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なんとかチケット争奪戦を勝ち抜き、公演当日。
待ち合わせは改札前。行き交う人の波をかきわけながら、叶の姿を探す。視界にはパリッとしたスーツ姿が多く映る。
時計を見ると、約束の時間まであと五分。少し早く着きすぎたかもしれない。人の流れに押されながらスマホを取り出し、「どこおる?」とメッセージを送る。
すぐに「もうすぐ着く! そっちは?」と返ってきた。
顔を上げた瞬間、向こうから手を振る姿が見える。
「こっちこっち!」
叶はいつものように、ゆるっとしたパーカーにデニム姿。肩には見慣れたショルダーバッグ。変わらないその格好に、なんだかほっとする。
「安定のパーカーやな」
「いつもどおりがいちばん落ち着くねん」
満面の笑みを浮かべる叶につられて、自然とこちらも笑顔になる。
「ほんま、チケット取れてよかったわ。秒で売り切れてたし」
「さすがやな。執念の勝利やで」
他愛のない会話を交わしながら、二人で並んで歩き出す。懐かしい場所への道のりが、いつもより特別に感じられた。
店内に入ると、穏やかなBGMが耳をかすめる。奥に視線を向けると、ステージのスクリーンに今回の作品名が映し出されていた。
「エイリアンハンドシンドローム」
「……どういう意味やろ?」「なんか、聞いたことないな」
二人して首をかしげながら、席に腰を下ろす。
やがて、照明が落ち、静寂のなか幕が上がった。
——もし、自分と大切な誰かの二人しかいない世界で、相手が消えてしまうことになったとしたら?自分の命を差し出せば、大切な人の命が助かるとしたら?
静寂の中、役者の声が響く。
「命を救えるなら、自分の命を差し出す」
その言葉には迷いがなかった。けれど、その表情はどこか悲しげで——。
しかし、問いはそこで終わらなかった。
「でも、救ってもらっても、君はもうこの世界にはいない。大切な気持ちだけを残して取り残されるのと、消えていくのと……どちらが幸せなんだろうか?」
——この世に二人しか存在しない世界。自分が死ぬかわりに、愛する人が生きる。
舞台上の登場人物たちが、静かに、けれど確実に問いを突きつけてくる。
役者たちの声には感情が乗り、舞台の空気が張り詰めていく。暗がりの中で、一筋のスポットライトが役者を照らし、その表情を浮かび上がらせる。
愛する人を生かすために死ぬか。愛する人を失って生き続けるか。自分なら、どちらを選ぶだろう?
劇中の言葉が、胸に響く。
愛する人を失って、一人きりで孤独に苛まれるのは耐えられない。だけど、それ以上に、その孤独を愛する人に背負わせるなんて耐えられない。
それならば、自分が引き受ける。
叶の隣で、私はじっと舞台を見つめていた。けれど、視界が少しずつ滲んでいくのを感じていた。
その滲みは、舞台上の悲しみや問いかけだけでなく、私自身の心に深く絡みついているものだった。涙をこらえるのがやっとで、ただ静かに息を呑みながら、私はその瞬間を受け入れていた。
「エイリアンハンドシンドローム」(西田大輔さん作演出)は実際にあった公演です。台詞はsparkleさんのレポを参考にさせてもらいました。