第十四話 百鬼夜行
「折笠君、顔色悪くない?」
「人間の想像力は唾棄すべきものだって知ったんだ」
そういう趣味の人達だけで楽しんでいて欲しかった。興味のない人を巻き込むのはやめるべきだ。
何が起きたかを知らない黒蝶は不思議そうに首をかしげる。
「折笠君が闇落ちした?」
実態はどうであれ、日本社会にとっては闇落ちで合っているだろうなと、折笠は思う。
――百鬼夜行。
福島県の廃寺から出発した折笠たちは各地で妖怪や半妖と合流して数を増しながら徐々に南下している。
順調に数を増し、すでに四百近くの妖怪と半妖が一緒に行進している状況だ。
度々霊道を経由して近道をしているとはいえ、ほとんど現世の県道や国道を進んでおり、ネット上では百鬼夜行の様子を撮った動画がいくつも投稿される事態になっていた。
現代人が空想の産物と断じていた妖怪たちが突然数百名もの集団で行進を始めたのだから、興味を引くに決まっている。国によるテロ警戒の呼びかけも効果が薄れ、百鬼夜行に先回りして動画を撮る追っかけまで現れる始末。
妖怪たちもノリがいいものだから、動画撮影者を取り囲んでかわるがわるに記念撮影をしたり、百鬼夜行の中まで担いで狸妖怪が変化した神輿に乗せてしばらく進んだりとやりたい放題している。
テレビでは当初、季節外れのハロウィンを楽しむ迷惑集団などと紹介されていた。
だが、明らかに人の形に収まらない器物妖怪たち、だいだら法師やがしゃどくろといった巨大な妖怪が加わるとあきらめたように取り扱うのを止めて無視し始めた。
もはや政府側がどんな手を打っても妖怪たちの存在を隠蔽できない大騒ぎになっている。
折笠はスマホを弄り、ニュースサイトのコメント欄を眺める。
「CG派はさらに劣勢の模様」
「実物を見ている人も動画や写真を撮っている人も多いからね。先頭の葛の葉の郎党に捕まった一般人が生放送してるよ」
「へぇ。同時接続数――七万!? 無名の投稿者なのにこの数字はすごいな」
「自分も自分もって、これからたくさん配信者がやってくると思うよ」
配信者がやってくるなら、折笠も歓迎する。
この百鬼夜行は示威行為でもあり、話題になればなるほど様子見をしていた妖怪たちを巻き込める。当初予定の五百名を超える妖怪たちが集まるだろう。
その時、先頭集団からSNSグループを通して連絡が入った。
この百鬼夜行を足止めする目的で設置されていた結界を砕いて突破したところ、結界を張っていた陰陽師はすでに結界内で生活していた半妖たちに捕らえられていたとのことだ。
折笠たちの百鬼夜行を止めようとする陰陽師の妨害は後を絶たない。だが、いままで息を潜めていた半妖たちが一斉に反旗を翻したことで陰陽師たちは背後から奇襲されて瓦解することも多かった。
調伏し奴隷のように扱う。ある種の恐怖政治を敷いてきた陰陽師たちは、いままさに虐げていた半妖に革命を起こされている。
折笠が状況を大泥渡にメールで伝えると、返ってきたのは呆れたような言葉だった。
『マジで陰陽師会の連中って正義マンしかいねぇのな。意思のあるやつらの自由を奪ってきた自覚がねぇから足を掬われんだよ。自覚があったら孤立無援って理解して四方八方警戒してるって―の』
だいぶイライラしてるな、と折笠が苦笑した直後、大泥渡から再びメールが届く。
『陰陽師の捕虜が多すぎ。ちょっと東に逸れて……東京タワーだっけ? あの古い方の電波塔に吊るしておけばいいと思うんだわ。この捕虜共、自分が古い自覚がねぇもん』
『そんなの吊るしたら変な電波を出すでしょうが。公害はよくないよ』
折笠が指摘すると、少し時間を空けてメールが返ってきた。
『大将のメールを音読したら、こいつら顔真っ赤なんだけど。サトリと一緒に煽り散らかしてネットに上げて良い?』
『それは変だけどいい電波だからやってよし』
返事はない。今頃、心を読んだサトリとこれからの時代の陰陽師である大泥渡から煽りに煽られて、陰陽師は心頭滅却の逆、心頭熱血しているだろう。すでに顔が赤いのだから、一分とかかるまい。
そんな哀れな陰陽師については思考の一片も割くことなく、折笠はスマホを見て感心する。
「大泥渡君、この間スマホを初めて触ったとは思えないくらい使いこなしてるね」
「だねぇ。サトリに弄られてエッチなサイトがたくさん登録されてるけど、利用料は大丈夫ですかってしおらしく尋ねてきた純粋な中学男子はどこに行ったんだろうね?」
「……黒蝶さん、なんでそれを知ってるの?」
大泥渡が尋ねてきたのは事実だが、その時は周囲を警戒したうえで折笠と二人きりの状況で切り出してきた。黒蝶が知るはずがないのだ。
黒蝶が優美に微笑む。
「さて問題です。私は今、折笠君に鎌をかけたでしょーか?」
「――と今まさに鎌をかけている。黒蝶さんが盗み聞きしたと疑うならそこを起点に俺を弄るし、鎌かけに引っかかったと俺が認めたらそこを起点に俺を玩具にする。そういう鎌かけ」
「ふっ、成長したね、折笠君。免許皆伝をあげるよ」
黒蝶は余裕の表情で折笠を上から目線で認め、握手を求めて片手を差し出した。
折笠は――黒蝶の手を取らない。
「話を逸らそうとしているけど、実際は目々連あたりに俺を監視させて弄りネタを探していたら、大泥渡君の相談が網にかかったのが真相。つまり、黒蝶さんが盗み聞きをした」
「私をかまえバカー!」
捨て台詞を吐いて百鬼夜行の後方へ蝶に化けながら飛んでいく黒蝶を見送り、折笠はスマホに視線を戻した。
ネットニュースに新たな百鬼夜行の情報が掲載されていた。
「下漬も動いたか」




