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半妖はうつし世の夢を見る  作者: 氷純
最終章 令和高天原参り

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第十八話 全面降伏

 予想外の流れになったと、折笠は目の前の陰陽師を束ねる少女を見下ろす。

 出雲大社、一の鳥居と呼ばれる白いコンクリート造りの鳥居の左右に陣取って、折笠たち強襲組と日本陰陽師会は向かい合っていた。

 当初は問答無用で制圧する作戦だったが、出雲大社の陰陽師はほとんどが目の前の少女の一派に制圧されており、妖核を差し出すから交渉に応じてほしいと懇願された。


 実際に差し出された妖核はピンからキリまであったが、家宝になるだろう強力な妖核もあった。大蛟ほどではないが大河堰クラスがそれなりの数混ざっている。

 つまり、目の前の少女は家宝を強制的に差し出させるほどに、今の陰陽師会の実権を握っていることになる。

 緊張した面持ちで、少女が護衛も連れず一の鳥居に中央へ進み出る。


「死去した水之江漲月に替わり、日本陰陽師会の会長となった土御門麟央です。降伏と、共闘の申し出をしたい」


 折笠はちらりと大泥渡の肩に乗っているサトリを見る。

 サトリはふてぶてしく腕を組んで麟央を睨み据え、折笠に言う。


「嘘は言ってねェな。だが、丸っと信じンのは危険だゼ? このガキ、自己保身の塊だ。形勢が不味くなりャ、即逃げる。そもそも、陰陽師会を完全に手中に収めたわけじャあねぇんだ。どれだけの陰陽師がこのガキに従うか分かったモンじゃねぇ」

「戦力としてあてにするのは危険ってことだな」


 麟央に従わない陰陽師に背後から襲われる可能性もある。かといって、前線に陰陽師を立たせようとすると自己保身の塊こと麟央が逃げ出す可能性が高い。

 使いにくい。さっさと全滅させる方が手早いのだが、問題がある。

 大泥渡が面倒くさそうに頭を掻く。


「土御門家は狐妖怪の血筋だぜ? 半妖ではないけど、立場が中途半端だ。交渉に応じないってのは、政治的にどうなんだ?」

「ただの陰陽師なら即制圧だったんだけどなぁ」


 折笠はため息交じりに呟いて、肩に乗っている黒蝶に視線を向ける。

 黒蝶変じるクロアゲハが「しょうがないなぁ」と嬉しそうに呟いて人の姿に戻った。折笠の両肩にずっしりと一人分の重みが乗っかる。


「肩車になってんだけど……」

「視点は高い方が威厳が出るからね!」


 黒蝶のドヤ顔が目に浮かぶが、いつものいたずらだ。

 折笠は決して重いとは口にせず、さりげなく唐傘を杖代わりに地面に突き立てて重さを逃がす。

 黒蝶が麟央に声をかけた。


「そちらの情報をすべて話してもらうよ。こっちにはサトリがいるから、嘘はつけないって理解してね。では、麟央ちゃんに質問です。スリーサイズを教えて?」

「黒蝶さん、どさくさ紛れにセクハラしない。後、そんなんで迷わせ欲求を満たそうとしないで。ややこしくなるからさ」

「だって、折笠君がお利口さんに唐傘を杖になんてするんだもん!」


 緊張感のないやり取りを繰り広げる折笠たちに、陰陽師たちは毒気を抜かれたような顔で脱力する者と、悔しそうに睨みつけて戦意を見せる者とに分かれた。

 直後、月ノ輪童子と塵塚怪王、大泥渡の三名が戦意を見せた者を叩き潰す。生首が宙を舞い、身体が一瞬で燃え上がり、地面に叩き伏せられて身動きを封じられた。

 背後で部下が死に、あるいは無力化されても、麟央は眉一つ動かさない。


「この降伏は全面降伏です。生殺与奪は対い蝶の郎党にあります。私も、この期に及んで戦おうとする間抜けは要らないので、どうぞご自由に処分してください」


 十代前半の少女だが、かなり肝が据わっているらしい。

 むしろ、無力化にとどめて殺さなかった大泥渡が渋い顔をした。


「せっかく、遠慮なく捨て駒にできるやつを見つけたのに殺すのか?」


 大泥渡もあまり人の生死に拘っていなかった。

 黒蝶が麟央に微笑みかける。


「オッケー。自己保身で他人の命を歯牙にもかけないタイプだね。信用できないから情報だけもらうよ。でも、ちゃんと生かしておく。土御門麟央さんの後ろの人達もね」

「ありがとうございます。それで、生かしておく条件は?」


 情報を抜き取るだけなら、生かしておく必要がない。どうせ死ぬならと嘘を吐いたところでサトリに心を読まれて事実を引き出されるからだ。

 生かしておくことに条件が付くと即座に思い至るのだから、麟央という少女は頭の回転が速いのだろう。

 話が早くて助かる、と黒蝶が続ける。


「今後、日本陰陽師会はもちろん、すべての陰陽師またはそれに類する者が半妖を調伏、または洗脳などの手段を講じて意のままに操ることを禁じる。これに反した場合、その身一つで妖怪ないしは半妖の隷下となる。この判断を対い蝶の郎党に委ねること」

「……えっと」


 黒蝶が提示した条件を吟味しているのか、麟央は黙り込む。

 折笠は肩車している黒蝶を見上げる。


 かなりえげつない条件だ。何しろ、調伏などの術式どころか洗脳まで含めている。そして、この洗脳の文言が定義されていない。

 さらには判断を対い蝶の郎党に委ねるという文言。これは裁判権を委ねるのに等しい。

 つまり、対い蝶の郎党が『この陰陽師は洗脳している』といえば、たまたま半妖を養子縁組した場合でも一方的に裁けることになる。


「当主様、進言いたしたく……」


 麟央に、老齢の陰陽師が耳打ちする。条件の悪さに気付いたのだろう。

 だが、気付いたとしてもこの場で抗弁できるかは別問題だ。

 従わないなら仕方がないから全滅させるね、と黒蝶が言ってしまえば、日本陰陽師会は壊滅する。圧倒的な武力の前には交渉が成立しない。

 しかも、いままで半妖の命をなんとも思っていなかった陰陽師会の在り方を是正するという正義が黒蝶の提示した条件にはある。陰陽師会の判断はこと半妖の処遇に関して一切信用できないという土壌があるのだ。

 つまり、裁判権に陰陽師会が介入する大義名分がない。


 ――迷うとは、選択肢を選ぶこと。迷わせるとは、選択肢を選ばせること。

 逆説的に、迷い蝶の半妖である黒蝶は本能的に、退路を断つ話術を理解している。

 麟央は老齢の陰陽師に耳打ちされた後、キョトンとした顔で黒蝶を見た。


「分かりました。その条件を全面的に呑みましょう。また、日本陰陽師会に半妖を調伏している陰陽師を発見する部署を新たに設け、その人員の名簿を対い蝶の郎党に送ります。連絡先が決まり次第、お知らせください」


 即決すぎて、一瞬の沈黙を挟み、折笠と黒蝶は同時に笑いだす。

 麟央は自己保身の塊かもしれないが、半妖の人権に関しては折笠たちと同じ考えだと察したからだ。

 下漬との戦闘で麟央は役に立たないだろうが、戦後の半妖の扱いについては協調できる。

 確信を得て、折笠は一の鳥居の中央へ進み出る。


「降伏を受け入れよう」


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