表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
半妖はうつし世の夢を見る  作者: 氷純
最終章 令和高天原参り

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/110

第十五話 裏切り

 宮崎県から出発する百鬼夜行があった。

 雷雨を伴って東へと向かうその百鬼夜行の中心に空を駆ける雷獣の姿がある。

 だが、百鬼夜行を成す妖怪も半妖も、この集団の主が雷獣ではないと身をもって知っていた。


 ――八百比丘尼、下漬。


 九州の妖怪たちを調伏し、雷獣を旗印に百鬼夜行を興した不老の陰陽師。

 下漬は土蜘蛛の背に座り、見物に来た一般人にも堂々と姿を見せている。妖怪を従える陰陽師に見えるよう狩衣を纏い、これ見よがしに人型の紙を周囲に飛ばしていた。


「こんばんは、出雲に向かっています。道を開けてくださいねー」


 胡散臭い笑顔を振りまき、目的地まで明示している。本人は親しみやすさを演出しているつもりだが、周囲を固めるのはおどろおどろしい妖怪たち。

 動画を撮りに来た怖いもの知らずの一般人も一定の距離感を保つほど、下漬の百鬼夜行は不気味だった。

 調伏された妖怪たちは自由行動を奪われているが、意思は確かに存在する。その表情と妖怪たちが作る空気感は下漬の親しみやすさと対立し、胡散臭さを引き立てる。

 好奇心旺盛な野次馬でさえ、巻き込まれればただでは済まないと身構える。


 なによりも、下漬自身が纏う神性こそが問題だった。

 一般人にも感じ取れる強烈で濃厚な妖力。下漬が纏うその妖力はあまりにもおぞましい。

 敵意も害意も、悪意すらも窺えない下漬の笑みがおぞましい。

 触れてはならない存在。そう理解させるのに、周りの妖怪たちの様子は効果的だった。


 ――逃げろ。


 百鬼夜行を成す妖怪たちが野次馬の人間に対して表情で伝えている。

 人間に恐怖を振りまく妖怪たちは、妖怪自身が抱く恐怖を人間に伝えて避難を促している。


「……せっかく、私を後世に伝えてくれようとしているのに」


 笑うような明るい下漬の声が発せられるのと、雷が百鬼夜行の一角を穿つのは同時だった。

 炭化した妖怪が消滅し、妖核が砕かれて雷獣の妖力が増す。

 一部始終を見ていた野次馬が硬直した。


「こんばんはー。動画を撮ってくれてありがとう。かならずネっトに投稿してくださいね」


 下漬に声を掛けられた野次馬は震える手でスマホを向ける。

 理解せざるを得なかったのだ。

 この祟り神の意に反したなら、不幸が待っていると。

 下漬はスマホを見て少し考えた後、スマホという存在を思い出したように手を振った。


「遠出ができない方は関門橋で私たちを見送ってくださいねー」


 スマホの向こう、ネットを見る人々に伝わるように活舌よく宣伝をして、下漬は満足した顔をする。


「そういえば、関門橋の封鎖を防止する件の連絡がまだでしたね」


 ちゃんと通れるかしら、と下漬は笑顔で呟いた。



 出雲を固める陰陽師会。そのトップに就任した水之江漲月(みつき)は腹部を押さえて零れ落ちそうになる内臓を必死に押えていた。

 死に抗いながらも、漲月は自身の死を悟っていた。


「……冥途の土産に教えてほしい。いつから計画していた?」


 漲月は自身の腹を切り裂いた宝刀の血糊を拭う金羽矢榛春に問う。

 五行家の一角、金羽矢の現当主、榛春。漲月と歳も近く、幼馴染の間柄だ。

 金羽矢家は占星術の大家。深く詳細に未来を見通す一子相伝の術を持ち、五行家に多大な影響を与える家柄だ。

 本来、陰陽師会を裏切るはずのない家柄。だが、漲月は、幼馴染という間柄から榛春の変化に気付いていた。


 十歳ごろから、榛春は漲月への表情を変えた。態度は変えず、表向きの表情も変えず――だが、表情の微細な違いを誤魔化せるほどの演技力が榛春にはなかった。

 榛春は十歳ごろに今回の、陰陽師会を裏切る計画を知った。それは幼馴染として漲月も分かっている。

 知りたいのは、金羽矢家がいつから裏切りを計画していたかだ。


「はるちゃん、俺たちの仲だろ。夜暗は怒ると怖いからさ。俺に責任があるかどうかくらい、冥途の土産に教えてくれないか?」

「あー、あたしさ。みーちゃんのこと、嫌いだったんだよね。いまもそうだけど、結局自分のことしか考えてない癖に、自分の立場を利用して反応を引き出そうとするじゃん? 夜暗のおっちゃんに『冥途の土産ももらわなかったのか、バカ息子』って怒られておいで」


 目の前に転がってきた石ころを道のわきに蹴り転がすような、他人の迷惑になりかねないから仕方なくといった表情で言葉を返した榛春は神性を得た水之江家の家宝、大蛟の妖核を拾い上げる。


「これで、神性持ちは四つっと」


 大蛟の妖核を右手に、左手で人型の紙に伝言を含んで九州の地、下漬の下へ飛ばす。

 榛春は金羽矢家の面々を振り返った。


「あたしはこいつを制御しに行く。あたしは二日留守にするが、その間に下漬のとこに合流しておきな」


 部下たちに出雲制圧を命じ、榛春は大蛟の妖核をポケットにしまう。


「みーちゃん、良いことを教えてやるよ」


 腹から溢れ出る血ですでに貧血を起こしている漲月に榛春は声をかける。


「あたしは天才でさ。五歳の頃には今日という日を待ちわびてたよ」


 占星術、未来を占う術。

 漲月が榛春の変化に気付くことさえ、術で分かっていた。

 榛春は呆れと嘲りを込めて漲月に嗤いかける。


「水之江家って人を見る目がないんだよねぇ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ