかった。


 そこはガルドが丁寧に手ほどきをしてくれた。

 体の作り方から剣の扱い、さらには自然の中でのサバイバル術まで。

 今では小さなモンスターなら、時を止めなくても一人で倒せるまでになっていた。


 面倒見がよく豪快で責任感もある――頼りがいのあるパーティのリーダー、俺の兄貴分だ。


 ミーナは聡明でクールな女性だ。

 俺より年下らしいが、どこか年上のお姉さんのような雰囲気を持っている。


 魔法使いである彼女はいくつか魔法を教えてくれたが、魔法体系がどうの、ルーン構造がどうのと、俺にはさっぱり理解できず、使えるようにはならなかった。

 小さな火を出すにも「虚空のエネルギーを収束圧縮して、加速ルーンがどうこう」と――まるで工業系の講義を聞いている気分だった。


 リナはいつも俺を気遣ってくれるムードメーカーだ。

 お札のようなものを使い、怪我を回復させる魔法使いらしい。

 明るく社交的で、洞察力にも長け、依頼の交渉事はいつも彼女が担当してくれる。


 盗賊たちとの一件以来、ちょくちょく俺に「何か不思議な力を持ってるんじゃない?」と探りを入れてくるが、うまく誤魔化している。


 そんなある日、ギルドの依頼板に新しいクエストが貼り出された。


「街道沿いの交易隊が襲われた。積み荷の奪還および盗賊の討伐」


 報酬金額は、今までの数倍だった。


「どうする?」

 ガルドが腕を組んで言った。

「危険だが、今の俺たちなら問題なさそうだ。やってみるか」

「もちろん! 久々に大仕事よ!」


 ミーナが嬉しそうに笑い、俺も頷いた。


 そのときだった。

 ふと視線を感じて振り向くと、街角に黒いフードを被った人影が立っていた。

 だが、気のせいかと思い直してすぐに視線を戻す。


(今の……? いや、ただの通行人だろう)


 ギルドの中は、今日も喧騒に包まれていた。

 話題はもちろん、あの高額な依頼。


「あら、ガルドさんたちもこの依頼を受けるの?」


 三つ編みの赤髪が可愛い受付嬢――アリサさんが声をかけてきた。

 ギルド協会から派遣されてきた彼女は、俺たちの依頼をいつも担当してくれている。


「噂の新人さんもご一緒なのね」

 そう言って、チラッとこちらを見てニコッと営業スマイルを見せる。


「この依頼、ただの盗賊にしては危ないのよ。二組の冒険者が戻ってきていないの」


「確かに気になるな。他に情報はあるのか?」

 ガルドがカウンターに手をつき、真剣な眼差しを向ける。


「ここ数日で立て続けに起こっているらしいわ。積み荷は貴族の調度品。噂では、この辺りの盗賊団じゃないって話よ」


「まぁ、俺たちなら大丈夫だろ?」


「あら、新人君はずいぶん強気ね。実際に死傷者も出てるのよ?」


 アリサの挑発に、少しムッとしたが、ここは引けない。

「大丈夫さ。俺の“目にも止まらぬ剣の腕”で、ちょちょいと解決してみせるよ」


 ――もし仲間に一大事があったとしても、時を戻せば問題はない。


「じゃあこちらの契約書にサインを。依頼主は、荷物を奪われた貴族様ね」


 契約を済ませ、俺たちは街を出発した。

 目的地は街から歩いて二日――最寄りの宿場町の手前だ。


 夜。

 街道沿いの森で野営をすることになった。

 焚き火の灯りに照らされ、リナは熱心に呪符を並べている。


「随分とたくさんの種類があるんだな」


 薄い長方形の紙に筆で模様のような文字が描かれている。まるで和風ホラー映画に出てくるお札の束のようだ。


「この符はね、体に貼ると傷を早く治せるの。こっちは止血用、こっちは解毒用。瀕死までは無理だけど、応急処置なら任せて」

「なるほど、それなら熊に襲われても安心だな」

 リナは少しだけ微笑む。


 ふと思い出した――俺には、時を止める以外にも“時間を巻き戻す”力がある。

 最悪の事態に陥っても、やり直せばいい。そう思えば、怖いものなどないはずだ。


 静かな夜。焚き火のぱちぱちという音が、心地よく耳に響く。

 サラリーマン時代にはなかった緊張感と充実感。

 そして、仲間と共に過ごす安心感は、この短い期間で、もうかけがえのないものになっていた。


 なぜだろうな。

 会社では、同じフロアに何十人もいたのに、みんな一日中ディスプレイを見つめているだけで、つながりなんて感じられなかった。

 失敗を笑う同僚。飲み会という名の、退屈な儀式。


 安全で、何も変わらない毎日。

 それなのに今――危険で、不安定で、先の見えない生活の中で、こうしてリナと笑い合えることが、なぜか幸せに思える。


 そんなことをぼんやりと考えながら、夜は静かに更けていった。


 翌朝。

 俺たちは“異変”の現場へと到着した。


 交易隊の馬車は無残に破壊され、地面は焼け焦げ、血の跡が林の奥へと続いている。


「……こりゃまた派手にやられたな。つまり、罠ってわけか」

 ガルドが剣を抜く。


 周囲には、先に到着していた冒険者たちの死体。

 そして木陰から姿を現す、数多の盗賊。


 その首元には、あの奇妙な紋章――黒い円環に三本の赤い線が絡む銀のペンダントが光っていた。


「こいつら、あの時の……!」

「何者なのよ、あんたたち!」


 リナが叫ぶ。

 盗賊たちは笑いながら剣を抜いた。


 戦闘が始まる。


「雷よ、嵐のように舞い踊り、かの者たちを打ち砕け!」


 ミーナの魔法が炸裂し、数名の盗賊が吹き飛ぶ。

 俺とガルドは前線で二人を守りながら応戦した。

 だが――数が多すぎた。


「深淵の猛毒よ、何もかもを腐らせろ……!」


「まずい! 酸の魔法よ!」


 ミーナが叫ぶ。

 三人の魔法使いが一斉に強力な呪文を詠唱し始めた。

 これが、ここに転がる冒険者たちの死因だろう。


 俺は静かに呟く。


「――時よ、止まれ。」


 世界が、静止した。

 風が止み、焚き火の灰が宙で漂い、音が消える。


 俺は盗賊の群れの中へ入り、三方向から取り囲む魔法使いのもとへ歩み寄る。

 そして、それぞれの杖の向きを、わずかに――仲間の方から別の魔法使いたちの方向へと変えた。


「時よ、動き出せ。」


 世界が再び息を吹き返す。


「ぐわっ! 助けてくれぇ!」

「溶ける、溶けるぅ! いやだぁ!」


 酸の匂いが辺りを満たし、肉も骨も、武器や防具さえもドロドロに溶けていく。

 悲鳴と焦げた臭いだけが森に響き渡った。


「ガルド、今だ!」


 俺は我に返ったガルドとともに、残りの盗賊たちを一掃する。


(本当に、俺は最強だ)


 戦いが終わったあと、リナが口を開いた。


「……ねぇ悠真、あなたって何者なの?」

「なんのことだ? 確かに今、おかしなことが起きた気がしたけど、俺は何もしちゃいないさ」

「ふぅん、嘘つき」


 リナは笑いながら、俺の肩を軽く叩いた。

 その笑顔が、不思議と胸に焼きついた。


(今度こそ、俺は間違えずに生きられるのかもしれない)


 そう思ったとき、ふと森の入口に目をやる。

 街道の方から黒い人影が、こちらを見ていた――気がした。


 冷たい視線に、ほんの一瞬だけ胸がざわつく。


(……なんだ、今の感覚は)


 だが、すぐに首を振り、笑ってごまかした。


「まぁいい。街に戻って、報酬をもらいに行くか」


 ――その異変に、まだ誰も気づいていなかった。


【第2章・完】

ここまで読んでくださりありがとうございます。

今回は、時間停止の応用――“非力でも知恵で勝つ”というテーマを描いてみました。

悠真が無双する中にも、次第に見え隠れする違和感。

次回、第3章ではついに「時を戻す」力が発動し、彼の選択が試されます。

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