表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
半妖はうつし世の夢を見る  作者: 氷純
最終章 令和高天原参り

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/110

第十七話 貧乏くじ引き少女

「そうですか。やはり、漲月のおじさまは亡くなりましたか……」


 急遽、出雲防衛の総指揮に据えられた土御門麟央は、水之江家の訃報に無表情で応じた。


「下がってください。葬式ができる状況でもありません」


 使者を下がらせ、麟央は扇子を取って首元を仰ぐ。


「どうしろというんですか、この状況」


 どいつもこいつも忠告を聞かないバカしかいない、と麟央は口には出さず、代わりに扇子をパチンと閉じる。

 土御門家とは、日本で最も名をはせた陰陽師、安倍晴明に連なる家系である。

 だが、五行家では長らく最下位に置かれてきた。

 なぜならば、安倍晴明の母は葛の葉と呼ばれる狐妖怪だから。すなわち、土御門は妖怪の血筋でもあるのだ。

 いつ妖怪や半妖に与するか分からない危険な家系として、監視もあって五行家に入れられているのが実態だ。


 だから、水之江夜暗から指揮を任された時には驚いた。同時に、自分たちが泥船に乗っていることを察した。

 金羽矢家に裏切りの兆候がなければ、この大舞台に土御門の出番などありえないからだ。

 だから、麟央は総指揮の打診を受けたその場で金羽矢家を拘束するよう、夜暗に進言した。だが、進言は聞き入れられず、夜暗曰く「泳がせる」ことが決められた。


 その晩に夜暗が亡くなったとの報せを受け、麟央は泥船が浸水していることを悟った。

 速やかに当主の座を引き継いだ漲月に対し、麟央は再度、金羽矢家を拘束するべきと強く進言したが、無駄だった。

 泥船は沈んだ。もはや浮上しない。


「どうしようかな」


 出雲を守るのが日本陰陽師会の総意だ。しかし、金羽矢家が離反した今、出雲防衛が不可能なのは誰の目にも明らか。

 そんな状況なのに、残っている陰陽師は水之江派ばかり。夜暗と漲月の遺志を継ぎ、敵討ちに燃えている。撤退するような連中ではないだろう。元々、妖怪相手に命懸けで戦っていただけあって、大一番で死ぬことを怖れない。

 だが、麟央はこんな場所で死ぬなんてお断りだ。


「とりあえず――制圧しようかな」


 方針を決めた麟央の動きは早かった。

 さっと立ち上がると箪笥から陶器の置物を取り出す。どれも狐の形をしたそれは妖力を込めると手のひら大の小さな狐となった。


「三度回れ」


 小さな狐に命じて、部屋から送り出す。土御門に連なる陰陽師の下へ走った小さな狐は指示通りに三度回って陶器に戻る。事前に取り決めていたこの符丁を読み取った陰陽師もすぐに動き出すだろう。

 まずは出雲の水之江派陰陽師を制圧して言うことを聞かせなくてはならない。

 実力を見せていない麟央はお飾りの総指揮官だ。統制を取らないと撤退できない。

 麟央は部屋を出て中庭に出る。


「この状況、対い蝶や下漬にも伝わってるかな。速度を上げてくるとしても一日か二日は猶予があると思うし……」


 ぶつぶつと独り言を呟きながら、麟央は撤退の手順を考える。

 出雲の放棄はもう心に決めた。だが、下漬の高天原参りは阻止したい。対い蝶の郎党が掲げる目的は陰陽師にとって手痛いものになるのだが、麟央個人としてはむしろ応援したいくらいだ。

 半妖を捨て駒にしている現代陰陽師の在り方がそもそも間違っている。棚ぼた的に日本陰陽師会の実権を握った今、麟央はこの機会に改革に取り組むつもりだった。


 邪魔してきそうな水之江家は力を失い、金羽矢家は離反した。土御門家の独裁体制を築ける。

 出雲の制圧さえ完了すれば、対い蝶の郎党と交渉の場を持ち、共闘は無理でも式に使う妖核を提供して戦闘を回避できるかもしれない。

 少なくとも、日本陰陽師会を改革する権限と意思を持つ麟央に利用価値を見出すだろう。


「話が通じると良いんだけど――あ、間に合わなかったかぁ」


 出雲大社周辺に張ってある結界が弾け飛ぶ気配を感じ取り、麟央は力なく笑って空を見上げる。

 結界を担当していた水之江家の当主が相次いで死んだことで結界そのものが弱くなっていたとはいえ、一瞬で破壊するほどの強大さ。

 いまの陰陽師会が戦って勝てる相手ではないと理解させる所業だ。


 空から大量の唐傘が降ってくる。対い蝶の紋を染め抜かれたその唐傘が襲撃者の素性を知らしめる。

 妖力を感じ取って、麟央は唐笠お化けの半妖が着地するだろう地点へ向かう。


「……困ったなぁ」


 麟央は水之江家の大蛟が神性を得た時の気配と唐笠お化けの半妖の気配、妖力の多寡を測って悩む。

 麟央の感覚が正しければ、唐笠お化けの半妖は大蛟に届く寸前といったところ。つまり、神性を得られる可能性が高い。

 だが、対い蝶の郎党の頭領である唐笠お化けの半妖がまだ神性を得ていないということは、三つの神性持ちを有する下漬に戦力で大きく負けている。


 それに、と麟央は思考を巡らせる。

 水之江家の大蛟と同様に、金羽矢家にも家宝がある。式ではなく、調伏した妖怪だ。

 江戸期から金羽矢家に伝わるその妖怪の妖力はかなり高まっているだろう。

 五行相生、土生金。土御門家が力をつければつけるほどに高まる家柄、金羽矢家。その家勢を支える妖怪。

 もしかすると、四体の神性持ちが下漬勢力に集まっている。


「対い蝶と組んでも勝てないかも……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ