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お風呂上り、髪を乾かすのにかかる時間がじれったい。まさか寝てないよな?と思い、メッセージを送る。「もうちょっとでつなげられるけど、起きてる?今髪乾かしてるところ。」「寝かけてたけど、今の通知で起きた」「いや、寝てたんかい 笑 連絡してよかったわ。」「あぶなかったー 髪乾かし終わったら、電話してきて」「りょー」髪は短いのにとにかく量が多くて、なかなか乾ききらない。もういいやと諦めて半乾きだけど電話をかける。いつもより少し眠そうな「おつー」という声が鼓膜を震わせる。それでも、普段と変わらない柔らかい声色に心がゆるんでいく。先日話していた悩みの種はどうなったのだろう。「今日は仕事やろ?あの人の件、どうやったん?無事に乗り越えた?」「それがさ… あの人、今日も一人で暴走してはじめて、前回の会議で決めた分担ガン無視でさ。勝手に勘違いして作業してきたくせに、挙句の果てには『私の言うこと聞いてくれない!』って会議でキレてさ。周りみんなドン引きやったわ」と叶は心底呆れた声でため息をついた。思わず、私も頭を抱えた。「うわぁ カオスやん。結局どうなったん?」「なんとか宥めて軌道修正したわ」「ホンマにお疲れ様… よう耐えたなぁ めっちゃえらいやん 」「やんな!そうよな!」空元気な気がしないでもないが、とにかく今は褒めて疲れを軽減させてあげないとあかんと思い、「そうやで。マジでに偉い!」と続けざまに褒める。「そう言って貰えると救われる…」「こんなんでいいんやったらいくらでも褒めるわー 笑」「マジ?あざ 笑 めっちゃ嬉しいわ。」叶には持病があり、普通の新卒とは少し異なる採用枠で入社したため、少し特殊な環境なのだ。同期といっても周りは中途入社の人しかいないらしい。他の人は社会人経験があるため、スキルは高い。だけど、それゆえに結構クセがある人も何人かいるらしい。「あぁ そうよなぁ 叶一人だけ新卒やし、余計言いにくそう」「いや、ほんまそれな!めっちゃ気つかう… そのせいか、最近めっちゃ頭痛いんよなぁ」冗談めかした口調ではあるけど、妙に気になった。最近、叶が『体調悪い』って言う回数、増えてないか……?このまま根詰めて働いて本当に大丈夫なのだろうか?完璧じゃなくてもいいから、そこでやめときって言ったとしても——。叶の場合、それが逆に気になって寝られなくなったり、余計に神経をすり減らしたりしそうだ。下手なことは言えない。言葉の選び方を間違えれば、逆効果になってしまう。「絶対仕事のストレスやん… せや、昨日はちゃんと寝れたん?」「あぁ 咲と昨日も2時までしゃべってたおかげでちょうど6時ぐらいに起きれたわ。そうじゃなかったら、たぶん途中で起きてもうてた」声がかすれているような… 気のせいだろうか?ちょっとした違和感を抱く。「それはな!ええか?寝てるっていわへんねん!そういうのは連続して7時間ぐらい寝てから言い!まぁでも、途中で起きひんかっただけ前進かぁこの調子で時間伸ばせたらええな」「せやなぁ やっぱり社会人って大変… なんか生理痛もかつてないほど激痛やったり、たちくらみしたりさぁ この苦しみに耐えられてるのも咲のおかげやわ。感謝してもしきれへん」「え、なに?照れるやん。 褒めてもなんもでてこうへんで? 笑」そう言ったものの、叶は最近ずっと調子が悪そうだ。唐突に音信不通になることだって以前よりも多い気がする。互いに気分がのらないときだってあると思ってあまり気にしてこなかったけど、たちくらみって鉄分不足とか? いや、それだけならいいんやけど…「はぁ?人が純粋にお礼言ってるのに、何言ってんねん 笑」と照れ隠しにちょっとキレたふりをする叶を見て、思わずふきだす。「やめよやめよ!楽しい話しよ!退勤してまで仕事の話はもうええわ」とさっきの陰を吹き飛ばすように話題を切り替えた。「いや、せやわ… 会社に毒されてるわ。せや、最新話見た?推しのイケメンっぷり、ヤバかったくない?!」「当然!配信されてすぐ見たわ。もうさ、あのシーンやばくない!?はぁぁあれは語彙力失うやつ」さっきとは違う意味で頭を抱える。「そう!そうなんよ!もう何回見返したか?!マジで最高やった…やっぱり推しは神やわ…」にやけっぱなしの顔がなんだかおかしい。「間違いない!」ケラケラと二人で声をだして笑う。住んでいるところが遠くてめったに会えないものの、毎日のようにこうしてくだらない話をしているからか、もはや一緒に暮らしているような感覚に陥る。「せや、あんたの次の推し活はいつなん?どうせ今月もめっちゃ入れてるんやろ?」と叶に聞かれて思わずウッとうなる。やはり、叶は鋭い。アニメだけでなく、舞台にいくのが大好きな私は最低月に1度は観劇にいかなければ禁断症状がではじめるのだ。「今月は2回!来週と再来週!いやぁね 月一にしようと思ってたんやけどさ、劇場通ってたら何回もフライヤーとか見るやん?最初は行く気なかった作品のはずやのに――」といつものように切り返す。「見事にやられてるやん 笑 運営の思うつぼ 笑」と半分呆れられながらも、説教をしてこないこの絶妙な距離感が心地よい。
「しんどいことも辛いこともなく、こんなくだらない話をずっと続けられればいいのに――。」心のどこかで、それが叶わないことを知っている。だからこそ、この瞬間が、愛おしくてたまらなかった。